ごんべー
地酒道楽のサイト内に、各蔵のブログをリンクしています。
酒蔵ブログ http://www.jizake-van.co.jp/kuramotoblog/
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今年の梅雨は例年に比べて激しい雨でした。
特に最後の一週間は全国各地に被害をもたらし、岐阜県でも中濃地方において大きな被害を受けました。
先週の金曜日から3日間、大垣市商工会議所の一員として、上海へ行ってきました。
上海へは、3年前に一度、プライベートで行きましたが、その時は万博開催に向けての突貫工事の真最中で、街中がひっくりかえっていました。
しかし、今回はそれらの工事がすべて終わり、素晴らしく整然としてゴミ一つ無く、その変わり様にびっくりしました。
お陰様で6月26日をもって、平成21酒造年度の酒造りがようやく終わりました。
昨年の9月14日に第一号の仕込を始めてから、約10ヶ月、本当にご苦労様でした。
昨日、白川村役場へ、毎年の御礼に行ってきました。
岐阜県大野郡白川村(通称:白川郷)は、昔、陸の孤島と言われ、冬期間は出入り口が大変な地域でした。
一昨年の東海北陸道の開通により、今では、冬でも観光客が訪れ、また、住民も、いつでも高山や富山へ買い物に出掛ける事が可能になりました。
地酒道楽では現在、「地酒太平記」という企画を立案中です。
なかなかトンネルから抜け出せない地酒業界を、なんとか少し違った角度から攻めてみようという事で、昨年から、いろんな方の意見を聞きながら練り上げています。
5月26日、平成21年度全国新酒鑑評会入賞酒が、独立行政法人酒類総研究所から発表されました。
市内にあるソフトピアジャパンにおいて、毎週、『モバイル・カフェ』という集まりが開かれています。
この会は、岐阜県立情報科学芸術大学の赤松教授を中心に始まった会合で、主にアップルコンピュータのiPhoneを利用するソフト開発を考えるメンバーの交流会となっています。
大手上場企業の21年度決算が次々と発表され、70%以上の会社が業績の回復を達成しています。
これだけを見ると景気が良くなったような印象を受けますが、内容的には企業内の懸命なリストラと海外への生産シフト、並びに為替の安定等が起因している所が多く、決して余裕のある利益ではなさそうです。
いよいよ春の大型連休が始まりました。
会社によっては、11日間お休みというところもあるようですが、幣社はカレンダー通りにお休みを頂きます。
昨日、大垣市観光協会の役員会があり、総会の前の常任理事会で、21年度の事業報告、会計報告、並びに22年度事業計画、予算案等が承認されました。
先月第一子を出産した次女が、先週、お宮参りを済ませました。
私にとって3人目の孫となったのですが、嫁ぎ先の家にとっては初めての子であり、皆さん、とてもお喜びです。
先週から今週にかけて、近郊の桜が一斉に満開となり、いつもながら日本に生まれてよかったという気持ちにさせてくれます。
幣社がある船町湊においても、川面に伸びた枝々に満開の花が咲き誇り、訪れる人々がシャッターを押しています。

平成21年度が終わり、いよいよ22年度が始まります。
先週、三輪酒造の忘年会を皆造(かいぞう)祝いという形で行いました。
昨日、3月16日は父(会長)の満90歳の誕生日でした。
年始より仕込み始めた吟醸酒が、ようやくすべて出来上がりました。
今年は、大吟醸2本、純米吟醸2本だけでしたが、どれも例年に比べてきれいな仕上がりになったような気がします。
私達が製造している商品には酒税がかかっています。
先週一週間、名古屋国税局から4名の方が調査にこられ、いろいろとチェックして頂きました。
お陰様で大きな問題はなく調査は終わりましたが、社内は一週間落ち着かない様子でした。
週末また雪が降りました。
大垣でも10cm程の積雪がありましたが、お陰様で、もうほとんど消えています。
いよいよ2月となりました。
蔵内は、正月明けから続く吟醸造りの真っ最中であり、ピーンと張り詰
めた緊張感が漂っています。
先週の土日曜日に、大垣商工会議所と七尾商工会議所の交流会が七尾市で開催され、大垣商工会議所の一員として参加してきました。
毎日大変寒い日が続き、北陸から飛騨地方には例年にない大雪が降り続いています。
白川村は昔から豪雪地帯ですが、ここ数年は比較的雪が少なかったのですが、今年は2メートル近い積雪があり毎日除雪に追われているそうです。
実は私の親しい方がお二人この年末年始に相次いで心筋梗塞で倒れられました。
お一人は幸い運よく一命をとりとめ、今も元気でおられますが、もう一人の方は先週お亡くなりになってしまいました。
私達地酒VANサービスの仲間で酒蔵の社長をしておられたのですが、なんと50歳の若さで奥様と3人のお嬢さんを残しての他界でした。
地酒VANサービス設立の時からのメンバーで、会としても大変惜しい方を亡くし残念でなりません。
心臓の病気はいつ起きるか分からないようで、これまでにも何人もの人が私の周りで倒れておられますが、普段から気を付けていてもなかなか防ぐことが出来ないようです。
医学が発達した今日、ほとんどの病気が早めに発見すれば治るようになってきましたが、心筋梗塞と脳溢血だけはなかなか予測がつかず、未然に防ぐことが難しいようです。
今後医学の進歩により、早めに治療をすれば命が助かる確率は高くなって来るかもしれませんが、無理をしない事が一番ではないかと思います。
私達のように酒を造って皆さんに呑んで頂いている者からすると、酒を飲み過ぎて脳溢血で倒れるような飲み方だけは是非とも避けて頂きたいと願っています。
どちらにしても命があっての人生です。
無理をしないようにと自分に言い聞かせていますが、身近にそんな方々を見るに付けて人生の無情を感じずにはおられない今日この頃です。
お互い体には充分気をつけて過ごしたいものです。
先週からの一週間は、各団体の新年互例会を中心に、新年のあいさつ廻りで終止しました。どの団体も、この厳しい状況は今しばらく続きそうだとのお話が多く聞かれました。
今年一年がどのような年になるかは誰にも分からないと思いますが、これまでのような平穏な状況が続くことが無い事だけは、誰もが予想できます。
しかし、そのような中で自分の会社をどのようにもっていけばよいか各経営者は悩む所です。広く、太くアンテナを張って、素早く対応出来るように、常日頃から準備していることが大切だと思っています。
酒造業界はもともと厳しい状況が続いていますが、各社が益々知恵を出し合って、いろいろな場面で地酒を飲んで頂けるように努力する必要があります。
現在、地酒VANサービスでは「地酒太平記」なる企画を進めています。
これは、全国にある酒蔵をお城に見立てて地域をアピールし、その蔵の商品をネット上で売り込もうというものです。
昨年からいろいろな角度から検討を重ねていますが、大分煮詰まってきました。
地域興しと連携し、何とか地酒振興の一助になればと考えています。
このブログの読者の方々にもご意見を伺いたいと考えおりますので、その節には何卒ご協力の程よろしくお願いします。
新年明けましておめでとうございます。
旧年中はご愛顧賜り誠にありがとうございました。
本年も何卒よろしくお願い致します。
2009年も残すところあと僅かとなりました。
今年は、政権交代、先の見えない不景気など、いろいろなことがありましたが、 こうして無事一年を過ごせましたのも、皆様の多大なご支援のおかげであり、大変感謝しております。ありがとうございました。
来年も何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、ご指導ご鞭撻の程、宜しくお願い致します。
今年一年の、心からの感謝を込め、歳末のご挨拶を申し上げます。
皆様お揃いで、穏やかな良い新年をお迎えになられます様お祈り申し上げます。
先週末、日本列島に寒気団が南下して日本海側に大雪を降らせました。
それまでのぽかぽか陽気から一転、厳しい寒さとなり驚いています。
いよいよ年の瀬も押し迫り、どなた様も慌しい毎日をお過ごしのことと思います。
関係者の方々には今年一年大変お世話になり、この場をお借りして厚く御礼申し上げます。
私も先週から今週にかけて各団体の忘年会やあいさつ廻りがあり、今年も終わりだなあと感じる毎日です。
12月に入ってから、夜の会合に街に出掛けるとこれまでのような賑わいがありません。
昨年末はリーマンショックの影響で企業の忘年会が取りやめになったという話を聞きましたが、今年は普通のサラリーマンの人達が飲み歩いていないようで、居酒屋さんやスナックといった安いお店に人がいなくなっています。
インフルエンザの影響もあるそうですが、やはり一番大きいのは先行き不安の心理的要因によるものではないかと思います。
来年以降の景気がどうなるのかわかりませんが、一生懸命考え動いてこの難しい時代を乗り切っていこうではありませんか。
5日土曜日の夕方、大垣城周辺の中心市街地において、『芭蕉元禄イルミネーション』の点灯式が開催されました。
25日までの約3週間、街の中に様々なイルミネーションが輝いています。
http://www.mapple.net/sp_illumi/details.asp?NEWSID=62463
大都会のような盛大なものではありませんが、市民手作りの心のこもった作品が川辺の公園や広場、店頭に飾られ、冬の寒々とした景色に暖かさを演出してくれています。
しかしながら、景気が今一つで、商店や飲食店のオーナーさん達も大変苦しんでおられるようです。
これまでも世の中の景気は良くなったり悪くなったりしてきましたが、どのような経済状況であろうと、自社については経営者が責任を持たなければなりません。
現状をしっかり見据えて可能性のある売場を開拓していかなければならないと思います。
最近幣社でも力を入れているのは、インターネットを使った通販部門です。
インターネットというとすぐにショッピングモールということになりがちですが、やはり現在中心的に売れているスーパー、量販店を含めたリアル店舗と、インターネット通販のようなバーチャル店舗をうまく融合させて商売を進める必要があります。
その為には、商品に物語性を持たせることが大切であり、酒蔵を中心とした街づくりを展開することによって、商品の特性をしっかりと消費者にアピールすることのできる環境づくりが不可欠となります。
街づくりという大きな目標を掲げた中で、酒蔵が置かれた立場を明確にしながら、いろいろなイベントを繰り広げることによって自分達の街に目を向けてもらえるようにしたいと思いつつ、この冬も街のイルミネーション事業に協力しています。
いよいよ今年も残り1ヶ月となりました。
年令を重ねるとともに1年がだんだんと早くなるような気がします。
そろそろ忘年会のシーズンとなっていますが、どうも街の中は人通りが少なくひっそりとしています。
円高や株安といった暗い話題ばかりで、各個人の収入は極端に減った訳ではないと思うのですが、先行き不安で何となく飲みに行く気分にならないという所ではないでしょうか。
又、大手チェーンの間で価格競争が益々厳しさを増し、いろんな物が安くなっています。
アルコール業界だけではなく、あらゆる消費財がとんでもない価格で売られています。
私達のように、海外での生産をするわけにもいかない現在の価格水準は非常に厳しいものがあります。
まじめにこつこつと造っている人達の苦労がなんとか報われる世の中であって欲しいと思います。
大量生産、大量消費の時代はもうとっくに終わったように思うのですが、大手企業の経営者の人たちは益々大きくする為にM&Aを繰り返しています。
来年もこの流れが変わる訳はありませんが、私達地方の酒屋はこれからも一生懸命おいしいお酒を造り続けますので、是非ともこれから始まる年末忘年会では白川郷にごり酒を始め地酒を飲み交わしていただきたいと節にお願い致します。
今年もいよいよお歳暮商戦が始まりました。
夏前から各百貨店やスーパーの商談があり、今月始めより各店への納品がされております。
今年は景気が今一つで、お歳暮を贈られる方も多少減るのではないかと思われますが、一人でも多くの方に幣社の商品をお買い求め頂けることを願っています。
近年は蔵元直送の商品が徐々に増えており、産直のイメージからちょっと変わったギフトということで白川郷のどぶろく仕込み等も喜ばれています。
又、6年前より始めた臼井秀泉女史による干支ラベルの吟雪花大吟醸も大変人気を博しています。 http://www.miwashuzo.co.jp/
ギフト商品は長年いろいろな商品を造りましたが、なかなかお客様の要望にお答え出来たものは少ないように思います。
生産者がこれは絶対にいけると思ってもお客様の希望とはずれがあるようで、大手メーカーでもマーケティング等を実施して売れ筋商品を一生懸命造っておられるはずなのですが、うまくいっている事は少ないようです。
私達のように小さな蔵元は出来るだけ自分の所しかないものを考えて造る必要があり、又地域を代表する商品になることを目指して頑張ることが大切です。
その為には地元の方々に愛して頂ける様、普段のお付き合いも含めて努力していきたいと思っています。
専務がニューヨークで開催されたワインオブジャパンの展示会に出展することを主目的に、市場視察を兼ねて10日間程アメリカへ出張し、無事帰国しました。
幣社では10年程前より、日本酒類販の売海外事業部を通じて『白川郷純米吟醸ささにごり酒』の輸出が始まり、今では20kl強の商品がアメリカ全土で販売されております。
10年以上前からアメリカで日本食ブームが起き、その流れの中で日本食レストラン等で日本食が売れるようになったのですが、『白川郷ささにごり酒』も徐々に売上げを伸ばし、現在では弊社の売上げの一割近くに達しています。
国内での販売がなかなか伸びない中で、大変有り難いことですが、遠いアメリカでのことであり何回も訪問するという訳にはいきません。
一昨年、私も始めて行かせてもらった時には先方の会社の方から
「売らせてもらってありがとうございます。」
と御礼を言われて恐縮した経験があります。
今回、専務は少し滞在期間を延ばして飲食店等を訪問させてもらったようですが、昨年のリーマンショック以来、高級な大吟醸等は影響が大きかったようです。
『白川郷ささにごり酒』は単価が低いため影響は少なかったのですが、これまでのような伸びは期待できないと思われます。
アメリカでの日本食ブームは肥満対策が原因だったそうですが、最近の日本人も肥満を含めた成人病対策の為に様々な健康食品が売られています。
洋風化された日本人の食生活が今一度見直されて日本食の良さが再認識されれば、国内においても日本酒が見直される日も遠からず訪れるのではないかと思います。
これからも国内、海外を問わずあらゆる方面に『白川郷にごり酒』を宣伝して、少しでも多くの方々にご愛飲頂けることを願っています。
昨日、久しぶりに札幌へ行ってきました。
北海道の市場はお陰様で30年前よりお世話になり、毎年1〜2回お伺いをしております。
今回は鹿児島の焼酎メーカーさんと一緒に、白川郷並びに地酒VANの商品についてお願いをしてきました。
北海道の市場はもともと甲類の焼酎が強い地域ですが、近年は本格焼酎も飲まれる様になってきたようです。
冬の寒い間、室内の暖房はいき届いており喉が渇く為なのか、昔からサッポロビールを中心として冬でもビールの消費が多い土地柄ですが、それとは別にアルコール濃度の高い焼酎も多く消費されます。
確かに私も真冬に札幌へ行く事が時々あります。
少々飲んでも外へ出るとすぐに酔いがさめてついつい飲む量が多くなるのではないかと感じることがあります。
東海道の温暖な地域に住んでいる私達は、割合低濃度のお酒を飲む傾向があるように思います。
世界的に寒い地域と暑い地域のアルコールは濃度が高いお酒が多く飲まれています。
例えばイギリスのスコッチウィスキー、ロシアのウオッカなどがその一例です。
清酒とかワインが発達した地域はどちらかというと温暖な地域です。
アルコール濃度と気温との関係はそんなところにも影響しているようです。
白川郷にごり酒は最近全国のお客様に飲んで頂けるようになりましたが、やはりどこでも合うという訳にはいかないのですが今後とも北海道の方々にも一人でも多くの方に味わって頂きたいと思います。
いよいよ11月となり、全国の酒蔵において本格的な仕込みのシーズンになりました。
幣社においては9月から仕込みは始めていましたが、先週岩手花巻より杜氏が蔵入りしてメンバーが揃い、これから来春まで吟醸を含めて酒造りが続きます。
先月22〜23日に一泊二日で新潟県佐渡市と十日町市へ大垣商工会議所の情報委員会で研修旅行に行ってきました。
数年前より委員長に就任されたセイノーホールディングの田口社長の日程に合わせて持ち出しの役員会を開催しているのですが、この日も有意義に会を持つことができました。
ちょうど23日は中越地震の5周年にあたり当時の話をいろいろ聞くことができました。
十日町商工会議所においては経済への打撃はかなり厳しいものがあり、地域の産業の活性化については私達の東海圏とはなお一層の厳しさがあるようです。
長岡市のお福酒造さんへも訪問させて頂きましたが、岸専務より5年前の惨状を記録したスライドを見ながら説明を受け、よくぞ立ち直られたと感心しました。
しかしながら依然厳しさが続いているようで、今後の頑張りを期待したいものです。
2日間とも晴天に恵まれ、佐渡の景色は普段見られない日本海の素晴らしい眺めを体感することができました。
近年地酒の世界では新潟、山形といった所に負けていますが、私たち岐阜県ももっと努力をして地域ブランドを確立しなければいけないと思っています。
情報産業については新潟県よりも岐阜県のほうが進んでいるように感じました。
来年のNHK大河ドラマは「竜馬がゆく」が放映され、年末には「坂の上の雲」がドラマ化されるそうです。
実は私は若い頃から歴史小説が好きで、特に、司馬遼太郎のファンです。
「竜馬がゆく」はその中でも最初に読んだ本です。
先月から今月にかけての連休で時間があったので、本屋へ行って「城塞」と「燃えよ剣」を買ってきて、二つの小説を並行して読みました。
たまたま豊臣政権と徳川政権が滅亡する時の話を、「城塞」は小幡勘兵衛 、「燃えよ剣」は土方歳三を主人公にして書いてあるのですが、登場人物を個々に調べ上げて、それぞれの心理描写を、司馬遼太郎特有の手法でうまく表現されており、楽しく読むことが出来ました。
関ヶ原合戦はもちろんですが、大阪の陣においてもリーダーがしっかりしていればどうにかなったのかもしれません。
幕末における鳥羽伏見の戦いにおいても、徳川慶喜がその気(辻方歳三側から見た場合)になっていれば、圧倒的軍事力によって薩長は負けていたかもしれないという状況であったとされています。
しかし、時の政権が倒れる時というのは、やはりそれなりの流れがあるわけで、後になってこうしていればという話は出来ますが、なかなかその流れを止めることは難しいものだと思います。
今回、自民党が大敗北をしましたが、自民党の中にいる人達もこんな負け方をするとは思っていなかったのではないでしょうか。
私達日本酒類業界も、ずるずると他の酒類に負け続けているのですが、自分達でどうしたらよいかということが分からないでいるのが現状です。
業界の若い人達が一生懸命努力をしてくれていますが、それをもっと業界上げて応援をして、これまでの感覚を変えていかなければ、ますます大変なことになりそうです。
なんとかしたいものです。
先週から今週にかけて各地で秋祭りが行われています。
当地においても11日の日曜日に十万石祭りがあり、素晴らしい好天に恵まれ大勢の市民で賑わいました。
岐阜市においては信長祭り、山市では山祭り、そして今週14日からは白川村のどぶろく祭りが始まります。
白川郷どぶろく祭りは白川郷にある5つの集落のお宮さんで氏子が造ったご神酒をふるまう事が始まりであり、近年も特別に認められたどぶろくを観光客にふるまわれます。
幣社の白川郷純米にごり酒は、30年余り前よりこのどぶろく祭りにこられるお客様に祭り以外の時にお買い求め頂ける様にという村からの依頼により、商品化されたのが始まりです。
以来白川村だけではなく、全国のお客様にどぶろく祭りの味を味わって頂く事により白川郷をPRすることをその時にお約束しました。
近年では年間に200万人もの人が訪れる一大観光地となりました。
もともと秋まつりは五穀豊穣を記念して行われるものですが、弊社としましても今年も無事お米が穫れてお酒を造らせて頂けることを感謝したいと思います。
台風が久しぶりに東海地方に上陸しました。
50年前、伊勢湾台風が東海地方を襲い、私達の地域も大変な被害を受けました。
先月、新聞各紙が伊勢湾台風の特集を組み、当時の様子を伝えていました。
私は小学5年生でしたが、父が消防団長で家におらず、恐ろしい思いをしていた記憶があります。
近年は、マスコミやインターネットで刻々と詳細を流してくれるのでしっかりと準備も出来て安心な世の中になりました。
昨日は午後4時過ぎから東京で結婚式があり、東京に泊まるつもりでいましたが、宴が終わり次第、急いで新幹線に乗って帰ってきました。
専務も、今日、大阪で展示会の予定があり、昨夜の内に大阪へ向かったようです。
お陰様で予想した程の雨風もなく、ほっとしました。
災害は忘れた頃にやってくると言いますが、様々な天災を受け止めて備えを万全にしていきたいと思います。
10月1日は日本酒の日です。
日本酒の日を定められたのはだいぶ前のことだったと思いますが、最初の頃は組合あげて全国でこの日に様々なイベントを行ったように記憶しています。
しかし近年では一部においてイベントを開催されているのでしょうが、特にマスコミに取り上げられるようなこともなくなりました。
日本は四季がはっきりしている国です。
四季折々の野菜や果物が栽培されて私達の食卓を賑わしてくれます。
ところが最近は物流の発展や冷凍技術の進歩によっていろいろな食材が一年中手に入るようになり、季節の変わり目を感じることが少なくなりました。
人間は五感というものを持っています。
暑さ寒さも彼岸までと言いますが、めっきり秋らしくなってきました。
寒くなったら熱燗で、というのが昔からの習慣であったのですが、その言葉や行動も段々忘れ去られようとしています。
10月1日は是非皆なで日本酒を飲むことにしようではありませんか。
秋の大型連休(シルバーウィーク)も終わりいよいよ日本酒のシーズンが到来しました。
気候もすっかり秋らしくなり、さわやかな晴天が続いています。
蔵の方も、第一号の仕込みがそろそろ上槽の時期にさしかかってきます。
しかしながら、世の中の景気は一向に回復する様子はなく、スーパーの安売り合戦が日増しに激しくなっているようです。
マスコミ各誌に、今売れている商品について書いてありますが、ほとんどがディスカウントされた物が目立つ今日この頃です。
大手企業は生き残りをかけて様々な手段を打つのですが、我々零細企業はその荒波に翻弄されながら体力を弱めていくことになります。
鳩山民主党政権は、国民に優しい政治を掲げていますが、自分勝手な企業論理の前にどれだけ効果が上がるのか疑問な点も多くあります。
いい物を安くということは昔からよく言われることですが、物流も商流も大きく変わった現在、このことだけで生き残れるとは思いません。
幣社のスローガンにしている
「英知を結集して決断の勇気を持って実行しよう」
という行動を今こそ実行する時ではないかと思います。
「窮すれば通ずる」という言葉が昔からありますが、地酒VANサービスを立ち上げた時の原点に戻って、会員の皆さんのお考えをお聞きしながら新しい方向を見つけ出したいものです。
いよいよ明日16日より民主党政権がスタートします。
私達酒造組合はこれまで日本国の為に酒税確保という名目で貢献をしてきたという自負があります。
しかし近年では、全アルコール飲料の一割にも満たない生産量となり、すっかり昔の力は無くなってしまいました。
今回の民主党の戦術をみていると、国民目線でという事を強く国民に伝えることで、一部の人で行われていた政治を少しでも分かりやすいものにしようという試みがなされるような気がします。
酒造組合の一員として事業に携らせて頂いていて最近感じるのは消費者目線ではなく監督官庁の指導の下、なんとなく守ってもらっている事に甘えて本来のお客様にどうしたら買って頂けるかということをおろそかにしてきたのではないかと思います。
戦後教育を受けた私達60歳以下の人達は自分の気持ちをはっきり主張することを教えられて育ちました。
しかし、業界にはまだまだ先輩諸兄がたくさんおられる為、組合の中ではついつい遠慮してしまいがちになります。
世の中は大変なスピードで日々変化していますが、私達の日本酒造組合中央会は私が大学を卒業した40年前と余り変わっていません。
常々私は微力ながら酒造組合の変革を訴えているのですが一向に進みそうにありません。
このままでは益々日本酒が呑まれなくなってしまうと思うのですが、何とか私達よりももっと若い人達の意見を取り入れて業界の変革を進めてもらいたいと思っています。
まだまだ日中は暑い日が続きますが、朝晩はめっきり涼しくなり秋を感じさせる今日この頃です。
幣社は白川郷にごり酒を年中商品として販売していることもあり、壜詰作業はもちろん、酒の仕込みも9月から6月まで約10ヶ月行います。
その為仕込み蔵の作業が止まるのは7月、8月の2ヶ月に限られます。
今年もこの2ヶ月の間にいろいろな所の手直しを行い、来週から始まる仕込みに向けて着々と準備を進めています。
今朝も今年最初の酒米が入荷しました。
日本中に多くの酒蔵がありますが、こんなに長い期間仕込みをする蔵は他にはないのではないかと思います。
このことは幣社の最大の特徴であり、武器でもあります。
外気温が30℃近くある中で、日本酒の仕込みをするという事はかなり無理があるのですが、最近はタンクを冷却する装置を使って出来るだけもろみの温度を低く抑える努力をしています。
10月中旬には新酒が出来上がり、11月にはお客様の前に平成21酒造年度産のお酒をお届け出来ると思います。
今酒造年度においても、何とか皆様にご満足頂けるお酒が出来上がることを今から期待しています。
いよいよ2日後に衆議院選挙が行われます。
政権選択という大きな流れの中で、永年政権を維持し続けた自民党が逆風を受けて各候補者が苦戦をしいられています。
しかし私は、今回の選挙の前から政治家と官僚の戦いではないかと思っています。
戦後60年を過ぎて政治だけではなく、あらゆる場面において制度不良を起こしてきていることは間違いのない事実です。
4年前の選挙においては郵政民営化が大きな争点になりましたが、私達酒類業界においてもここ数年の規制緩和の目玉にされて、全国の小売酒販店や卸店の方々は大変な状況に追い込まれました。
確かに規制にあぐらをかいてしまうことは良くない事だと思いますが、極端な変化は通常の人間はなかなか受け入れがたいものがあります。
日本人すべての中に変わって欲しいけれど、余り大きく変わって欲しくないという気持ちがあるのではないかと思います。
第二次世界大戦の敗戦によって日本は大きな革命を経験しましたが、現在の日本人の大半は戦前の経験がなく、平和な現状の中で何か小さな変化を求めているのではないかと思います。
私は常々変革の勇気を持つということを心がけて事業運営にあたっています。
私も含めて今後日本がどうあるべきかをよく考えて大切な一票を投じたいものです。
先週横浜で開催された居酒屋産業展が無事終了しました。
搬入日を含めて4日間、10数社との蔵元の方々の協力を得て、初期の目的は達成したように思います。
3日間で合計3万数千名の来場者があったそうですが、私達のブースにこられた方々に約4000部のパンフレットを配布し多くの方々に試飲をして頂くことが出来ました。
最近は問屋さんの展示会においてもなかなか試飲をして頂けなくなってきましたが、今回は居酒屋さんの店主を始め、地酒に興味のある方が多く、大変熱心に私達の話に耳を傾けて下さいました。
近年、ビール系の飲料を始め、アルコール分の軽めの商品がもてはやされていますが、料理や雰囲気を変えればまだまだ地酒のファンを増やせるのではないかと思います。
これからもグループの蔵元さんの力をお借りしながら、地酒の振興に努力していく気持ちが大いにもてた4日間でした。
今後はあらゆる場面で地酒が話題になるよう頑張りたいと思います。
8月18日より20日まで、パシフィコ横浜において第2回居酒屋産業展が開催されます。http://www.izakayaexpo.com/top.html
昨年より始まった展示会ですが、第1回を見学した所、これまでの展示会にはないエネルギーを感じたので、今回地酒VANサービスの会員蔵元に声をかえさせて頂き、鹿児島の焼酎メーカー4社を含めて、13社にて地酒道楽の名前で出展することになりました。
地酒蔵は酒販免許の自由化により、益々販売ルートが限られてきました。
ここ数年で、全国のスーパーコンビニ量販店等に免許がおりて、売り場は拡大したように思えるのですが、実際には大手メーカーを中心としたごく限られたメーカーの商品が流通しているだけで、どこの店も同じような商品構成となっています。
逆に商品を求められる居酒屋さんにおいては地域の酒販店がどんどんなくなってしまい、小さな飲食店においては現金でディスカンウントストア等で商品を求めておられるお店も増えているようです。
郵政の民営化で地方の郵便局が困っている話はよくマスコミに取り上げられていますが、私達の酒類業界における売り場の変わりようはそれ以上に厳しいものがあります。
全国の地酒蔵元で構成される地酒VANサービスとしては、少しでもお客様の利便性を図れることを主願として、今度とも商売を続けていく覚悟でいます。
その為に今回新たなチャレンジをして飲食店様に直接話しかける場面を演出しました。
関心のあるお方は期間中是非とも横浜までお出かけ下さいます様お願いします。
暑中御見舞申し上げます。
平素は格別のお引き立てを賜り、厚く御礼申し上げます。
今年は天候不順な日が続き、昨年のような暑い夏は短いような感じです。
このような天候ですと夏物商品の売れ行きにも大きく影響することと思われます。
景気不景気も気になりますが、四季の移り変わりも大いに商売に影響します。
天候に左右されない商売をしたいものですが食品業界にいる以上は大なり小なり関係があります。
清酒の場合は寒いほどよく売れるのですが、最近は真冬でも暖房がよくきいて一年中ビールが消費されるようになりました。
アメリカ市場では日本酒を燗にして呑む人が少なくワイン感覚で召し上がって頂けるようで一年間平均して売れているようです。
日本国内でも、温めたり、冷やしたりせずに常温でゆっくり味わって頂けるともう少し均一な消費になるような気がします。
しかし暑い時のビールは又格別なものがありこれにはまさるものはないと思われます。
一杯ビールを飲んだあとは是非清酒に切り替えて頂けるようお願いします。
短い夏となりましたが、お体を充分に気を付けて下さいます様お祈り致します。
この度、三輪酒造の「白川郷どぶろく仕込み」についての商品説明の映像を不十分ではありますが自社で製作し、地酒道楽のサイトに掲載させて頂きました。
http://www.jizake-van.co.jp/doburoku/index.html
以前から私はこの日のくるのを待ち望んでいました。
動画配信については、少し前より可能にはなっていましたが、コンピューターの容量不足や、光通信のインフラ構築が未完成であった為にコストがかかり、私達が自由に利用することは難しい状況でした。
しかし、ここに来て、国の政策によりいつでもどこでも誰でもというユビキタス社会の到来が現実のものとなりました。
これまで文字や画像によるPRを行ってきましたが、音声が入った動画像によるお客様へのアプローチはこれに勝るものはないと思っています。
若い頃、百貨店の店頭に立って試飲宣伝販売を繰り返しました。
お店にこられるお客様に直接自分の思いを伝え、商品を試飲して頂くのですが、偶然その場を通って頂いた方にしか伝えることが出来ませんでした。
しかし、インターネットによる動画配信は日本中のどこかにおられるか分からない方に自社の商品に対する思いを直接聞いて頂き、感じてもらうことにより購買意欲を持って頂く事がより高まる可能性があります。
今後、他の会員蔵元にも呼びかけて、自社製品を社長自らがお客様に語りかける動画をビデオで作ってもらい、多くの地酒をPRしていきたいと思います。
最終目標は地酒道楽のポータルサイトを地酒専門チャンネルにすることです。
決して難しいことでは無いと思います。
ICTの技術の進歩は目ざましいものがあります。
この技術を使わずに放っておく必要はありません。
各蔵元ももっともっとチャレンジしてもらいたいものです。
私は10数年前より、グレートインフォメーションネットワーク株式会社(通称G.I.NET)という会社の代表をさせて頂いてきました。
社長就任当初は資本金2億円で売上1億数千万、累損1億円、従業員6名という状況で今にも終わりそうな感じでした。
もともと岐阜県大垣市中心、並びに大垣商工会議所が中心となって、地域の情報化という大きな目標のもと、第三セクターの方式で作られた会社でしたが、思うようにいっていませんでした。
それから10数年、会社を続ける為にいろいろな施策を行い、定款も変更して、情報関連事業にこだわることなく事業運営をすすめてきました。
行政はもとより、地元財界の強力なバックアップもあり、なんとか昨年創立20周年を迎え、累損もなくなり、売上げも5億円、従業員も30名を越えるまでになりました。
今年からはソフトピアジャパンという県が管理する情報団地の指定管理者としても係わることが出来るようになり、又、大垣市を始め、周辺地域の情報管理業務にも係らして頂いております。
20年以上前にグレートインフォメーションネットワークというとってもスケールの大きな名前を付けられた先輩諸兄の思いを感じつつ、いよいよ到来したネットワーク社会において、株式会社地酒VANサービスも共に地域社会の情報を発信していくことがこれからの課題ではないかと考えています。
国内のネットワークインフラはほぼ整備されたように思います。
これからはこのインフラをいかに活用するかが大きな問題です。
これを使いこなした人が次の時代の勝者になるのではないでしょうか。
7月22日、46年ぶりという皆既日食が日本国内で見られるということで、多くの人が期待をしていましたが、当日は残念ながら曇りがちで肉眼ではうまく見ることが出来ませんでした。
日食が始まると共に廻りが暗くなり360度で夕焼けのような現象が起き、解説の人のコメントが
「何とも言葉では言い表せないような状況です」
というのが印象的でした。
たぶん実際にその場にいればさぞかし感動するのではないかと思いました。
私達は毎日太陽の光で生活し、昼と夜が繰り返し訪れる事を当たり前のこととして日々暮らしています。
しかしこの日は太陽と月と地球が一直線に並ぶことによって昼の午前11時半頃にもかかわらず、何秒かの間空が暗くなり、夜の世界が訪れました。
もしこの太陽の光がずっと当たらないこととなれば私達人間は生存出来なくなる可能性があり、この日ほど太陽光の恵みについて感じたことはありませんでした。
毎日むし暑い日が続いていますが、暑いと思う事を太陽光のおかげであり、文句を言ってはいけないなと思いました。
しかしこれからしばらく暑い日が続きます。
くれぐれもお互い体に気をつけて過ごしていきたいものです。
大垣の和菓子店、金蝶園総本家さんが『酒水まんじゅう』という新製品を発売されました。
大垣市は昔から自噴水が湧き出ることで水の都として有名です。
近年は工業用水の利用により、水位が下がってきましたが最近は紡績等の工場の地下水利用が減り、幣社の井戸水も休日には自噴するようになりました。
その地下水と共に食する夏のお菓子として、水まんじゅうが市内のお菓子屋さんで製造販売してこられました。
今回、金蝶園総本家の専務さんが幣社の専務と相談の上『酒水まんじゅう』なる新製品を造ってくれました。
もともと金蝶まんじゅうは、大垣藩家老の小原鉄心にヒントをもらい酒まんじゅうを造ったのが始まりと聞いていますが、夏の風物史である水まんじゅうにお酒を入れるという発想は大変ユニークでおもしろいと思います。
そこで小原鉄心にゆかりのある、幣社バロンテッシンを使用してもらう事になったようですが、今回出来上がった商品を試食させて頂いた感想としては、お酒の風味がほのかにただよい適度な甘味と水まんじゅう独特の冷たさが合わさって、私達酒飲みにも大変おいしく食べることが出来ました。
昔からブランデーの入ったケーキは洋菓子店でよく見かけますが、この酒入り水まんじゅうも大垣の名物として育ってくれることを期待しています。
何はともあれ若い人達がいろいろ考えてチャレンジすることはとっても良い事だと思います。
これからもいろいろな商品開発をしてもらうことを祈っています。
都議選の結果を受けて政局が一気に動き出しました。
最近の自民党の混乱ぶりは目を覆うばかりです。
一国を預かる総理大臣が毎年ころころと変わっていては、おかしくなるのも当たり前のような気がします。
国を治める為にはそれなりの思いがいるでしょうし、一定の時間がなければその実現力は難しいと思います。
昔の総理大臣は、例えば池田勇人の「所得倍増論」や田中角栄の「列島改造論」のように非常に国民にとって分かりやすい指針を示してくれていました。
どなたがなっても物事には功罪があり、すべてがうまくいくはずはありません。
しかし、ある一定の方向を示して政治を進めてくれなければ国民は戸惑ってしまいます。
今日日本は物質的には大変恵まれた国になりましたが、このグローバルな社会において日本の置かれた立場は徐々に小さくなっているような気がします。
豊かさを味わっている日本人は、それが当たり前になっているのではないでしょうか。
先人達が戦前戦後の苦しい時代を越えて今の豊かな日本を創ってくれました。
それを欲しいままに享受している我々として、将来に向けてどうしていくのかを考えるよい機会ではないかと思います。
私はイビデンの最高顧問の多賀さんとお話させて頂く機会が時々ありますが、ある時多賀さんが私に
「三輪君、何をやってもいいけど100年とは言わないがせめて50年先を考えてやりなさいよ」
と言われたことがあります。
誰もが目先の欲得で行動する人が多い中で、そんな事を言って頂ける方はなかなかおられません。
三輪酒造も170年余りの歴史の中で、世の中の体制の変化や自然災害等幾多の困難に順応しつつ今日まで事業を続けてまいりました。
今回の政局の混乱は国の体制としてはそんなに大きく変わるようには思われません。
官僚依存をなくすと民主党は言っていますが、むしろ政治家はしっかりしてくれと言いたいです。
国政を預かる政治家の人達にもう少し骨のある人が出てきてもよいのではないでしょうか。
これからの日本の将来の為に私達国民はよく見極めて選挙に望みたいものです。
日曜日に叔父(父の長兄)の法事で、神奈川の横須賀まで行ってきました。
来週の土曜日には同様に先日亡くなった別の叔父(父の次兄)の忌明けの法要に大阪の泉南市まで行くことになっています。
私の父(現三輪酒造会長)は6人兄弟の三男で男の兄弟が3人いました。
3人とも戦争に行ったのですが、お陰様で無事生きて帰還し、お互いそれぞれの人生を歩んで90歳近くまで生きることができました。
私の父は今年満89歳となりましたが元気に毎日の生活を送っています。
私の町内では隣近所の方々が戦死をされた方が多く、父が戦地から帰って来た時に母親が
「謝って歩いてきなさい」
と言ったそうですが今となっては生きていてよかったと思います。
特に長兄は満州で終戦の折、ソ連の捕虜となり2年間音信不通となりました。
本来であれば三輪酒造の長男として育てられ、大阪大学の醗酵を卒業した人でしたので三輪酒造を継べき人であったのですが、私の父が先に戦地から帰ったが為に父が継ぐことになったそうです。
私も家の長男として生を受け、なんとなく周りからの期待を感じつつ大学を卒業して、今の家業である酒造業を継ぐことになりましたが、これまでの人生を振り返ってみると決して当たり前のことではなかったと思います。
長兄の叔父が亡くなる10年位前に私に
「自分は、家の跡は継がなかったけれども長男としての役目は果たしたつもりでいる」
ということを言われた事がありました。
父はそれ程家を継ぐ事について強く思っていなかったようですが、長男として育てられた叔父の気持ちには強い思いがあったようです。
最近では家に対する意識が非常に小さくなってしまいましたが、私達はもう少し親はもちろんの事、祖先のお陰で現在があることを感謝すべきではないかと思います。
酒造年度は毎年7月1日に始まり、6月30日に終わります。
三輪酒造の白川郷にごり酒の仕込みも年度末ぎりぎりの6月27日に最後のもろみが上槽され、当日火入れ貯蔵されて、平成20年度酒造年度のすべての造りが終わりました。
日本中を探してもこんなに長い仕込みをやっている蔵は珍しいものではないかと思います。
にごり酒ならではの特異な条件なるがゆえに可能となり、又そのようになってきました。
以前は他の蔵と同じように3月末で終わってしまいましたが、そうすると秋の仕込みが始まるまでタンク貯蔵され、どうしても原酒に色がついてしまいます。
にごり酒ですので濾過をすることできず徐々に仕込みの時期をずらすようになりました。
最近では新酒が10月には出来るようになり、10月下旬には新酒の出荷が始まります。
通常清酒の場合はこの古酒と新酒の入れ替わりが2月から3月頃になります。
この時期にいかに味の変化がないように商品造りをするのも蔵の技術の一つでもあります。
どちらにしましても約10ヶ月にわたる今年度の仕込みが無事に終わったことに感謝しつつ、造りに関わっているメンバーの労をねぎらいたいと思います。
本当にお疲れ様でした。
先週梅雨入り以来、私達の地方は晴天が続いていましたが、今週になってようやく梅雨らしい気候になりました。
酒屋にとってこの梅雨の時期は一番気をつけなければならない季節です。
蔵内はいつも清潔に保つのは当たり前ですが、特にじめじめとしたこの季節は雑菌が繁殖しやすく、酒の管理に大変気を使います。
タンク貯蔵されている酒はもちろんの事、毎日瓶詰めされる酒についても一本一本の火入れ温度が下がらないようにしなければなりません。
火落ち菌の繁殖がすさまじくタンク内は一日で菌が増殖してしまいます。
特に白川郷にごり酒は菌の繁殖には条件が充分にそろっている為、製品の雑菌についても二重に殺菌をしてお客様の手元に届いても大丈夫なように充分気を付けています。
どちらにしてもこの季節は人間の体もなんとなく憂鬱になる時ですが、お互い充分に体調を管理して蒸し暑い季節を乗り切りたいものです。
先週、白川村へ行って来ました。
32年前に白川村より、どぶろく祭りに売れるどぶろくを造って欲しいという依頼により生まれた『純米にごり酒白川郷』は、今日では村内はもちろん全国のにごり酒ファンの方々にご愛飲頂いております。
そのお礼の気持ちを込めて毎年白川村に寄付をさせて頂いています。
現在では合掌集落が世界文化遺産に登録され、東海北陸道も全通して年間200万人に近い観光客が訪れる村になりましたが、30年前までは陸の孤島と呼ばれ、村からどんどん人が出て行ってしまい合掌の建物も散逸していました。
そんな中、村の人々の努力で合掌の保存活動が始まり、結(ゆい)という互助の精神で村内の様々な行事をお互いに助け合いながら暮らすということを推し進めた方々の努力によって、今日の白川村の繁栄が造られました。
互助の精神は、昔の日本人は誰もが持ち合わせていたのではないかと思いますが、戦後の間違った自由主義の普及により、自分中心の考え方が当たり前の世の中になってしまいました。
私は時々白川村へお邪魔しますが、村の人達はとても温かくのんびりと暮らしておられます。
しかし最近は村外の人達も多くなって少しずつ変わってきたようにも感じられます。
これからもずっとずっと白川村の環境を守りつつ、村が発展していくことを望んでいます。
弊社も微力ながらお手伝い出来ることから実行していくつもりです。
昨日の日経新聞の一面に「グーグル創業者の覚悟」という記事が掲載されていました。
近年、IT業界においては、ヤフー、マイクロソフトといった大企業が出現しましたが、ここにきてグーグルの存在が大きくなっています。
グーグルは2人の天才創業者によって2004年に創立されてましたが、彼らはそれまでの常識を破って、誰もが参加できるコンピュータネットワークの社会を実現させ、人間の行動様式を変えていこうという、とてつもない理想の元に、検索エンジンとしてのグーグルを基本として、今も進化し続けています。
我々企業人は、事業は何の為にあるかということをいつも考えながら会社経営を行っています。
もちろん、利益を追求するというのは当然のことでしょうが、それとはまったく違う次元で、社会の為になるかどうかは大切な要素の一つだと思います。
しかし、グーグルの2人の創業者は、もっと大きくコンピュータネットワークを使って社会を変えようという、大きな理想に向かって突き進んでいます。
グーグルの世界に集まるエンジニア達は、その理念に共感して、世界中からグーグルのネット社会に参加しています。
私は、この20年間、コンピュータのネットワーク社会の進化を間近にみてきました。
IT革命と言われて久しいのですが、ようやくその革命が完了する日が近づいているように思います。
人間の知恵は際限なく進化しますが、そこには欲得がついてまわります。
会社経営においても、どうしても利益中心主義にならざるを得ません。
しかし、グーグルのようなとてつもない理想は、無理にしても自分たちが是非とも実現したいという目標は、もっと地域の為、社会の為になるような事に向かって努力することも大切なように思います。
甘いと言われるかもしれませんが、人間の一生なんていうのは、本当に短いものです。
残されたわずかな人生を、社会の為に何かお役に立てるという気持ちを忘れないで今後頑も張りたいと思う今日この頃です。
6月1日米ゼネラル・モーターズ(GM)が米連邦破綻の申請をし、事実上破綻しました。
以前から予想されていた事で、市場は冷静に判断しているようです。
しかし、アメリカ経済の反繁栄の象徴であったGMの倒産は一つの時代が終わったことを表しています。
100年という長いようで短い年月ですが、どんなに大きな企業であっても時代の変化に対応出来なければ消えていかなければならないということのようです。
私達の事業は、日々の生活の中で必要とされている事を商いとさせて頂いていますが、例えば私の会社の事業である清酒の製造業などは、近年では本当に必要ないのではないかと思えるくらい衰退をしています。
しかしながら、清酒製造業に代わる事業もいろいろ考えましたが簡単には事業転換が出来るものでもありませんでした。
最近は清酒製造業を中心として、それに出来るだけ関係のある仕事に限定して事業転換をするようにしています。
時代に合わせてとよく言われますが、今回のような激変にはどの事業者も苦しい思いをしておられることと思います。
窮すれば通ずという言葉がありますがこんな時代こそじっくりと落ち着いて考える時ではないでしょうか。
平成20年酒造年度全国新酒鑑評会の入賞酒が発表されました。
地酒VANサービスの会員蔵元のメンバーも多数入賞され、誠におめでたい事でありお祝い申し上げます。
この酒鑑評は明治44年以来今年で97回目を迎えるそうで、全国の蔵元の技術を高める為に長年続けられてきました。
近年は各県ごとに醸造試験場の先生方を中心に酵母を含めて、研究が進み年々華やかな吟醸酒が出品されています。
残念ながら岐阜県内の蔵元の成績は今一つで、今年の金賞受賞蔵は4社と大変さびしい数となっています。
ただ、最近のアルコール業界の中での清酒の存在が非常に厳しい状況にある中で、過度な技術競争はいかがなものかと思います。
蔵の杜氏たちが新酒酒鑑評に入賞するべく、酒造りに一生懸命になるのはいいのですが、それ以外の本来消費者の方々が求めている酒造りがおろそかになっては何もなりません。
普段飲んで頂けるお酒が評価されてこそ、日本酒を飲む人が増えてくるのではないでしょうか。
近年のアルコール消費の動向をみていると低アルコール、低カロリーの商品の方向へ消費が傾いています。
そんな中で清酒のアルコール濃度やカロリーは最も高い数値を示しています。
おいしいという評価と飲みたいという気持ちは比例するわけではなく、特にメーカーの思いと消費者の思いはなかなか一致しません。
金賞受賞は確かに素晴らしいことですが、もう少しお客様の立場に立った商品作りを心がける必要があるのではないかと考えます。
私もこれまでいろいろな商品を世に出してきましたが、白川郷純米にごり酒のようなヒット商品は作ろうと思っても作れるものではないということを、身をもって体験させてもらいました。
清酒業界に今何を求められているのかについて、今一度真剣に考え直す時ではないでしょうか。
先週位から、3月末決算の企業が、順次、決算内容について発表しています。
上場企業の約半分が赤字決算とういことで、今回の景気がいかに大きな影響を及ぼしているかが分かります。
幣社におきましても、厳しい状況は他と変わりません。
小売の大手についても、決して楽な状況ではないようで、昨年まで順調に売れていた白川郷にごり酒も、2月以降確実に売上げが低下しています。
得意先からも様々な問い合わせがあるようですが、なかなかすぐに売上げに結びつくような事にはなりません。
こんな時に何をすべきかということになりますが、まずは経費の見直しを、今後しっかり行うことが大切になります。
今週に入って新型インフルエンザの拡大により、様々な形で経済活動にも影響が出始めています。
100年に一度という大改革の時代を向かえて、今私達は何をどのようにすべきかについて、皆の英知を結集して取り組んでいかなければならないと思います。

9日10日の両日、大垣市内において360年の伝統を誇る大垣祭りが7年ぶりの好天に恵まれ、勢大に開催されました。
両日共雲一つない青空となり、日中は気温がどんどん上がり大変な暑さでした。
私は昨年より亡くなった先輩の後を受けて、船町玉の井車山の担務委員長として2日間午前6時より午後11時までしっかりと参加させてもらいました。
2日目は10キロ以上の道のりを羽織袴を着て車山と一緒に練り歩くのですが、さすがに参りました。
一昨年までであれば途中で抜け出してなんとなく休むことが出来たのですが、今年は責任上それもならず最後は気力で歩いていました。
町内の方々も皆さん一生懸命協力して頂き、事故もなく無事に祭りを終えることができました。
伝統を守るという事はなかなか難しい事ですが、80代の方から20代の若者まで町内が一つになれる唯一の機会です。
普段町内に住んでいない人もこの日に合わせて祭りに参加する為に実家に戻ってくる人もいます。
そんな思いが永い伝統文化を支えていてくれているのだと実感しました。
今年は、2日が土曜日となり、幣社も5日間の連休となりました。
先月から始まった高速道路の1,000円乗り放題を利用して大移動があり、高速道路は自家用車でいっぱいとなったようです。
私は今月次女が嫁ぐこととなり、2日に嫁入り道具を新居に運びました。
長女の時は、近くのマンションに少しずつ必要な物をそろえていけばよかったのですが、今回は1ヶ月以上前から、家内と娘が色々な物を買い揃えて準備を進めていました。
こういう時は父親は何も役に立たないもので、近くで見ている存在となってしまいます。
当日は天候に恵まれ、引越しの業者の方々と一緒に荷物を運び入れる事ができました。
30年近く自宅にいてくれた娘がいなくなると思うと何となくさびしい気持ちになりますが、何とか幸せになってもらいたいなと思っています。
子供はいつかは親から巣立って行くのですが、様々な苦労を乗り越えて子供が成長していく姿を見ていると親としては大変嬉しく思います。
何事もない人生なんてあるはずがありません。
苦労しただけ身になるように思います。
嫁に行った後も、さぞかし苦労することと思いますが頑張ってもらいたいものです。
先週の日曜日奈良へ行って来ました。
午前中に薬師寺を拝観し、お昼は奈良公園の春日ホテルで昼食をとり、午後は唐招提寺に戻って、拝観しました。
両寺ともどなたもご存知の大変高名な寺院ですが、私は40年ぶりに訪れる機会を得ました。
薬師寺は境内の修復がかなり進み、新しい建物がいくつか出来て、整然と整備されていました。
国宝の薬師三尊像も変わらず煌々しいお姿を拝むことができて嬉しく思いました。
唐招提寺は本堂の修復も終わり、天平の時代から続く建物がなんとも言えない静けさの中にしっかりと守り継がれた精神を感じさせてくれました。
残念ながら鑑真和尚像は奈良公園の国立美術館の方へ展示されていて、拝むことが出来ませんでしたが、ほんの一時、平城京の昔を味わうことが出来て、日頃の忙しさを忘れさせてくれました。
同じ西の京にある2つの代表的な寺院を拝観したのですが、新しく造営された建物が多い薬師寺と昔ながらの建物が多く残る唐招提寺ですが、それぞれの生き方を見せられて何となく感じるものがありました。
同じ仏の心を伝えるお寺でありながら、その心の伝え方はそれぞれ違いがあるようです。
先週9〜10日と商用で鹿児島へ行ってきました。
9日の3時頃ホテルについてしばらくしてから、ホテルの玄関から桜島を眺めてみると、まっすぐに空に向かって噴煙が立ち上っているのが眺められました。
他のお客様と会話をしながら携帯のカメラで写真を撮りました。
後で分かったのですが、爆発したのが3時30分頃だったのですが、私がシャッターを切ったのは36分でした。
9年ぶりの噴火だったそうです。
その時はすっかり晴れわたっていましたので、そのまま4時から始まった会議に出席し、会議終了後に再度表を見た時は鹿児島市内は一面真っ黒で先程までホテルの前に止まっていたタクシーはピカピカであったのがどれも灰をかぶって真っ白になっていました。
ホテルの人が、今夜街を歩かれるときは傘を持っていかれたほうがいいですよと言われました。
以前から鹿児島の人々はたえず桜島の噴煙に悩まされているという話は聞いていましたが、それを目の当たりにして事の大変さに驚かされました。
雪国の人々の除雪の大変さはよく知っていますが、火山灰が降ったときの状況はなかなか味わうことの出来ないことだと思います。
自然の力は計り知れないものがありますが、私達の地域は永年水の脅威にたえず脅かされてきました。
それぞれの地方でいろいろな自然災害があります。
私達人間は多くの自然の恩恵を受けて生活していますが、時々災害にも遭います。
それ等の自然の力と向き合いながら日々暮らしていきたいと思います。
平成20年度も無事に終えることができ、本日より平成21年度が新たに始まりました。
昨年度は9月まで順調であった景気が10月以降あっという間に冷え込んでしまいました。
政府を始め関係者が様々な対応をしていますが、お陰様で少しずつ落ち着きを取り戻しているようです。
しかし、本当の厳しさはこれから来るような気がします。
最近の消費動向を見ていると、酒、食品だけはそれほど影響がなかったようですがここにきてスーパーの売上げも徐々にかげりが見えています。
私の廻りの社長さん達も、6月頃には何とか少しは回復する事を願っておられるようですが、このまま年末まで進むようであれば資金繰りにも困る企業が増えてくると思われます。
どちらにしても平成21年度は大変厳しい一年となることは間違いないようですので、手綱を引き締めて事業運営にあたらなければならないと思っています。
先週末には杜氏も岩手に帰りましたので蔵の中は夜は誰もいなくなりました。
今月からは製造部長が中心となって6月まで20本程にごりの仕込みを続けます。
近くの船町湊の桜もようやく半分近く開いてきました。
もっと早く咲くだろうと思っていたのが、先週からの急な冷え込みで開花が遅くなりましたが今度の土日には見事に咲きそろうのを楽しみにしています。
今年も一年間いろいろな事がありそうですが、四季を感じつつ、あせらずゆったりした気持ちで過ごしていきたいものです。
今回、多賀塾の課題図書として金融大崩壊という本を読む機会を得ました。
三菱UFJ証券参与でチーフエコノミストの水野和夫さんの書かれた本で、現在起きている大不況がなぜ起きたかについて分かり易く説明されていました。
アメリカのサブプライムローン問題に端を発したと言われていますが、なぜここまでの事になってしまったのかについては誰もが理解に苦しむ所です。
くわしくは是非この本を読んで頂ければよいのですが、どうも頭の良いアメリカ人が高度の金融工学を駆使して、リスクの高い住宅ローンをいろいろな金融商品に紛れ込ませて証券化し一般の投資家に分からないようにして販売した為のようです。
しかし私は今回もそうですが日本で10年以上前に起きたバブル経済も根本的には人間の欲望のなせる業ではないかと思います。
世界中の人を巻き込んで賭博場を開いたようなものです。
特に現代の株式を含めた金融商品はIT技術の発達により世界中どこにいても簡単に商品が売買できるようになり、尚且つ365日24時間動いている為に、売買の判断をコンピュータのシステムにゆだねている人も増えています。
ある金融商品の価格が一定の価格になると自動的に売り入るシステムになっています。
ですから昨年のある時期に一気にあらゆる証券が大暴落したのもなんとなく頷けます。
人間の欲望というのは再限がないのですが、地道に毎日商売をしている私達にとっては非常に迷惑な話です。
今後の展望については、来年の年末には何とか復調の兆しが見えて数年後には元にもどるのではないかというのが多賀塾の結論でした。
世の中の事象に惑わされることなく与えられた仕事をこつこつとこなしていきたいと思います。
今月28日から全国の高速道路が1,000円でどこまでも行く事が出来る事になります。
土曜、日曜で一般車両のみという限定ではありますが、全国の行楽地に向かう家族連れであちらこちらで渋滞が起きることが予想されます。
当地方では白川郷インターや郡上インター、そして一宮インター周辺は大渋滞となるのではないかと思います。
昨年7月に東海北陸道が開通し、白川郷に寄って北陸方面に向かう人が一挙に増えました。
お陰で白川郷への観光客は今年度200万人を突破する勢いです。
昨年10月、11月の3連休では、白川郷インターから清見インターまで10km以上の渋滞が起きました。
今回の経済対策の中で最も効果のある対策になるのではないかと思いますが、日本中の人が遠出をして、それぞれの観光地でお金を使ってくれれば大変な経済効果が生まれると思います。
給付金の12,000円は1回使ってしまえばそれで終わりですが、高速道路1,000円というのは、2年間続けられるそうですから、私もかなり利用させてもらうのではないかと思います。
それと人間はどこかへ出掛ければ自然と財布のひもは緩むのもので、特に奥さんと一緒となればなおさらです。
土曜日の深夜0時から日曜の24時までに高速道路に入れば、この制度が適用されるようなのでいろいろ考えて、出来るだけ有効に利用させてもらいたいと思います。
今までなら月曜の朝出発していたのをちょっと無理をして日曜の夜中に走ってしまうとか、金曜日に帰るのを土曜日まで延ばすとかいろいろ考えることが可能です。
どちらにしても今の急激に冷え込んだ景気を少しでもよくする為にもいろいろな施策を考えてもらいたいものです。
数年前より行政が諸施設を民間に委託する指定管理制度が始まりました。
岐阜県においてもいくつかの施設がこの制度を取り入れて民間委託が始まっています。
昨年の4月より大垣市の情報工房がGINETグループに管理委託され、今年4月からは隣に位置するソフトピアジャパンのセンタービルについても、運営管理に参加することになっています。
最近郵政公社が所有するかんぽの宿の売却についていろいろと問題になっていますが、岐阜県も十数年前に建てられた諸施設の運営費を抑制する為に苦労しておられます。
私は立場上、行政の方々と接する機会が多くありますが、基本的な部分で私達民間企業の人間と大きく違う事があります。
それは役人の方々は、年度末の議会に上程出来るように毎年10〜11月位までに次年度の事業計画を立案します。
そして年度が変わるとその予算を使って1年間それぞれの事業を推考して行きます。
しかし私達民間企業は毎度年度の始めまでに次年度の売り上げ目標を作成し、その為の生産計画や販売計画を立て、年度が始まるとともにその売上目標に向かって最大限努力をしています。
行政の方々は議会が終わった時点で私達でいう売上、いわゆる予算が立ちます。
建物管理においても、それぞれの諸施設をどのようにして有効活用して収入を増やすのという発想が欠けているように思います。
ソフトピアジャパンの諸施設についても梶原前知事のもと多額の税金をつぎ込んで造られましたが、現在では充分に活用されているようにはとても思えません。
GINETとしては今後岐阜県並びに大垣市との間に入ってIT関連企業だけでなく、地元企業の方々はもちろん幅広い産業を視野に入れながら、ソフトピアジャパン全体の活性化を目指すつもりでいます。
いよいよ世の中はIT社会が到来し、あらゆる業種においてITインフラを使いこなしていかなければならなくなりました。
行政の方々におまかせしているだけでは地域はよくなりません。
もっともっと知恵を出す必要があると思います。
先週2月25日に大垣商工会議所主催による第2回「リアル大垣合同企業展」を開催し、成功裡に終了することが出来ました。
この企業展は来春卒業予定の学生さんに、大垣地域の企業を知ってもらう為に昨年から始めました。
昨年は第1回ということもあり、参加企業をお願いするのも学生さん達に当日来場してもらうことも大変苦労しましたが、今年は参加企業は早く決まり、又学生さん達についても現在のような経済状況の中でしたので、非常に関心が高く大変タイムリーな企画であったと思われます。
学生さん達にとって、自分の人生を左右するであろう就職先を決めることはとても大切な事ですし、企業側にとってはより優秀な人材を確保することが求められます。
昨年までの大垣地域は、愛知県の特にトヨタを始めとした自動車関連の企業が好調であった為に非常に求人難の状況でした。
それが秋以降の激変により、一挙に人余り現象が起き、今年はチャンスであると考えておられる企業もいくつかあります。
昔から企業は人なりといいますが、いい人材が揃っている企業は自然と雰囲気もよく、業績も伸びているように思います。
残念ながら弊社は新卒の学生さんを育てる力もなく、中途採用の方が多く働いてくれています。お陰様でそれぞれが一生懸命頑張ってくれていますので、徐々にではありますが会社内の様子もよくなってきましたが、まだまだ不十分であり、将来若い人たちが入ってきたくなるような会社になる事を願っています。
どちらにしましても、会社の方針に向けてそれぞれの社員が立場をわきまえて仕事をしてくれる事が最も大切なことではないかと思います。
近年地産地消という言葉をよく耳にすることがあります。
地元で出来た商品を地元で消費しようということですが、最近のようにこれだけ流通が複雑になるとなかなか地産地消が難しくなっています。
現に幣社においても、地域の小売店で売ってもらおうと思うと個人商店は直接お願いすれば大丈夫ですが、スーパーのようなチェーン店になるとそれぞれの本部におられるバイヤーにお願いしなければなりません。
チェーン店においても地元のお客様の為にわざわざコーナーを作って地元で出来た食材を並べる所も出来てきました。
しかしながら現実には商品力等の違いによって、なかなか売れる所まではいっていないのが現状です。
弊社におきましては、道三、白川郷のブランドで商売をさせて頂き、岐阜県を代表する商品として全国へ売らせて頂いているつもりです。
以前から大垣ブランドを育てたいと思い「バロンテッシン」という商品を販売しておりましたが、今年は昨年以来上石津町の方々達に協力して頂いて、大垣JCのメンバーが体験農場を開いて田植や、芋掘りを子供達と一緒に活動していましたのでそこで採れたお米を使ってバロンテッシンの仕込みをしてみました。
そのお酒が今週出来上がり、25日に上石津町の農家の方々に酒蔵へお越し頂いて実際に絞っているところを見て頂くことになりました。
これでようやくバロンテッシンは地元のお米で造った地元のお酒と言えます。
今後は、もっともっと研究を進めてどんなお米が適しているかを調べつつ、お客様に喜んで頂けるお酒を醸していきたいと思います。
私達の住む大垣市は昔から「水の都」と呼ばれてきました。
子供の頃には、各家庭の台所に自噴水の井戸水が流れ食物を冷やしたり、洗い物をしたりと大変便利な街でした。
しかしながら、戦後工業用水が大量に使用されるようになり、井戸が自噴しなくなった為に家庭においては水道水を使うようになりました。
今でも大垣市の水道水はすべて地下水でまかなわれていますので、水道水と言えども他の都市と比べると大変おいしいように思います。
弊社においては仕込み水はもちろん、すべての水を2本の井戸からポンプアップをして地下水を利用させて頂いていますが、近年工業用水の利用が減り年末年始や連休が続いた時などは井戸が自噴している事があります。
私達は普段から豊富な湧水に囲まれて生活している為に、水は当たり前にあるものという感覚で育ちました。
しかしながら世界中にはこの水がない為に、大変苦労している人がいるということも現実の問題として存在します。
自然の恵みをあたりまえとしてとらえるのではなく、私達に与えて頂いた恩恵として感謝することが最も大切なことではないかと考えます。
そしてその感謝の気持ちを少しでも社会にお返しをすることによって、自分の借財を減らすことになるのではないでしょうか。
最近徐々に通信販売でいろいろな物を買求める方が増えている様な気がします。
通信販売は昔からありますが、近年はインターネットを使ったショッピングモールが出来て、多様多種な方法でいつ、どこからでも商品を取り寄せる事が可能になりました。
特にヤマト運輸を始め、宅配便の発達もこれに拍車をかけているようです。
景気のこともありますが、最近百貨店やスーパーの売上げが少しずつ減少しているのはたぶん通信販売にお客様の購買が流れているのが原因ではないかと推察されます。
私共お酒を含めた消費財を製造販売している者は長年の習慣で卸、小売の流通形態を利用して商品を販売させて頂いております。
この流通の流れもここ20年位の間に目まぐるしく変化しておりますが、今後はこれらが益々複雑に絡み合って物が流れるようになると考えられます。
しかしながら私共のような嗜好品を造る者としてはどのような時代になろうと、お客様にご支持頂けるような商品を造り続ける事が最も大切な事だと思います。
時代感覚を見失うことのないよう、日々努力しつつ事業経営に努力していきたいものです。
22・23日の両日、株式会社日本アクセス主催の2009年春季展示商談会が、さいたまスーパーアリーナで開催され、業者として参加してきました。
一昨年4月に、旧雪印アクレスの流れをくむ日本アクセストと伊藤忠系列の西野商事が合併して、新日本アクセスが誕生しました。
取扱い品目は、チルド・ドライ・乾物・菓子・加工食品・生鮮といった総合食品商社で、総売上も1兆円を超え国内最大手となりました。
もともと、われわれ酒類業界と食品業界は同じ食品ではありますが、酒類免許の関係もありまったく別の業界でした。
ここ数年前からの小売免許の緩和により、食品スーパー等でもどんどん酒の免許がおりて、酒類専門の卸・小売業者が淘汰され、酒類含む大手総合食品卸会社に集約されてきました。
しかしながら、実際の商売においてはこれまでの慣習が残っており、小売業界においてもジャンル別に売場もバイヤーも別れています。
業態別という言葉をよく耳にしますが、一般の方からすれば、同じお店の中で物を買われる場合、それぞれのコーナーの物の仕入や販売等について、特に気にされる事はないと思いますが、我々メーカーの中では同じ食品と言えども、まったくと言っていいほど業界が違います。
特に最近、新しく免許を取得されたスーパー・コンビニ等の業者の中には、酒類の担当者を特別に置かずに加工食品の担当者が兼務しているケースがよく見受けられます。
しかし、そんな方はほとんど酒類について理解されておらず、食品と同じ感覚で商品を扱われるので、こちらも対応に苦慮するケースがたびたびあります。
私は、アルコール飲料についてはもう少し取扱いについて慎重であるべきだと思っています。
アルコールはある意味、麻薬と同じであり広告宣伝や販売価格についても、昔程ではなくても良いのですが、もう少し国が責任を持って指導すべきではないかと思います。
世界中の国々のなかで、日本ほどアルコール飲料を野放しにしている国はないようです。
規制があり過ぎるのもどうかと思いますが、国としての責任のあり方についていろいろ議論する必要があるのではないでしょうか。
昨年以来、マスコミ等で盛んに景気状況について報道されております。
金融、自動車を始め、最近ではすべての業種に影響が出てきているようです。
私の周りでも、これは大変だぞという言葉が聞こえてきます。
100年に一度という言い方をされていますが、要するに現在生きている人々が経験したことのない事が起きているのだろうと思います。
現実にはまだまだ一般市民には余りピンとこない所があるようですが、一年もたたない内にじわじわと影響が及んでくるような気がします。
天災であればあきらめもつきますが、今回のような経済状況はなかなか覚悟が出来ないものです。
しかしながら、私共企業を営む者としては従業員を始め、その家族の生活を守る義務があります。
どんな状況になろうとも、鋭知を結集して全力で事業経営に取り組まなければならないと思います。
幸い、私自身は40年前高度成長の頃に自社が最悪の状況から脱した経験を持っており、その時代と比べれば現在の幣社の環境はまだまだ恵まれていると思います。
これから増々厳しくなるのであろう経済の状態をよく見極めながら余り無理をすることなく事に当たっていくつもりでいます。
窮すれば何とかと言いますが、こんな時こそ知恵を出し合って、助け合ってそれぞれの事業についてよく考えてみるよい機会ではないでしょうか。
余裕のある時は以外に気がつかないことが見えてくるものです。
お互いにがんばりましょう。
先週1週間は5日の仕事始めより、各地方面のあいさつ廻りをしました。
市役所を支切りに各公共機関、各種団体、業界等一応主な所を廻らせて頂きました。
昔と比べるとあいさつ廻りをされる方も減っているような気がします。
しかしながら、世情を反映して初詣の人手は例年以上に多かったようです。
いよいよ今週から本来の業務にもどりつつありますが、業種によっては計画の見直しをせまられている企業もあるようです。
お陰様で弊社の白川郷純米にごり酒は、全国のお客様にご愛飲して頂いている様で、前年をクリアーする売上げで推移させて頂いております。
やはりお正月はお酒を飲んで頂ける方が多くなるようです。
今年は選挙がいくつか行われます。
現在、岐阜県知事選挙が行われていますが、4月には大垣市長選挙があります。
そしていつになるか分かりませんが、衆議院議員選挙が予定されています。
我々国民の為に、政治家の方々が大変でしょうが頑張ってもらいたいと思います。
世の中の流れに惑わされずに、自分を見失なわないよう気を付けて今年一年事業に取り組む覚悟でいます。
お互いに頑張りましょう。
新年明けましておめでとうございます。
昨年中は大変お世話になりました。本年もよろしくお願い申し上げます。
お陰様でゆっくりと正月休みをさせて頂きました。
いよいよ新しい年が始まり、早速慌しく仕事が始まりました。
世の中の先行きは非常に不透明ではありますが、どのような事態になろうと一生懸命頑張っていきたいと思っています。 今年の目標について昨年来自分自身に言い聞かせています「和して動ぜず」ということをテーマにこの正月の間自分の置かれている立場をゆっくりと見つめ直してなんとなくこれからの生き方が定まったような気がします。
昨年は還暦という人生の節目を迎えて一つ一つの物事を出来るだけ慎重に行うように心がけました。
節分までもうしばらくありますが、何とか還暦の本役を大過なく過ごすことが出来ます。
また、自分の中では最も幸せな一年であったのではないかと思います。
様々な役を与えてもらう中で、仕事も家庭もそして地域活動も非常に充実した年でした。
もちろんそれぞれの中では問題も多くありましたがそれらの問題も周りの人々の支えにより、大きな問題に発展することなく過ぎて行きました。
つくづく私は皆さんに守られているということを実感し、感謝でいっぱいの気持ちになりました。
今年は経済も政治も大きく変化することが予想されますが「和して動ぜず」という心を私自身がしっかりともって自社や私の所属する団体が皆で努力を合わせて同じ方向へ進んでいける様に努力して行きたいと思っています。
今日のような不安定な時代こそ組織の全員が一丸となって事業に取り組めるようリードすることが自分自身に課せられた指命ではないかと思います。
今年一年がお互いに良い年になりますことをご祈念申し上げます。
どうかご指導ご鞭撻の程よろしくお願いいたします。
今年も残す所あとわずかとなり何かとお忙しい事と思います。
幣社もお陰様で年末に向けて、社員並びにパートの人達も一生懸命やってくれています。
世の中は未曾有の不況という記事が毎日のようにマスコミで報道されていますが、これだけの円高と原油安ですから中にはその恩恵を受けておられる方もあると思われます。
しかし、輸出中心の日本経済にとっては来年はいったいどうなるのかという事は誰にも予想がつかないのではないでしょうか。
酒類業界も様々な影響が出て来ていますがこういう時こそ、じっくりと事業を行うことが大切ではないかと考えます。
アルコール飲料というのは世の中がどんなに景気がよくても必要以上に売れませんし、どんなに悪いときでもそれなりに飲まれるわけで、この時代に消費者の方がどういうお酒を求めておられるかをよく考えて商品開発に取り組むことが肝心ではないかと思います。
今月は私も飲む機会が多くありましたがとっても情けないことに黙っているとなかなか日本酒を飲んでもらえません。
最近は自分はもちろん、出来るだけ日本酒を周りの人に勧めるようにしています。
どうしてこんなに日本酒を飲まなくなったのかと不思議に思うのですが聞くと「おいしい事は分かっているけれど、飲みすぎてしまうから」という答えが返ってくる人が多いようです。
なかなかお酒をコントロールすることは難しいことはよく分かりますが、もっともっと日本酒を飲む機会が世の中で増えるよう願っています。
残り一週間余りですがお互いに頑張って厳しくなるであろう来年が少しでもよい年であることを祈っています。
NHK大河ドラマ「篤姫」が今週の日曜日に最終回を迎えました。
時々観ていましたが、今年のドラマは女性が主人公になっていたにも関わらず、私達男性にもいろいろ教えてくれることがあったような気がします。
亡くなる場面で主人公の篤姫が「天命」という言葉を使っていました。
最近、私の回りで死を迎える人を何人か見る事があり、何となく自分の人生について考える機会が増えています。
篤姫のような天下の将軍の妻になるような人は、もちろんですが普通に平凡に生きている人でもある年齢になれば、誰もが必ず迎えなければならない死ということについて、多かれ少なかれ思うことではないかと思います。
最近の私は両親の介護や、孫の成長を日々見ていると自分がとても幸せな状況にある事に気づかせてもらいます。
確かに毎日回りで起きている事象は、それぞれ一つ一つ観れば結構大変で辛い事がたくさんあります。
しかし、大変だと思う事を毎日感じながら生きている、いや生かされていると思い、又思えるようになった事でそれらの事が余り苦しい事ではなくなってきたような気がします。
若い頃は何か困難にぶつかると、つい焦ったり悩んで失敗する事が多くありました。
今でも決してそれが無くなったのかといえば嘘になりますが、日々いろいろな事が起きてもあせらなくなった事は事実です。
永い人生と思っていたのがいつのまにか残り少ない人生をどう生きるかと考える年齢になってしまいました。
天から授かった命「天命」をこれからも日々大切にしながら悔いのないよう毎日を過ごしていきたいと思います。
先週金曜日の朝7時頃、私の自宅のブザーが鳴り製造部長が「社長、ボイラーが止まって蒸しが出来ません」と言って血相を変えて飛んできました。
早速蔵へ行ってみるとまったく電気がきておらず会社が停電となっていました。
すぐに電気屋さんの社長に電話をして来てもらったのですが、なんと変圧機の大元のヒューズがとんでいました。
酒蔵の作業はこの時期毎朝5時過ぎてから始まっており、7時頃には釜に蒸気が入って米を蒸す作業が始まります。
その工程で停電したのですから蔵内は大騒ぎです。
すぐに原因を調べてもらったのですがなかなか原因がわからず、とりあえず動力だけ送電してもらい、電灯線はストップしたままにしました。
仕込みについては2時間遅れてなんとか終わらせましたが、会社内が停電している為、電話やパソコン、FAXが作動せず、お得意様から携帯電話の問い合わせが相次ぎました。
結局、配電盤の中にあるコンデンサーの老化が原因であったようですぐに新しいものと取替え午後2時過ぎに完全復旧しました。
電気がないことの不便さを思い知らされました。
日頃はあたりまえのように利用させてもらっている電気やガスですが、いざ使えなくなった場合はまったくお手上げであることを痛感し、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
事故はいつ起きるか分かりませんが、万が一の場合の備えについてはいつも心がける必要があるようです。
近年、大手量販店の販売力が、益々、強くなっていると共に、全てを中央で決めてしまおうとする国の官僚体質も相まり、いよいよ地方の時代は遠のいている様子です。
私共の「白川郷にごり酒」は、発売当時、白川村での販売が中心でしたが、今では、全国の流通を手がける卸小売業界の方々のお陰で、日本中の酒販店で扱って頂ける商品に育ちました。
商売としては、大変、ありがたいことではありますが、反面、「地酒」としての希少性は失われつつあります。
そんな中、“地元で生産されたものを地元で消費する”という意味で使われる「地産地消」という言葉を耳にする機会が増えました。
「地酒」も、本来は、“その土地で造り、その土地で飲まれる酒”であると思います。
しかしながら、都市部の多くの方が持っていらっしゃる地酒のイメージは、“地方の酒”という感覚ではないでしょうか。
以前ならば、何となく差別用語のような感じがしてならなかった「地方」 という言葉ですが、最近では、地方であることの優位性が強調される機会も増えてきたようです。
私共の専務が活動させて頂いている大垣青年会議所では、今年に入ってから、市内上石津町の田畑を利用して、地元の方々の協力により、稲を始め、いくつかの農産物を生産しました。
三輪酒造としては、そこで出来たお米を使って今酒造期に仕込むお酒を、 「バロンテッシン」という銘柄で販売する予定です。
また、他業種では、その副産物である酒粕から作るお菓子や、わさび漬けも検討され始めました。
まだまだ始まったばかりの試みですが、田植えから始まって漬物作りまでという、非常に分かりやすい地産地消の活動であると思います。
このような活動が、全国の造り酒屋で繰り広げられるようになれば、今の時代に、日本の酒である清酒が見直されるチャンス到来となるのではないかと期待しています。
最近、冠婚葬祭に関わる事が、めっきり増えてきました。
自身の年齢的なこともあり、人の生き死に立ち合う事で、より自分の人生について考えることもあります。
先週、大変お世話になった方が亡くなりました。
病室で、本当に眠る様に息を引きとられるのを静かに見守りましたが、これまで、そんな場面に出会ったことがなく、「こんな死に方があるのだ」とつくづく感動を覚えました。
人間の一生というのは、様々な出来事を経験しながら、日々、生きるために、最大限の努力をしているものだと思います。
大きな病を経験した人でもない限り、自身の死を意識しながら毎日を送る人などいないのではないでしょうか。
しかしながら、死というのは、いつか必ずやってくるものです。
その人も、つい一週間前まで、これからの事について話し合っていました。
とても寂しい想いもありますが、ある意味、幸せであったのかもしれません。
私も、これから何年生かさせて頂けるか分かりませんが、悔いのないよう、精一杯生きていきたいと考えています。
昨日からめっきり寒くなり、白川郷では初雪が降りました。
ようやく日本酒を恋しく感じる季節となり、弊社も、年末に向けて、フル稼働の毎日が続いています。
そんな中、先週9日から13日にかけて、大垣西ロータリークラブの交流先である、オーストラリア「グレンアイラロータリークラブ」21周年記念式典への参加のため、メルボルンを訪れました。
冬本番を迎えた日本とは正反対に、これから夏へ向かうオーストラリアでの3日間は、好天に恵まれ、最終日には、気温30度を越していましたが、湿度の高い日本の夏とは違い、カラッとした天候で、気温の割には暑さを感じることもなく、とても快適に過ごすことができました。
現在のオーストラリアの経済状況は、アメリカの経済問題の煽りを受け、豪ドルが大きく値を下げており、これから厳しさが出てくることが推測されます。
現地での日本酒について言えば、古い日本酒のイメージが強いようで、アメリカのような日本食ブームもありません。
非常に安くておいしいワインが数多く、それらを中心に飲まれているようです。
近年、弊社の製品も、アメリカなどへ輸出していますが、まだまだ、世界の市場は広いということを、肌で感じることができました。
滞在中は非常にタイトな日程で、体力的にも厳しい旅行でしたが、お陰様で、無事、日程をこなし、全員、元気に帰国しました。
久しぶりに貴重な体験をさせてもらい、忙しい中、留守を預かってくれた社員たちに、感謝しています。
11月5日は、私の60回目の誕生日でした。
還暦を迎えたものの、お陰様で、普段から病気もせず、健康を保っていることから、これまで、あまり実感がありませんでした。
しかし、今年に入ってから、同年代の方が定年を迎えたり、病気で倒れたりといった話を耳にする機会が増え、今日まで、元気に過ごせてきたことに対し、改めて感謝しています。
私の家族は、80代の両親、60代の私達、30代の息子夫婦、3才と1才の孫、そして娘達…
それぞれ、皆、毎日を健康に送っています。
現在、満88才の父は、少し足が弱っているものの、他には特別悪い処もなく、至って元気で過ごしておりますので、本当にありがたく感じております。
60代になった私が、今の父の年齢になるまで、まだ30年近くあります。
この先、どうやって歳を重ねていこうか、あれこれ考える年齢になりました。
後10年くらいは、仕事や、世の中の為にお役に立てると自負してはいますが、その後は、「周りに迷惑にならないよう気をつけなければならない」と、健康に過ごせている今だからこそ、そう実感しています。
これからも、あまり無理をしないよう体と相談しつつ、少しずつペースダウンをしながらも、仕事や、社会活動に頑張る所存です。
何卒、ご支援、ご協力、お力添えを下さいます様、宜しくお願い致します。
山々が紅葉に覆われ、秋本番となりました。
毎日、慌しく過ぎていく中、来週から、オーストラリアのグレンアイラロータリークラブの、21周年記念式典に出席するため、メルボルンへ行ってきます。
これから冬へと向かう日本から、初夏のオーストラリアを訪れるという、同じ時期に、二つの季節を味わえる貴重な体験となりますので、今から、楽しみにしております。
三輪酒造では、9月より、新酒造年度の仕込みを始めました。
いよいよ、今月からは、新酒の出荷が始まります。
通常、日本酒造りは、春に植えられ、秋に刈り取られた稲を精米したお米を原料として、10月中旬から3月まで仕込みを続けます。
以降、1年をかけて製品として出荷するという、非常に永いサイクルで行われるのが日本酒の世界なのです。
永年、この仕事に関わらせて頂いていることもあり、私自身、なんとなく、のんびりとした感覚となってしまいました。
日頃、酒造組合で話をしていても、慌てず騒がずという方が多いようです。
しかし、近年は、非常にグローバルで、慌しい世の中になっています。
こんな時こそ、自然の営みを充分に感じとりながら、日々を暮らしていきたいと思います。
先週14日から19日にかけて、世界遺産でもある合掌集落として知られる、飛騨白川郷の「どぶろく祭り」が開催されました。
このお祭りは、白川村にある三つの八幡神社祭礼の際、氏子が造ったどぶろくのご神酒を参拝客に振舞ったことから、「どぶろく祭り」と呼ばれるようになったと言われています。
今でこそ誰もが知っている白川郷ですが、かつては交通の便が悪く、人里離れた山間の集落というイメージがありました。
しかし、近年、世界遺産として登録されたこともあり、一年を通して観光客が訪れる賑やかな集落となりました。
また、今年7月には東海北陸自動車道が全線開通し、益々、訪れる人が増えているようです。
30年前、私が初めて訪れた頃は、景観の美しい、とても素朴な村でしたが、今では、数多くの売店が立ち並ぶようになりました。
村の方々の努力により、永い間、原風景を守り続けてきたことから世界文化遺産に登録された白川郷ですが、このまま放置すると、せっかくの景観が崩れてしまうことも危惧されています。
16日、ご挨拶のため村へ伺った際、元村長の和田さんとお話をさせていただきました。
和田さんは、近年のような観光客の増加が、今後の白川村に、どのような影響を及ぼしていくのか分からないことについて、大変心配していらっしゃるご様子でした。
村の方々はもちろん、ここを訪れる多くの人々の協力を得ながら、これからも、日本のふる里としての地位を守っていってもらいたいと思います。
「白川郷純米にごり酒」醸造元である三輪酒造として、これからも、白川村と白川郷のために、出来る限りの協力させて頂く所存です。
世界中の多くの方々に、白川郷の、本当の良さを知っていただければ幸いです。
サブプライムローンに端を発した金融問題は、アメリカのみならず、ヨーロッパ、アジアなど、世界中の経済を悪化させました。
その結果、世界同時株安を招き、最悪の事態として、世界恐慌まで噂される程の状況となっています。
実経済の中に身をおく者として、常に、政治も経済も順調であることを望んでいますが、天災を含めて、世の中は、いつ何時、何が起こるか分かりません。
企業でも、家庭においても、何が起きても動じない強い精神力を持っていなければならないと思っています。
しかし、戦後生まれの私達は、この60年余り、平和であり続けたことに慣れてしまったようです。
そろそろ何か大変なことが起きそうな予感がしますが、命ある限り、何事にでも対処していかなければなりません。
ソビエト連邦の崩壊後、しばらく続いたアメリカ中心の経済は一段落しました。
今後の世界経済が、果たしてどちらの方向へ進むのかは定かではありません。
今こそ、英知を結集して乗り越えていきたいものです。
慌てず、騒がず、世の中の流れをよく見ながら、間違えないよう頑張っていきましょう。
今年は、大垣市が、大正7年(西暦1918年)4月1日に、全国で71番目の市として市制施行されてから、ちょうど90周年にあたります。
周年記念を祝い、今年の春から、市内各所で様々な行事が催されてきました。
そして、今週末の11日土曜日には、記念式典と、大垣市出身の俳優・細川茂樹さんなどをゲストとして迎える特別なイベントも計画されています。
特別イベントである『市制90周年記念大垣市民の集い』では、大垣祭りの際に巡行する山車を、十ヶ町総出で、特別に曳き揃えすることになり、その準備のため、船町「玉の井山車」も、先週末、山車飾りの準備をしました。
当日は、午後0時30分に、全ての山車が駅前通りに集まり、掛芸を披露した後、4時に曳き分かれとなる予定です。
翌日12日は、例年通り、十万石祭りが催されますので、2日続きのイベント開催となりますが、何とか、両日とも好天に恵まれることを祈っています。
せっかくの機会ですので、一人でも多くの方に見ていただければ幸いです。
大垣市の船町湊は、江戸時代から、美濃路大垣宿と東海道桑名宿を結ぶ水運の要所として栄えました。
当時、生活物資の多くが船町港を拠点とし、水門川の川船で運ばれていたといいます。
しかし、鉄道や自動車の時代となった現在、昔の面影は、川燈台を残すぐらいになってしまいました。
江戸時代は十万石の城下町として、大正以降は産業都市として発展してきた大垣ですが、大戦時の空襲により、国宝大垣城を含め、市内全域が焼け野原となりました。
そのため、街の中には古い建物がほとんど残っておらず、わずかに私達が住んでいる船町地区に、戦火を逃れた明治時代から続く家々が現存する程度です。
街の景観は、近代的な建物が多く、観光のために古い街並みを保存するという意識も非常に希薄な住民感情になってしまいました。
しかし、最近では、大垣の町興しの一環として、俳聖松尾芭蕉の「奥の細道結びの地」として売り出そうと頑張っています。
私はこの件について、20年以上前から先輩諸氏と様々な機会を通じ、街の中で提言してきました。
市内には、様々な歴史的遺跡が多く存在し、それらを何とかしたいという気持ちで有志の方々と活動をしています。
一昨年の6月には、船町湊に2棟のマンション建設が決まり、もうだめかと思ったこともありましが、市民の熱意と、街を代表する方々の努力に対し、マンション業者が理解を示してくださり、最終的は、1400坪もの広い土地を、大垣市が買い上げることで決着しました。
この度、市会議において「奥の細道むすびの地整備構想」が了承され、いよいよ次年度から、本格的な整備がなされることとなりました。
遅ればせながら、衰退した中心街の中で、何とか昔の面影を残している船町地区をこれからも守り続けるためにも、今回の決定は、今後の大垣市発展に大変良い結果をもたらすと思っています。
これから10年、20年かけて、「訪れてよかった」と言われるような街になることを願っています。
先週、台風13号の真っ只中、鹿児島へ行ってきました。
今回の主目的は、商工会議所情報委員会の役員会でしたが、予てより、一度訪ねてみたかった知覧をコースに組み込みました。
知覧は、先の大戦時、本土最南端の特攻基地となった町です。
戦後生まれの私には、太平洋戦争そのものがよく理解できません。
中でも、生還の可能性の無い体当たり攻撃である【特攻】という行為は、全く分からない事です。
沖縄戦では、1000人余りの若者が、国や国家の為と自分自身に言い聞かせて出撃し、尊い命を失いました。
皆、17〜23才という若さだったのです。
今の時代、誰もが、何故、そこまでやらなければならなかったのかと考えることでしょう。
特攻平和会館に展示してある多くの遺書には、必ず「お母さんありがとう」という言葉が書かれていました。
これからの人生、何をして生きようかと、希望に満ちている年代の人々が、さぞ残念だったであろうと思います。
終戦から60年以上経過した現在、私達は、とても平和な毎日を送らせてもらっています。
今回、知覧を訪れて、戦争で犠牲となった多くの人々の想いを無にしてはいけないと痛感しました。
戦後生まれの私も60才になろうとしている今日、これからの人生を大切に生きていかなければいけないと思っています。
大阪の三笠フーズに端を発した事故米の食用転売が大きな問題となっています。
問題発覚後、我々アルコール業界にその一部が流れたという事実が発覚したことにより、弊社にも、関係各社から問い合わせがありました。
おかげ様で、三輪酒造はもちろん、地酒NANサービスの加盟各社共、問題となっている米とは一切関わりはなく安堵しております。
今回は、問題となっている業者側が、最初から相手を騙すつもりでやったことであり、騙され方々は、誠にお気の毒と言わざるを得ません。
しかし、これには、多くの米流通制度上の問題点が隠されているように思います。
米の流通は、20年程前より自由になったはずが、実際には、今も全農の管理下にあり、農林水産省共々、国内の米流通を支配し続けています。
近年、清酒業界では、純米酒・本醸造酒といった特定名称酒が多くなりました。
今回、問題となっている米は、一般に「くず米」と言われるものですが、特定名称酒を製造する上で使用する米は「3等米以上であること」という厳しい制約があるため、そのような米を利用することは不可能となっています。
私達清酒メーカーは、現在、全国に1500社程あり、その1500社が使用する米の量は、国内の年間米生産量の、約一割程にもなります。
今回の問題を契機に、国内の米生産量を今以上に増やすと共に、良い米が適正な価格で流通するよう、農林水産省及び全農の、更なる努力を期待したいと思います。
9月1日、福田総理が、突然の辞任を表明しました。
昨年の安倍総理に続き、日本国を預かる総理大臣が、何の前触れも無くその職務を放棄するという事態は、やはり異常なことだと思います。
最近は、テレビのワイドショーでも政治について取り上げる機会が多くなり、昔に比べると、お茶の間の関心が高くなっているようです。
しかし、その取り上げ方が、「劇場型」などと言われるように、視聴者受けするような作り方ばかりであるために、本来、議論されなければならない問題が表に見えてこないのと同時に、政治活動が、人気取り優先になっているのも、否めない事実です。
戦後60年を過ぎて、今、世の中は変わろうとしています。
そんな中、政治体制はというと、官僚と政治家との対立や、バブル時に積み重ねた莫大な借金のツケ、グローバル社会への対応の遅れなど、様々な要因が重なり、世の流れに大きく遅れをとっているのではないでしょうか。
世論とは、世の中の人々がどう考えるかという事ですが、それをどう感ずるかが、それぞれの組織を預かる者にとって、最も大切なことだと思います。
世論をコントロールすることは難しく、それに惑わされないことの方が大切なのですが、人間は弱い動物であり、ついつい強いほうに流されがちです。
最近、私は、その世論を感じつつ、バランス感覚を持ちながら事を処すよう心がけています。
事業の運営はもちろん、社会人として行動する場合に、何が正しいかを決めるについて、このバランス感覚は、非常に大切であり難しいことだと思います。
いよいよ9月に入りました。
この10日くらいの間にめっきり秋らしくなり、お盆前の猛暑が嘘のように和らぎ、夜の寝苦しさもなくなりました。
日本の四季のありがたさを感じています。
一方、先週は各地でゲリラ的な豪雨があり、記録的な大雨となった愛知県岡崎市では、二人の女性が亡くなるなど、大きな被害を齎しました。
被害に遭われた皆様には、心よりお見舞い申し上げます。
集中豪雨といえば、昭和51年9月12日、長良川の堤防が決壊し、この地域に大変大きな被害が出たことを思い出します。
この時は、一週間程前線が停滞して雨が降り続き、廻りの河川は、どこも危険な状態となっていました。
当時、地元の消防団に属していた私は、他の団員と共に、連日、警戒にあたるため出動していましたが、長良川が決壊する前夜には、消防団の車庫まで水が入ってきたため、各自、自宅へ戻りました。
その夜中に、木曽三川の一つである長良川が切れたのですが、それによって揖斐川の水位が下がり、そこに繋がる他の中小河川が流れを取り戻し、市内の水位も徐々に下がり始めたのです。
しかしながら、それまでの増水により、市内全域に亘って床上・床下浸水の被害が出るなど、大変な災害となりました。
また、長良川右岸に面した地域では、一階の軒以上に水が浸かりました。
水が引いた後も、各家々から、ダンプカーに1〜2杯のゴミが出るほどで、元の生活に戻るまでに、数ヶ月の時間を要したようです。
濃尾平野に位置するこの地域は、昔から、水による被害をたびたび受けており、部落ごとに「輪中」と呼ばれる堤防で囲い、その被害から田畑を守る工夫をしてきました。
輪中のおかげで被害を免れる度、先人の知恵として、すごいことだと実感しています。
しかし、いつの世も、天災は、いつ何時やってくるかわかりません。
常日頃から、気をつけたいものです。
様々な問題を抱えつつ開催された北京オリンピックですが、何とか無事に閉幕し、同時に、暑い夏の夜が終わったような気がします。
国内予選、全国大会を勝ち抜いた者が日本代表としてオリンピックの晴舞台に立ち、世界のトップクラスと競い合った結果、何人かの選手がメダルを獲得しました。
テレビの前で、熱い声援を送った方も大勢いらっしゃることでしょう。
もちろん、日本選手団だけではなく、各国を代表して頑張る選手達の姿は、観る者に多くの感動を与えてくれました。
メダルを獲った者、敗退した者、また、オリンピックに出場できなかった者…
人知れず努力を積み重ねていたであろう選手達ですが、悔しい思いをした人達も多勢いるはずです。
世の中の成功失敗は、それぞれの努力の結果なのですが、その努力の方向や方法が、ほんの少しずれただけで、大きな差が出来てしまいます。
同じように、私達の商売の中でも、どのような場面で戦うかによって、その内容も大きく変わってきますが、何とか日本一、出来れば世界一と言われる商品を造り出すことがれば、この上ない幸せです。
オリンピック選手たちに負けないよう、日々努力していきたいものです。
三重県桑名市では、毎年8月の第一土曜・日曜の両日、日本一騒がしいと称される『石取祭』が行われます。
桑名は、私の亡母の生まれ故郷であり、私が幼い頃、毎年のようにこの祭りに連れて行かれ、以来、あの音色が大好きになりました。
20年位前からは、この時期、墓参りを兼ねて、祭り見物に出掛けています。
土曜の午前0時、30数台の山車に付けられた大きな太鼓と鐘の音が一成に鳴り響き、 その後、丸二日間、飲みっ放しの行事は、お酒も祭りも大好きな私にとって、羨ましい限りです。
一概には言えませんが、海の近くの祭りには勇壮なものが多いような気がします。
例えば、博多の祇園祭り、岸和田のだんじり、浜松の凧揚げ祭り、半田の潮干祭り等、海岸に近い地域の祭りに、誰もが開放的な雰囲気を感じることでしょう。
対する京都、高山、私の地元大垣など、内陸にある街では、静かな祭りが多いようです。
やはり、その地域に住む人々の気性が、そのまま祭りの雰囲気に表れているのかもしれません。
どんなことでも、心を燃やすものがあるということは、とても大切なことです。
仕事や社会生活の中で、何か一つでも一生懸命になれることを見つけ出して、これからも頑張っていきたいと思っています。
誠に勝手ながら、三輪酒造ならびに地酒VANサービスは、今週、14日より17日までの4日間、夏休みの為、休業とさせていただきます。
大変ご迷惑をおかけ致しますが、何卒ご了承の程宜しくお願い申し上げます。
お盆を迎えるこの時期、帰省や旅行に出掛ける人達で、各交通機関、全国の行楽地など、どこも大変な混雑になることと思います。
皆様も、事故、怪我等には充分ご注意ください。
我が家でお盆といえば、昔は、親戚の方が大勢こられて、母や家内が大変な思いで持て成しをしていました。
しかし、近年は、お盆だからといって訪れる人もめっきり少なくなり、楽になった反面、少し寂しい気がしないでもありません。
やはり、年に一度、お盆の時くらいは、ご先祖様にご挨拶をすることも大切だと思います。
西濃運輸の創業者、故田口利八さんは、生前、何か自分の中で迷いがある度、両親の墓前に出向き、その場で一時、瞑想にふけると、それまで迷っていた心がすっきりしたという話を聞いたことがあります。
お墓の前というのは、言葉では言い表すことのできない、何か特別の空間なのかもしれません。
人は、物事が上手くいかない時、それを他人のせいにしてしまうことが多々あります。
そんな時、ご先祖様の前で、じっくり心を鎮め、深く考えることによって、先が開ける事もあると思います。
お盆を機会に、「私達は生かされている」ということを、改めて考えてみようではありませんか。
日常生活の中で、『おかげさまで』という言葉を使ったり、耳にすることがよくあります。
久しぶりに会った方との挨拶で、
「お元気ですか?」
という問いに対し、
「おかげさまで。」
と答えることも多いでしょう。
何気ない言葉ですが、健康であることを含め、日頃の感謝の気持ちを表わす、大変便利な言葉だと思います。
我々日本人は、昔から、曖昧いな言葉遣いの中に、様々な気持ちを凝縮してしまう癖があるようです。
最近、よく耳にする『どうも』という言葉も、その場の雰囲気でどのようにでもとれてしまう言葉のひとつと言えます。
『(どうも)ありがとう』なのか、『(どうも)すみません』なのか…
ここまで極端な例は少ないかもしれませんが、誰しも、意外と何気なしに使っているのではないでしょうか。
『おかげさまで』も、場面に応じて、どのようにも使い分けることができる言葉ですが、この短い6文字に込められた感謝の気持ちは、大変深いものがあります。
これからも『おかげさまで』の気持ちを忘れることなく、日々の生活を送っていきたいと思っています。
おかげ様で、本日、株式会社地酒VANサービスは、設立から満20年を迎えることが出来ました。
今から20年前、平成元年8月1日に、VANの“バ”の字も分からない状態ながら、今日の、インターネットを始めとするIT時代の到来を見据え、この事業をスタートさせました。
VAN(Value Added Network)=付加価値通信網とは
「電話回線等の公衆通信網を利用し、特定の情報処理データサービスを行うもの」
という意味ですが、現在では、その言葉も死語になりつつあります。
その後、マルチメディア、インターネットと様々な言葉で表現され、最近は、ユビキタス時代の到来が叫ばれています。
国をあげての情報インフラの整備により、私達の生活環境は大変なスピードで変化していますが、残念ながら、多くの方がこの流れについていけてないように感じます。
特に、清酒業界には昔ながらの感覚の人が多く、時代に取り残されているイメージが否めません。
しかしながら、我々の業界が慌てる必要はないと思います。
というのも、情報社会の流れは、あくまで世の中のインフラ整備が中心であり、本来の酒造りについては、これまで通り、充分に機能するはずだからです。
むしろ、この新しいインフラ機能を使って、酒造りの文化をどのように伝えるかが問題なのではないでしょうか。
その為にも、満20年を迎えた株式会社地酒VANサービスの存在意義は、現在の新しい機能を使いこなし、酒造りの文化を更に広めるよう努力する事だと考えております。
私共に課せられた次の30周年に向けて、いよいよ頑張らねば、と誓いを新たにしています。
何卒、今後とも宜しくお願い申し上げます。
全国に520ヶ所程ある商工会議所は、各地域の商工業の、改善・発展を支援する活動を行っています。
私は、十数年前に、地元大垣商工会議所の議員となり、現在、常議員として活動させて頂いております。
いくつかある委員会部会の中で、三輪酒造の社長としては食品部会に所属し、併せて、G.I.NET社長の立場としては、今年4月より、情報サービス部会長という役職を任されました。
近年、地方では、全国規模の大手資本の参入により、地場の中小企業が大変苦しい立場に置かれています。
流通企業はもちろんのこと、IT産業においても、中小企業が生き残っていくには大変な時代なのです。
大垣市の駅前商店街も、他の地方都市と同じように、非常に厳しい状況にありますが、数年前より、様々な方面の力をお借りしながら、何とか賑わいを取り戻せるよう努力してきました。
それを積極的に支援する為に、大垣商工会議所は、中心市街地活性化協議会を立ち上げる準備を進めています。
三輪酒造がある船町地区も、大垣市の協力により、来年度には再開発計画が動き出すことになりました。
この計画については、20年前より色々なかたちで努力して参りましたが、ここにきてようやく実りあるものとなり、大変喜んでいます。
今後も、この計画を基に、10年20年かけて、大垣の街が賑わいを取り戻せるよう、微力ながら頑張るつもりでおります。
地域の皆様方も、ご支援ご協力下さいます様宜しくお願い致します。
この季節、全国で夏まつりが開かれます。
代表的なものとして、東北の三大祭り(仙台七夕祭り、秋田の竿灯祭り、青森のねぶた祭り)や、西日本では、京都の祇園祭、博多祇園山笠などが挙げられるでしょう。
当地では、毎年8月1日より、駅前商店街を中心に「大垣水まつり」が開催され、盆踊り、七夕飾り、万灯流し等、様々なイベントを楽しみに集まる多くの人で賑わいを見せます。
今週の土日、私の町内にて催される「船町祭り」も、昔は各班毎に提灯を飾って、出し物を作り、川には巻き藁舟を浮かべるなど、かなり盛大でした。
残念ながら時代の流れとともに、青年部と婦人部のバザー、子供御輿など、こじんまりとした祭りになってしまいましたが、それでも、町内の皆さんに一生懸命お手伝い頂き、皆で楽しくガヤガヤと一日過ごすことは、田舎のお宮祭りならではの光景だと思います。
地元の小さな夏まつりは、日頃、新幹線や高速道路を使って飛び廻っている私にとって、心休まる一時であり、また、人間味を充分に味わえる時間なのです。
世の中には、そんな時間さえもとれず、日々働きづめの人がたくさんいらっしゃいます。
しかし、一人の人間として考えた時、地元の祭りにゆっくり参加できるような気持ちの余裕も大切なことではないでしょうか。
世の中、どうも急ぎ過ぎなような気がしてなりません。
今週、北海道洞爺湖畔にあるウィンザーホテルを主会場に、G8首脳会議を始めとする多くの会議が開かれ、世界中が抱える様々な問題について話し合われました。
中でも、近年大きな問題になっている、Co2の削減を含めた地球環境問題について、積極的な議論がなされたことと思います。
私達人類は、この地球上に誕生して以来、何億年もの間、自然の恩恵を受けて暮らしてきました。
しかし、産業革命以降この百年余りの間、急速な文明の発達により経済規模が拡大するのと同時に、地球全体で自然破壊が進んでいます。
自然界に生きる動植物全てが、それぞれの営みの中で平等に受けるべき恩恵を、人間の欲望のみによって、自由にして良いはずがありません。
近年、G8を構成する先進国が、ようやくその事に理解を示すようになった反面、発展途上の中国やインドを始めとした多くの国々では、未だその意識は非常に小さいままです。
弊社が永い間携わっている酒造りの事業は、自然の力を充分に享受して営んできました。
籾まきに始まる稲作によって収穫されたお米から、麹と酵母を造り、そこから仕込まれた清酒やにごり酒を、皆様に召し上がって頂いています。
日本の四季折々の温度、水、空気の力により稲が育ち、お酒が醸されます。
籾がまかれてからお酒となるまで、様々な人の力を借りながら、約1年半から2年近い年月をかけて出来上がる日本酒は、自然が作り出す素晴らしい芸術品と言っても過言ではありません。
私は、あらゆる食品の中で、自然食品として最も優れたものが日本酒であると思っています。
様々な食品の製造課程において、多くの廃棄物が排出されるようですが、日本酒の場合、棄てる物がほとんど出ないのです。
だからこそ、本当の意味での自然食品と言えるのではないでしょうか。
各国の代表者が地球環境について考える機会として、今回のサミットのような会議はとても大切なことです。
そして、ここで発表される共同宣言を受け、私達一人ひとりが、自然の恩恵について、真剣に見つめ直す機会となることを願っています。
明日、7月5日、東海北陸自動車道が全線開通します。
これにより、愛知県の一宮JCTから富山県小矢部栃波JCTまでが直結することとなり、岐阜県民が永い間待ち望んだ夢が一つ叶ったと言えるでしょう。
この東海北陸自動車道の建設において、最後の難関であった飛騨清見ICと白川郷ICの25km間には、飛騨トンネル(10.7km)他、10本ものトンネルがあり、その長さは20.7kmにもなるそうです。
私ども三輪酒造がある大垣市から白川村までは、同じ岐阜県でありながら、約150kmの距離があります。
今から32年前、白川村からの依頼を受けて『白川郷にごり酒』の製造を始めた頃は、大垣から白川村まで移動するのに、4時間半もの時間を要しました。
当時、「何と遠い所と商売するのだろうか。」と感じたことを記憶しています。
それが、明日からは、わずか2時間足らずで行くことが可能になるのです。
30年前、陸の孤島と言われていた白川郷は、人の流出がどんどんと進み、村の人口が2,000人を割る状態でした。
それが近年、観光開発が進み、年間150万人もの人が観光に訪れるまでになったそうです。
しかしながら、今回の全線開通が、白川郷の未来にとって、本当に良い結果ばかりをもたらすのかどうかは分かりません。
全線開通により、観光客は益々増えると思われますが、村民を始め、行政の対応がより難しくなることは、否めない事実なのです。
今年5月、白川村の村長さんにお会いした時にも、今後のことを、大変心配されているご様子でした。
私たち、高速道路の利用者は、単に観光だけではなく、東海と北陸を結ぶ重要な道路として、充分に活用させていただく必要があると思っております。
早いもので、今年も折り返し地点を迎え、今日から7月となりました。
私達の酒造業界には、いわゆる会計年度とは別に「酒造年度」というものがあり、謂れは定かではありませんが、7月1日から翌6月30日を一つの年度として区切っています。
他業種の方には関係のないことかもしれませんが、今日7月1日は、私達にとって、新しい年度の始まりとして、大事な節目なのです。
通常、酒造りは、稲刈りが終わる10月中旬に始まり、田植えの始まる3月末に終了するのが一般的ですが、弊社では、先週6月27日、酒造年度末ぎりぎりに、無事、最後の仕込みを終ることが出来ました。
全国にはたくさんの酒蔵がありますが、この時期まで仕込みをやっている蔵は数少ないことでしょう。
弊社の主力商品である『白川郷にごり酒』の特性上、出来るだけ短期貯蔵で出荷をした方が、お客様に、より美味しく召し上げって頂けることから、このような永い仕込み期間を設けているのです。
普段、私自身がもろみの管理をしているわけではありませんが、蔵内に、醗酵中のもろみが一本でもあると、なかなか気が抜けないものです。
永い仕込み期間、蔵の製造部長以下、本当にご苦労様でした。
これから9月中旬までの、わずかな時間ですが、ゆっくり休んでください。
お陰様で、10月中旬には『白川郷にごり酒』の新酒を市場に出せる予定です。
楽しみにお待ちください。
しばらく、「社長ブログ」の発信をお休みしております。
平成20年度が始まり、5月も半分過ぎてしまいました。月日の進むのは早いものです。
先々週の土日には、大垣祭りも無事終わりました。
2月以来、私の周りでいろいろな事が起きました。
社内、町内・・・・・業界内 等々、気分的にブログを書く気持ちになれませんでした。
一番ショックだったのは、町内で一緒にお祭り等の仕事をしてきた先輩が、帰らぬ人となられたことです。
毎年5月に催される大垣まつりは、11両の山車が雅やかな元禄絵巻を繰り広げる、360年の伝統を誇る、この地域最大のお祭りです。
三輪酒造の地元である船町は、11両の山車の一つ「玉の井山車」をお守りさせていただいており、祭事委員会を中心に、町内を挙げてお祭りに臨みます。
先日、その祭事委員会でお世話になっている先輩が、62歳という若さで亡くなりました。
昨年の夏頃から体調を崩され、入退院を繰り返しておられましたが、約半年間の療養生活の末、とうとう帰らぬ人となってしまいました。
一昨年には、若手の中心的存在であった後輩が、突然40歳で亡くなっており、相次ぐ訃報に、町内の人達もショックを受けています。
先週の土曜日、町内の主だった人達に集まっていただき、今後の方向性について話し合いの場を持ちました。
差し迫った5月までに、今の役員構成を変えることは困難であり、とりあえず今年の祭りが終わるまでは現状の体制で乗り切り、祭り終了後、改めて役員人事を行うことになりました。
大垣祭りは、旧大垣城下で栄えた10町に祭り屋台(山車)があり、それを5月第2土日曜日の八幡神社礼大祭に引きそろえをします。
しかしながら、時代の流れと共に、各町の商店主が減少し、会社勤めの人が増え、尚且つ若い人が郊外に移り住んでしまう中での祭事運営は、とても厳しいものとなってきました。
酒造業も同様の悩みを抱えておりますが、昔からの伝統文化を守ることの大切さを、地域の若い人達に伝える努力を続けていきたいと考えております。
今日の夕方、セイノーサッポロ会の皆さんが、酒蔵見学のため来訪されます。
私がこの会のお世話をしている関係もあって、前回の例会で、三輪酒造の酒蔵を見学し、搾りたての新酒を試飲しようということになりました。
酒蔵を見たいと希望される方は、私の周りにも多くいらっしゃいます。
以前は時々見学会を催したのですが、最近は、依頼をいただいても、極力お断りするようにしています。
と言いますのも、特に見学コースを設定していない弊社の蔵は、外部の人の出入りにより、蔵内部の衛生面に影響が出る心配があると共に、社員の作業に支障を来たす場合があるためです。
20年以上前、地元の人達に酒蔵をPRする目的で酒蔵コンサートを開き、以後、10年程続けたことがあります。
最近では、全国各地の蔵元でも催されているようですが、当時は、まだ非常に珍しく、マスコミにも大きく取り上げていただきました。
その後、私自身が忙しくなったことと、初期の目的を達成したこともあり、酒蔵コンサートは中止することになりました。
街の中には復活を望む声もありますが、やはり、現状では難しい思っています。
今後、街の再開発計画が進み、弊社の周り建物が再構築された時には、是非とも様々なイベントを催し、街の活性化に協力していきたいと考えております。
現在、全国の酒蔵で、地域と連携した催し開かれているところが多く見られます。
私共も、日本の文化としての日本酒を造り続けると共に、築後130年の酒蔵を残す努力をしていきたいと思っています。
昨日、大垣商工会議所主催(共催/大垣市)による地域人財力定着促進事業「リアル大垣」合同企業展が、市内ソフトピアジャパンにて開催されました。
この企業展は、大垣市を中心とした西濃エリアの企業群を、中部圏の大学や短大の、来春卒業生の皆さんに向けて広くアピールすることを目的に、今回初めて実施されることとなった事業です。
実は、一昨年の商工会議所情報委員会の席上において、委員長である西濃運輸の田口義隆社長に、副委員長である私から、
「人材募集の事業をやってみませんか?」
とお願いしたのが全てのきっかけでした。
その後、時代の要請もあり、徐々に話が発展し、正副会頭企業を始め、市内に本社を置く有力企業を含めた40社の企業に出展して頂き、今回の運びとなったのです。
企業にとって“人材”というのは非常に大切であることはよく分かっているつもりですが、若い人材を採用し続けることは大変なことであり、それを可能としている企業が少ないという実情を、今回のイベントを主催する立場に立つことにより、実感することができました。
本来であれば、三輪酒造も出展しなければならない立場にあったのですが、よくよく考えてみると、もし、我社に応募してくれた学生さんがいたとしても、現状では雇うことが出来ないではないかということで断念しました。
酒造業界の雇用については、杜氏制度も含めて、非常に古い体質が残っており、未だに家業的体質で、昔の「旦那さん」「番頭さん」という雰囲気を持ったままの蔵元が多いような気がします。
弊社では、近年、ようやく社長、専務の下に、営業部長、総務部長、製造部長という肩書きを持った人が出来ました。
しかし、内容的に言えば部長というのも名ばかりで、今ひとつ組織的にしっかり動く体質にはなっていません。
今後は、商品の充実と同時に、社員の資質向上も大きな課題であろうと思っています。
先々、今回のような企業展に、ブースをもらって出展できるような企業に発展していくことを願いながら、主催者としてのお手伝いをしました。
お陰様で、当日は予想以上の来場者があり、無事に事業を終えることが出来ました。
ご協力頂いた皆さんに、感謝申し上げる次第です。
現在、弊社の蔵内では、大吟醸の発酵が進んでいます。
弊社の造りは、8割以上がにごり酒の仕込みであり、吟醸造りについては得意分野とは言えません。
それでも、製造部全員が一生懸命頑張ってくれているお陰で、年を追うごとに、その完成度が高くなっていると思います。
今年度の造りは、県工業技術センターの先生に相談し、2種類の酵母を使って酒母を立てました。
昨年までは、協会9号系酵母を使っていましたが、近年、新酒鑑評会の審査基準として、香りを重視する傾向があるために、今回は、それに適した酵母を使用することにしました。
杜氏自身、初めて使用する酵母であり、もろみをコントロールすることに、かなりの神経を使っている様子です。
若い社員蔵人も、杜氏の下、様々な経験をさせてもらうことにより、本当の意味での酒造りの大変さを味わっていることでしょう。
酒造りは、「一麹、二もと(酉に元)、三造り」という言葉にあるとおり、麹造りが最も難しいとされます。
また、もと(酒母)造りでは、近年、酵母が多様化している中、どの酵母を使用すかという判断が、益々、難しくなってきました。
一般的に造りと呼ばれるもろみの管理では、使う米の状態はもちろん、酵母の性格を充分に理解し、細心の注意を払っての温度管理が必要です。
これらは、杜氏以下、蔵人達の、経験と勘に頼らざるほかなく、私は、結果出来上がったお酒の良し悪しについて意見することしか出来ません。
どの蔵元にとっても、杜氏達の繊細な技術を受け継いでいくことは、非常に重要なことであり、大切に守らなければならないものなのです。
鑑評会にて優秀な成績を収めるることが出来れば、それに越したことはありません。
しかし、それ以上に、お客様が飲んで「美味しい」と言っていただけるお酒を造るための技術を磨くことが、より求められるのではないかと考えます。
株式会社地酒VANサービスは、今から20年前、世間に、現在のようなネット社会というイメージが皆無の中でスタートした事業です。
これまで、蔵元や各卸小売の皆様の多大なるご協力をいただき、お陰さまで、今年8月1日をもって、満20周年を迎えることとなります。
本当にありがたいことであり、感謝の気持ちでいっぱいです。
昨年来、今後、地酒VANサービスを、どういった方向へ持っていくのかについて、いろいろ議論している中、現在運営をさせていただいているポータルサイト「地酒道楽」が、今一つ、有効に活用されていないのではないかと感じています。
ヤフーやグーグルなどの検索サイトで、「地酒」というキーワードで検索をすると、「地酒道楽」が必ず上位に表示されることから、常に多くの方が見に来ていらっしゃるのは間違いありません。
その方々が、消費者なのか、酒販店や問屋さんを始めとした業界関係者なのかまでは把握できませんが、「地酒道楽」を訪れれば、全国の美味しい地酒の情報を得ることができる、地酒についてきっと何かが分かるという大きな期待を持っていらっしゃることでしょう。
しかし、今の「地酒道楽」トップ画面は、活字ばかりが多過ぎて、訪れていただいた方々には、少々分かりづらいページ構成になっているようです。
やはり、最初から、前面に商品の画像をアップするなど、より地酒をアピールしていくべきではないかと思います。
現在、社内において、当サイトのあり方ついても議論を重ねておりますが、もし、これをご覧になり、ご意見を頂けるようであれば、どんな事でも結構ですので、コメントを頂ければ幸いです。
蔵の情報、地酒の情報を、より多くご案内できるサイトにすべく頑張って参ります。
皆様の、忌憚のないご意見をお待ちしております。
このブログを書き始めて、1年が経ちました。
最近では、週2回程のペースとなっていますが、お陰さまで何とか続いています。
酒造業の社長という立場から、基本的に、お酒にまつわる話が中心となりますが、一地方都市の、様々なしがらみの中で生きていますので、時々、それらに関係する話を書かせていただく場合もあります。
自分の気持ちを素直に表現できる場所として、多くの方がブログを書いていらっしゃいますが、私のように、一企業の社長という立場で、こうした公の場面で意見を述べるについては、少々気配りが必要となります。
特に気をつけていることは、固有名詞を挙げないこと、読んでいただく人の気持ちを考慮し、全く関係ない話は慎むことなどなど…
短い文章の中で、一言足りなかったり、表現が間違っていたりで、本意と全く反対に伝わってしまう場合もありますから、常に、言葉一つ一つに気をつけながら、書かせていただいております。
先日、街づくりについて研究している学生さんに、
「どうして街づくりに関心を持つようになったのですか。」
という質問を受け、
「東京の大学を卒業後、地元へ帰って、家業に従事することを決めたことが原点
です。」
と答えました。
元々、卒業時には、どこかで酒屋をやめて、何か別の商売をしたいと考えていたのですが、ある方から、
「やめることはいつでもできるのだから、先ず、一度、一生懸命やってから考えてはどうか。」
と言われ、いつの間にか三十数年、酒屋を続けています。
永いようで短い月日であったような気がしますが、これからの人生、体力的なことを考えれば、積極的に動き回れるのは、おそらく残り10年から15年でしょう。
この間に、地域のため、特に、中心市街地の再開発についてお役に立てるよう頑張りたいと思っています。
もちろん、本業である酒造業が基本ですから、これがきっちりと立っていかなければなりません。
最近の業界の現状を考えると、先ず、一人でも多くの方に、清酒を飲んでいただけることを願っています。
これからも、このブログを通して、考えていることを、少しずつ表現したいと考えております。
中国製の冷凍ギョーザで起きた食中毒事件が、大変な社会問題となっています。
今回起こった事件は、刑事事件にまで発展する可能性があると同時に、多方面に様々な問題を提起しているようです。
近年、あらゆる産業が価格の安さを求め、生産拠点を中国へシフトしてきましたが、その反面、私の周りでも、失敗をして退却してくる企業経営者がいます。
その方々の意見を聞くと、国の政策はもちろんですが、生活文化の違いから、心を掌握することが非常に難しいという声も少なくありません。
狭い日本国内であっても、地域毎に様々な文化があり、また、人の成り立ちによって考え方が違うのですから、国が違えば尚更なことです。
グローバル社会への対応を云々される時代でもあり、私達日本人が、今後、大国中国とどのように付き合っていくかについて、深く考えさせられる問題ではないかと思います。
昨年来、次々と不祥事が発覚した国内食品業界は、現在、神経質な程の対応に追われています。
これまで比較的甘い対応を黙認されてきた酒類業界も、この体質を大きく変える必要に迫られているのは当然のことでしょう。
しかし、元々、担税物品として国税庁の管轄下にあるために、衛生面についてそれ程厳しく指導されてこなかった事が、ここにきて体質改善の妨げとなっているようです。
最近になって、ようやく国税当局も、細かいチェックをされるようになりました。
私達蔵元は、様々な法律に則り、お客様の安心・安全の為の取組みを強化していく必要があります。
三輪酒造はもちろんのこと、地酒VANに加盟する各蔵元の方々も、これまで以上に現在の状況をご理解いただき、お互いに改善していくことに注力したいと思います。
本日、岐阜県工業技術センターの先生に、弊社の蔵まで着て頂くことになっています。
この時期、県の先生や国税局鑑定官室の先生方が、酒造組合単位に各酒蔵を巡回し、技術指導をされます。
規模の大きな蔵元には、専属の技術顧問をおいていらっしゃるところもありますが、我々のような小さな蔵ではそんなことも出来ませんので、このような機会にご指導を受けたり、ご相談出来る事は大変ありがたいことです。
各蔵を回られている先生方から、今年の米や酵母の傾向をお聞きしたり、弊社のもろみの状況を見て頂き、今後、杜氏が気をつけなければならないことなど、適切なご指摘を頂きます。
このようなご指導を基に、微妙なお酒の変化に対応していくのです。
弊社では、現在、2本目の大吟醸の仕込みを終えたところですが、お酒にとって、これからの2〜3週間が最も大切な時期となります。
吟醸の仕込みを見ていると、いつもその大変な努力に感心するばかりですが、果たして、これほどの努力が、いったいどこまでお客様に伝わっているのかと考える時があります。
最近、日本酒に対する評価が余りにも低くなっていますが、私達清酒業界のPR不足というのも、その大きな要因のひとつなのかもしれません。
お客様に酒造りの大変さを知っていただき、また、美味しく飲んで頂ける様、努めていかなければと思います。
とはいえ、世に出回っているお酒は、大吟醸、吟醸酒といった高級な物ばかりではありません。
お客様も、あまり大上段に構えず、普通に美味しいお酒を、普通の価格で、普通に飲んでいただければ幸いです。
先週、東京の大手卸様の展示会において、凍結酒の売場提案をする機会を得ました。
弊社は、数年前より冷凍のにごり酒の製造販売をしておりますが、一社では解決出来ない問題がいくつもあります。
そこで、同様の酒類を製造していらっしゃる蔵元にお声を掛けさせて頂いて、“凍結酒の会”を作り、共に協力しながら一つひとつ問題をクリアすることができれば、と考えておりました。
今回、問屋さんから話を頂いたチャンスを捉えて、4社の蔵元が一緒に展示することが出来、取り敢えず新しい取り組みのスタートが切れたのではないかと思います。
これまで清酒業界は、常温流通を基本としていましたので、生酒以外、全ての商品を熱処理をして貯蔵、出荷をしています。
お酒の出来立ての味というのは非常に風味が良く、その時点で冷凍し保存をすれば、いつまでもその味を保つことは可能なのですが、これまでの酒類業界には、卸、小売の現場に冷凍設備がなく、又、配送においても凍結状態を維持することは大変難しいことでした。
現在、弊社では、ヤマト運輸の冷凍便を利用して、直接消費者の皆様にお届けする方法をとっていますが、これを今後、何とか酒販店様が店頭で販売出来るようにしたいと考えております。
なかなか難しいことですが、ご理解願えるお店を1店ずつ増やすことによって、凍結酒という商品が育っていくことを願っています。
どんな事も、努力せずに報われることはないと思います。
もし、ご興味のある方はご一報下さい。
濃尾平野の西に位置する大垣市は、昔から“水都(水の都)”と称されるほど水に恵まれてきた地域です。
この地域は、木曽川・長良川・揖斐川という、3本の一級河川が合流する地点であり、その伏流水が養老山脈の岩盤に当たり井戸が自噴すると言われています。
私が子供の頃までは、市内の各家々の勝手場に自噴井戸が湧き出ており、その豊富で良質な水で物を冷やしたり、また洗い水に使ったりしていましたが、戦後の高度成長の時代、市内の多くの工場などが、その地下水を大量に汲み上げた為、大幅に水位が下がり、いつしか各家の井戸は使えなくなってしまいました。
しかし、近年、大手繊維企業の工場が閉鎖されるなどの理由で、地下水の利用が減少したこともあり、徐々にその水位が戻ってきたようです。
弊社では、現在、毎日地下水をポンプで吸い上げて仕込み等に利用していますが、年末年始やお盆の時期になると、社内にある井戸から水が自噴するようになりました。
また、最近、新たに市内の数箇所で自噴井戸が掘られ、その水を求めて、近隣の方々がわざわざ汲みに来られる姿が見受けられます。
大垣市は、中心市街地活性化の為に、様々な施策が実施されようとしています。
その一環として、市内に残っている井戸を復元し、多くの方にその自噴水を見ていただくことで、街の特徴を表現できるのではないかと思います。
水は、生命にとって、最も大切なものと言っても過言ではありません。
私達は当たり前のようにしてそれを利用しているのですが、豊富な水資源を有する大垣市民として、この恩恵に欲していることに感謝し、今後も酒造りを続けたいと考えております。
近年、世界中の企業が、ISOの認定を受けるケースが多くなりました。
ISOとは、製品、サービスの品質向上や、情報管理、地球環境への安全な取り組みなどを実施するために制定された国際標準規格です。
私が社長をしているGINETでは、昨年ISO27000を取得し、情報管理について、より一層社内外に対し、厳重な管理ができるようにしました。
企業には多くの社員がおり、その一人ひとりの意識を高めるためにも、ISOのような資格を取得することは大変有意義であると思います。
しかし、資格を取得した企業の中には、様々な入札資格得るためだけが目的であったり、企業のイメージアップのみにそれを利用しているケースも少なくないようです。
やはり、個々の社員の気持ちが向上してこそ、その意味を成すのではないでしょうか。
人間の意識というのは、十人十色という言葉どおり、同じ話を聴いても、人によって取り方は様々です。
三輪酒造や地酒VANサービスでも、大小色々な問題が起きますが、時には、何度言ったら分かるのかと気が立つこともあります。
反面、国内で起きている最近の不祥事を見ていると、企業はもちろんですが、監督官庁側にも、その責任が少なからずあるように思います。
世の中が社会的責任に対して非常に厳しくなっている現在、我々企業人は、より襟を正して物事を処していかなければなりません。
今後とも、更なる努力していきたいと考えております。
年が明けて、全国各地の蔵元で、吟醸酒の仕込が始まりました。
弊社でも、5日に1本目の酒母造り(もと立て)の米洗いを始め、いよいよ今週から本仕込みとなります。
以前は、正月の間に“もと立て”をして、新年早々から仕込を行っていましたが、10年程前から、年末年始は蔵内を空にして、蔵人も全員休みとする体制に変えた為、年明けから新たに仕込みを始めます。
弊社は1年間に、仕込みタンク80本余りのお酒を造りますが、その内70本は『純米にごり酒白川郷』の仕込みとなります。
その為、9月から12月まではにごり酒、1・2月は吟醸酒、そして3月から6月は再びにごり酒と、3期に分けての仕込み作業です。
にごり酒の麹と、吟醸酒の麹では、その考え方が180度違うこともあり、杜氏には、一度年末に仕込みを終わらせて、吟醸造りが始まる年明けから、また新たな気持ちでの蔵入りを心がけてもらっています。
昔から『寝ずの番をする』という言葉がありますが、この時期、杜氏は夜もぐっすり眠ることは出来ないのではないかと思います。
先日も、夜中に蔵内を見回っていたところ、室の前にスリッパが置いてあり、気になり中に入ってみると、そこで杜氏が寝ていました。
どうしたのか尋ねると、麹の温度が上がらないので待っているとのことです。
本当にご苦労様と思いました。
これから2ヶ月余り、日本中の蔵で真剣勝負が続くことでしょう。
こういう思いからお酒が生まれるということを、飲む方にも、もっと伝わるように頑張りましょう。
年が明け、業界団体や地域団体の、新年互例会への出席が続いています。
この新年互例会という場は、それぞれお忙しい方々が一堂に会し、一ヶ所で新年の挨拶を交わすことが出来るため、大変合理的だと思います。
一方、いよいよ本格的に始動した仕事では、今週から来週に架けて、各方面への挨拶回りが続きます。
もちろん、先方も同じように挨拶回りのため不在の場合が多く、それを承知で謹賀新年の名刺を置きながら回りますが、大切なお客様の所に足を運び、新年のご挨拶をするということは、とても大切なことだと考えております。
近年、昔ながらの行事が少しずつ簡素化され、何となく寂しいような気がしています。
新年互例会も、新年の挨拶回りも、日本ならではの風習ですが、これからの時代も、年賀状や初詣などと同じく、一年の区切りとして、お正月らしい行事が末永く続いていくことは望ましいことではないでしょうか。
どんなに時代が変われども、残すべきものは残していくべきだと思います。
そして、日本酒業界にいる私の希望として、お正月こそ、是非とも日本酒を飲んで頂きたいと願っています。
6日は、全国各地で消防出初式が開催されました。
我が地元でも、大垣消防団出初式が実施され、市内19分団の他、大垣消防署、婦人防火クラブ、少年消防クラブ、そして企業の自衛消防隊が参加し、一斉放水や分列行進の後、式典が行われました。
私は10年ほど前まで、20年間、消防団活動に参加させていただいておりましたが、現在は、大垣市防火協力会という後援会組織の会長という立場で行事に参加しています。
近年、一般社会において 軍隊的な規律を重んじる組織はほとんどありませんが、消防団による新春恒例のこの行事は、規律正しく、“威風堂々”という言葉がぴったりと当てはまるような光景でした。
消防団という団体は、全て地域のボランティアで成り立っているのですが、年々これに参加してくれる若者が減り、どの地域でも団員の確保に苦労しているようです。
そんな中、“防災士”という言葉が目に触れ、調べてみたところ、阪神淡路大震災以降、「日本防災士会http://www.bousaisikai.jp/」というNPO団体が設立され、その活動が全国に広がっていることを知りました。
いざという時の、災害に対する消防団員の意識は非常に崇高なものがありますが、今後は、非常事態が発生した際、自分達の手で地域を守るという気持ちの人を増やしていくことが重要となるのではないでしょうか。
そのためにも、防災士といった制度を、より有効に活用していく必要があると思います。
昨年末、新潟のお福酒造さんを訪問した時、3年前に起きた中越地震での大変な状況を聞くことが出来ました。
日頃から言われている「いざという時の準備」ですが、平時からこれを実践している人は、まだまだ少ないと思われます。
私も、これまで何回も火災現場に駆けつけたことがありますが、もし、自分の家が火事になったとしたら、さぞかし慌てることでしょう。
お福酒造さんのように、実際に体験した者にしか、その大切さは分からないのかもしれません。
「備えあれば憂いなし」という言葉があります。
それを念頭に置きながら、お互い無事な一年であることを祈ります。
明けましておめでとうございます。
旧年中は格別のご愛顧を賜り厚く御礼申し上げます。
本年も何卒倍旧のお引立ての程お願い申し上げます。
昨年、次々と明るみに出た食品偽装問題は、私達酒類業界に対しても、多大な影響を及ぼしました。
弊社では、あらゆる部署において様々なチェックを強化し、お客様に、より安心して召し上がって頂くことのできる商品造りと販売を心がけて参りました。
本年は、これをより一層強力に推し進める所存でおります。
昨年夏の参議院議員選挙においては、自民党が歴史的大敗を喫し、国政は、今尚、非常に不安定な状況が続いており、それを受け、おそらく本年中には、衆議院の解散総選挙が行われると予想されます。
しかし、この先、政治がどのように変化しようと、私達が造り出すお酒を飲まれた方々が、幸せな想いを抱いて頂けるような商品造りを心がけ、まずは自分達の足元をしっかりと固めることが最も大切であると思います。
又、年明け早々から原油価格が高騰しており、これは全ての業界、原料、製品などに大きな影響を与えるものと思われますが、弊社においては、まだまだ改善すべき点が多くあり、安易な値上げは慎むべきであると考えております。
地酒VANサービスの事業につきましては、関係各位のご協力により、今年、20周年を迎えることとなりました。
本年は、もう一度原点に立ち戻り、このネットワーク社会において、私共に何が出来るのかを見詰め直し、少しでも皆様のお役に立てるような仕組み作りをしてまいります。
今年一年、いろいろな事があると思われますが、何卒宜しくお願い申し上げます。
今日は、全国的に、仕事納めとなる企業が多いことと思います。
誠に勝手ながら、弊社も、本日にて、年内の営業を終わらせていただきます。
全国のお客様にご愛飲頂いております弊社の商品ですが、特に「白川郷純米にごり酒」につきましては、例年以上の数量を出荷させていただきました。
本当にありがたいと、心より感謝しております。
今年は、様々な業種の、多くの企業にて、次々と不祥事が発覚し、企業倫理が問われる一年となりました。
弊社では、クレーム商品の発生を限りなくゼロに近づけることを目標に細心の注意を払うなど、商品管理体制の強化に努めています。
社員達も、出荷量が増え、残業続きの日々の中、それに応えるべく、一生懸命に頑張ってくれています。
また、地酒VANサービスの会員蔵元に対しましても、それぞれの社内において、衆知徹底していただく様お願いをしました。
会員蔵元には、大小様々な蔵元があり、それぞれの考え方があるかとは思いますが、私の想いが伝わっていてくれるものと信じております。
来年の干支は“ねずみ”ですが、私は年男であると同時に、還暦を迎える年になります。
何となく年齢を重ねたことを実感しながらも、健在である88歳の父を見ると、まだまだ頑張らねばと思っています。
皆様も、私も、また一つ歳を重ねることになりますが、お互いに頑張りましょう。
来年こそ、何方様にとっても良い年になる様お祈りしつつ、今年一年のご愛顧を感謝して、最後のご挨拶とさせていただきます。
一年間、どうもありがとうございました。
今月始めより、年末のご挨拶を兼ねて、少しずつお得意様を廻ってきました。
本来であれば、一軒ずつ訪問させて頂き、一年のお礼を申し上げなければならないのですが、お陰様で日本全国、北から南まで、広範囲亘って弊社の商品を扱って頂けるようになり、それぞれの先までお伺いすることが、物理的に不可能になってきました。
最近、あくまで商品中心のお取り引きというケースが増え、逆に、昔のような、個々のお付き合いという感覚の商売が少なくなってきた傾向にあるため、そこに介在する“人”の姿が見え難くなっています。
以前ならば、「A問屋のBさんを介し、C店に売って頂いた」ということが、明確にわかりましたが、最近では、弊社の意志とは関係ない所で商品が一人歩きするような状況になってきました。
何処の何方にお世話になって、そのお店に納品されているのか、私共にも把握しきれていないのが現状です。
そのため、これまで以上に、より一層しっかりとした商品管理に努めなければ、万が一、何か物事が起きた時には、取り返しのつかない事態になりかねません。
卸会社の中では、組織が大きくなるにつれ、どの部署で、誰がどんな仕事をしているのか、よくわからなくなっているようです。
資本原理に基づき、企業が大きくなるのは当然のことですが、それによって、中小零細企業が切り捨てられていくのは、何か寂しい気がします。
昔のような、義理人情溢れる商売というのは、時代遅れなのでしょうか。
私は、お互いの気持ちを理解した上で、物を買ったり売ったりするというお付き合いは、とても大切なことだと思っています。
人付き合いは、「挨拶に始まり、挨拶に終わる」と言います。
残念ながらお目にかかれず、直接今年最後のご挨拶をできない方にも、この気持ちだけはお伝えしたいものです。
いよいよ今年も残り僅かになりました。
世界でも、国内でも、色々な出来事がありましたが、「終わり良ければ全て良し」としたいものです。
弊社では、連日フル生産の状態が続き、応援の人も含めて、皆一生懸命頑張ってくれています。
この年末の忙しさが、少しでも夏場に分散してくれると良いのですが、やはり寒くならないと日本酒を飲んでもらえないようです。
今は、何とか品切れを起こさないようにと願っていますが、この調子でいけば、無事に乗り切れることでしょう。
今年から飲酒運転の罰則規定が厳しくなり、料飲店の売上に大きなダメージを及ぼしています。
幸いにも、弊社の「白川郷純米にごり酒」は、料飲店での扱いが少ないこともあり、法改正による直接的な影響を受けることはありませんでした。
しかし、今後、地酒メーカーは、自宅でゆっくりと飲んでいただくことをアピールしたり、その為の新たな商品の開発など、これまでとは別の視点からの販売努力をもしていかないと、益々厳しくなるでしょう。
そういう意味からも、地酒VANサービスのように、細かい配送が楽に出来るシステムが、必ず有効利用されていくはずです。
年明け早々に提案する新しい企画をいくつか考えていますが、その為には、まず、今年をきっちりと終えることが大切です。
残り一週間余り、お互いに頑張りましょう。
今週初めより、全国4万局余りの郵便局に、『冬のお酒ギフトカタログ』が並びました。
当初、郵便局株式会社は、新たにスタートした10月の時点で酒の販売免許を取得し、アルコールの販売を始める予定になっていたのですが、免許取得が大幅に遅れて、ここにきてようやく受注活動を開始されました。
この、郵便局『冬のお酒ギフトカタログ』の8頁に、弊社の「道三 吟雪花 大吟醸 干支ラベルセット」が掲載されています。
数年前より、東海局管内限定カタログには掲載して頂いておりましたが、今回掲載されたのは全国版であり、弊社にとって、この宣伝効果は大きなものとなることでしょう。
既にお歳暮シーズンは峠を越えており、これからの短い期間で多くの販売数量は期待できませんが、郵便局の全国版カタログに、大手メーカーさんの商品と並んで、弊社の商品が採用されたことは大変光栄であり、とてもありがたいことです。
これから1週間余りの期間ではありますが、もしお近くの郵便局で見かけられることがございましたら、是非ともご用命下さいます様お願い申し上げます。
郵便局株式会社ウェブサイト http://www.jp-network.japanpost.jp/index.html
この12月は、多くの企業が、賞与の支給月となっていることと思います。
労働基準法には、賞与に関する明確な定めはありませんが、現代社会では、社員にとって、あくまで年間の総支給額の一部として認識され、生活を支えるものとなっています。
一部大手企業では、平成不況から脱し、業績の回復から最高益を出すところもあり、それに伴い賞与の支給額も増え始めているようです。
そんな中、日本酒業界は依然低迷したままであり、弊社といたしましても、何とか社員の頑張りに報いるべく努力をしていますが、決して楽な状況ではありません。
企業というのは、物やサービスを提供し、対価を得ることによって利益を取り、そこから支払われる給与により、社員とその家族が生活をさせてもらうという基本的な経済循環があります。
そこで重要となるのは、その企業が提供する物やサービスが、今の社会にとって、本当に必要とされているのかどうかということです。
世の中は日々刻々と変化してきましたが、近年、技術の進歩によりそのスピードが加速し、少しでも気を抜くと、あっという間に世間から取り残されてしまう時代となりました。
そのような意味からも、従業員や家族を守るという大きな義務を背負っている経営者の責任は、とても重いものと言えるでしょう。
そんな経営者の思いを、社員一人ひとりに、すべて理解してもらうことは難しいことです。
しかし、少しでもお互いの立場を尊重し、力を合わせて事業に取り組むことが大切なのです。
そして何より、お客様、得意先、仕入先への心遣いがいかに大切であるかを、常に忘れないでほしいと思っています。
給与も賞与も、お世話になっている多くの方々のお陰で頂けるものなのです。
福岡市に、偉人の生き方を学んだり、それを手本として自分自身の価値を見出す社員研修や、幼稚園児、小学生などを対象とした塾を開くなどの活動をされている「株式会社寺子屋モデル」という会社があります。http://www.terakoya-model.co.jp
経営者である山口社長は、以前、大手ゼネコンに勤務されていた頃、海外での仕事を終え帰国された際、日本の子供達の顔に自信が見えなかったことにショックを受けたそうです。
そんな子供達に何とか自信を取り戻してほしいという強い思いから、ゼネコン会社を依願退職し、偉人伝を語り聞せる現代版“寺子屋”という新しい事業を立ち上げられ、昔のお仲間の協力を得ながら頑張っていらっしゃいます。
現在、この会社に講師として勤める三林さんという青年は、以前、大垣の学習塾に勤務していた方で、その当時から、通常の授業とは別に父兄の方々を集め、幕末時代の話をされるなど、社会教育の一環として、熱心な活動をされていました。
私自身も、三林さんと二人で語り合ったり、地元の会合に招いて話をしてもらうなど、親しくさせていただいておりました。
今は、福岡と大垣を行き来しながら、寺子屋モデルの事業をやっていらっしゃいます。
毎日のように起こる様々な事件を見ていると、「いったいこの先、日本はどうなってしまうのだろう」と、本当に不安感を覚えます。
寺子屋モデルの志が実を結ぶまでには、気の遠くなるような時間を要するかもしれません。
しかし、山口社長や、三林さん達は、何とかしなければいけないという熱い思いから行動されているのだと思います。
私にはとても真似の出来ないことですが、少しでも彼らの活動に協力することによって、日本の子供達が自信を取り戻す機会が増えることを祈っています。
嘗ての大垣の中心地であり、松尾芭蕉「奥の細道」結びの地でもある、船町湊地区の再開発について、いろいろな立場からご検討いただき、また、ご努力願っております。
例えば、観光ボランティアガイドの方々は、全国から大垣へ観光にお越しになる皆様に、当地の良さを知っていただこうと、熱心に案内されています。
http://www.ogakikanko.jp/yoyaku/index.html
このボランティアに参加されているお一人、市議会議員の横山さんは、8年前の、この会の設立準備時から関わっていらっしゃる方で、地元市民と一緒になって、船町地区の様々な案件についてもご協力いただいております。
現在開かれている市議会では、「大醒しゃ」の保存解体に関する補正予算が上程され、保存に向けて進み始めました。
また、今後の再開発により、船町湊地区の中心になるであろう公園整備事業についても検討されているようです。
地域の開発というものは、一から十まで行政任せにすべき問題ではありません。
議員の方はもちろん、商工会議所のメンバー、学校の先生、そして何よりも、この地域の住民一人ひとりの意識の持ち方が大切なのだと思います。
それぞれの立場で、より良い街づくりができるよう、協力しあっていけることを望んでいます。
そろそろ年賀状の準備をしなければならない時期になりました。
以前は、印刷屋さんが持ってくる見本の中から好みのデザインのものを選び、そこに自身の名前を印刷してもらうのが一般的であったため、お正月に届く年賀状には、同じような図柄のものがたくさんありました。
しかし、最近では、パソコンを使って、それぞれの個性を表現したものを自由に作られる方が多くなり、正月に、一枚一枚年賀状を見る楽しみも増えたような気がします。
弊社は、数年前より、書家の臼井千里先生に書いていただいている干支の文字を、そのままデザインとして使った年賀状を送ることにしています。
本来であれば、お一人ずつコメントを添えさせていただきたいとは思うのですが、時間に追われる師走の中、宛名を印刷してお送りするのが精一杯です。
年々、いろいろな年中行事を省略する人が増えていますが、正月くらいは、一年に一度の事として、それぞれの行事を残していきたいものです。
http://www.miwashuzo.co.jp/product/gindex.htm
http://www.rakuten.co.jp/jizakeya/431594/431893/526364/
地酒道楽トップページの挿絵が新しくなりました。
今回は、大垣輪中から望む鎮守の森の風景です。
私達の地域は、昔から、木曽三川の豊かな水の恩恵に洛してきましたが、それと同時に、常に洪水の危険にさらされていました。
住民の知恵から、村ごとに堤を築き、集落をまるごと囲んだ“輪中”により、お互いの家や田畑を守るようになったのは、西暦1600年〜1700年頃からだとも言われています。
明治以降、木曽川、長良川、揖斐川から成る木曽三川の大規模な治水工事が行われ、大きな水害が激減したこともあり、岐阜県南部、愛知県西部、三重県北部に広がる“輪中”は、少しずつ壊されていったそうです。
それでも、この大垣周辺の輪中堤は、今尚、その多くが残っており、昭和51年にこの地域を襲った集中豪雨の際は、その存在意義を、まざまざと見せ付けました。
その日、安八町地内で長良川堤を決壊させた濁流は、一旦は下流の輪之内町に流れたのですが、輪中堤に阻まれ、今度は、上流に向かって逆流を始めました。
そしてその水は、土地開発により既に輪中堤を壊していた墨俣町を飲み込み、多くの家屋や田畑に甚大な被害をもたらしたのです。
昔の人が、50年、100年に一度しか起こらないであろう大洪水に備え、莫大な時間と労力、費用をかけて作り上げたのが“輪中”です。
「災害は忘れた頃にやってくる」と言いますが、それを経験したことのない後世の人達の都合で“輪中”を壊してしまった結果、墨俣町は被害を受けることになってしまいました。
弊社の建物は、今も健在する大垣輪中の上に建っているお陰で、明治29年の大洪水以来、水害に遭ったことがありません。
それでも昔は、木造三階建ての酒蔵の、二階に酒を貯蔵し、万が一の水害に備えていたそうです。
何はともあれ、先人が苦労してきた様々な体験から、言い伝えとして行われてきたことは、簡単に変えてしまうことなく、よく考えてから行動に移さなければいけないと思います。
変えていいことと、変えてはいけないこと。それを見分けることも大切なことではないでしょうか。
輪中
http://homepage1.nifty.com/fuufuyuuyuu/sub20/oogaki_wajyuu.htm
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BC%AA%E4%B8%AD
http://www.cbr.mlit.go.jp/kisojyo/excartion/001.html
いよいよ12月を迎えました。
今年も残り1ヶ月となり、皆様も、何かと気忙しいことでしょう。
日本酒の蔵元というのは、1年を通して、この師走が最も出荷量の多い月であり、この月の売上が、その年の損益を左右すると言っても過言ではありません。
もちろん弊社も、これから年末までの間、フル生産体制で臨むことになります。
昔ですと、秋を迎える9月過ぎから翌年5月くらいまでが、日本酒の売れる期間でした。
本当に暑い夏場以外は、多くの方が清酒を楽しんでいたということでしょう。
しかし、近年、著しい季節商品となり、“日本酒=冬の飲み物”というイメージで見られているようで、それに代わって、ビール類が年間を通じて飲まれるようになりました。
それでも、今年は、11月に入る頃には、例年よりも少し冷え込みが早かったこともあり、周りの人達から「燗酒がおいしい季節になったね」と言う声が聞こえてきました。
私にとって、本当に心強い言葉であり、ありがたい気持ちでいっぱいです。
しかし、お歳暮について言えば、日本酒に限らず、年々利用される方が少なくなってきた傾向にあるようです。
また、以前ですと、お中元、お歳暮など、季節のご挨拶として贈る品について、百貨店の包装紙に包まれていることに拘る方が多かったのですが、近頃は、大手量販店や、通信販売などで購入される方も増え、売場が大きく変化し始めました。
弊社へご注文頂く店舗も、様々な業態の会社があり、お店毎の包装形態や、発送の際に使用する送り状の種類等の指定がまちまちである為に、事務方も、出荷担当者も、一つひとつ間違いの無いよう、細かい対応を要求されるようになってきました。
特に、蔵元直送商品の発送については、お得意様に代わって商品をお送りすることになりますので、非常に神経を使います。
どちらにしましても、各蔵で一生懸命造られたお酒を、喜んで飲んでいただけるよう、年の最後を何事もなく締め括りたいものです。
先日から、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読んでいます。
私は、学生時代に『竜馬がゆく』を読んで以来、司馬遼太郎のファンとなり、これまでに大方の作品は読んでいました。
しかし、なぜかこの『坂の上の雲』については今日まで触れる機会がなく、今となってようやく手にしたわけですが、それでも日々の生活に追われる中、ゆっくり読書に充てる時間は少なく、今、やっと第四巻を読んでいるところです。
作者の代表的作品の一つとされる『坂の上の雲』は、四国松山藩出身の秋山兄弟を中心に、明治維新後、近代国家の仲間入りを急ぐ日本が、日清日露戦争へと歩んだ状況を描いた作品で、ご存知の方も多いことでしょう。
元新聞記者であった司馬遼太郎らしく、それぞれの登場人物を克明に調べ上げ、その経緯が細かく描写されています。
小国であった日本は、欧米列強国に遅れまいと、維新後わずか30年余りで帝国ロシアに戦いを挑み、劣勢を翻して日本海海戦に勝利し、世界を驚かせました。
その後、大正、昭和へと時代が変わるとともに、急速に力をつけた日本は、日中戦争などを経て、第二次世界大戦では、大国アメリカを敵に回して戦いましたが、最後は敗戦という惨めな結果を招くことになります。
敗戦後の歴史教育では、アメリカによる、それまでの大日本帝国の国家体制を全否定するかのような指導が影響したこともあり、明治以降の近代史について、大きく簡略化されることになりました。
しかし、『坂の上の雲』を読み進めていくと、当時の日本の背景をうかがい知ることができ、それらは止むを得ないことであったような気がします。
作品の中に登場する人達の立場や心情がそれぞれ細かく書かれていて、非常に興味深いのですが、それ以上に、日本と、それに対する清国、ロシアの軍隊戦略戦術が、大将や参謀の性格によって、様々に変化することがよくわかります。
現在の平和な時代において、瞬時に方針を決定するという場面は、度々経験することではありません。
しかし、戦争という非常事態の中では、刻々と変わる敵の動きを見ながら、こちらの戦法を決めていくという事が、いかに大変かということが読み取れました。
一人の大将の決断によって、戦局が一気に変わるということは、私達経営者にとっても考えさせられることです。
非常時こそ、リーダーとしての決断を間違えないようにしたいものです。
昨日、今年度の酒造りの無事を祈願するため、杜氏を伴い、京都嵐山の松尾大社へ参拝してきました。
松尾大社は、室町時代末期頃から「酒造第一祖神」として崇拝されるようになり、現在でも、お酒の神様として知られる奈良の三輪大社と同様、酒類業界の多くの方々が参拝に訪れます。
本来であれば、仕込み始め早々に行かなければならないのですが、私と杜氏の予定がなかなか合わず、こんなに遅くなってしまいました。
もちろん、蔵内に御祭りしてある松尾様には、杜氏が蔵入すると同時に、地元の氏神様である八幡神社の宮司に来ていただき、お祓いを済ませております。
今回、遅くはなりましたが無事参拝を済ませ、改めて気の引き締まる思いがしました。
大和の国は、古代より米作りを基本として生活してきました。
その米を原料としたお酒が日本酒であり、出来上がったお酒を神様に奉納し、私達が頂くということは、自然の生業であると思います。
日本人の中に脈々と流れるお米を中心とした文化は、日々の生活の中で体に染付いたものであったのですが、戦後の急速な欧米化により、食生活も著しい変化を見せました。
近年、病気を患う方の起因の多くが、その食生活にある言われます。
特に、糖尿病など内臓の病気の場合、ほとんどが食べ過ぎと偏った食生活が原因のようです。
一時期、ワインや焼酎が、身体に良いとのことでブームになりました。
しかし、どんなアルコール飲料であっても、飲み過ぎれば健康を害することに違いはありません。
米から造られる日本酒ほど日本人の身体に合ったアルコールはないと考える私自身、これからの時期、会合や忘年会など、お酒を飲む機会が多くなります。
そんな中でも、常に身体のことを考えながらのお付き合いを心がけています。
それと同時に、美味しく楽しく飲んでいただけるお酒造りを目指し、日々努力しております。
皆様も、食事と共に、ゆっくりと日本酒を召し上がっていただければ幸いです。
先週行われたセイノーサッポロ会の例会に、今年の選抜高等学校野球大会で、地元大垣日大高校を、見事準優勝にまで導いた坂口監督にご出席いただきました。
会員の中に同校の関係者が何人かいらっしゃり、前回の例会の際、他の会員の方々から要望があった「一度監督にお越しいただきたい」という声に応えていただいたようです。
当日も、普段通りの練習があったにも関わらず、途中で抜け出し、駆けつけてくださいました。
ご存知のとおり坂口監督は、愛知県の東邦高校硬式野球部を、春夏併せて20回以上甲子園大会に出場させたとして、全国的にその名を知られる名監督です。
その方が、3年前から大垣日大の監督として、同校を甲子園に出場させるべく頑張っておられたのですが、今年、見事春夏連続出場という偉業を成し遂げられました。
特に、春の選抜では決勝まで進み、最後は静岡の常葉菊川に負れはしましたが、準優勝旗を大垣へ持ち帰ってくださいました。
市民は皆、大いに喜び、同時に、勇気を与えられたことと思います。
今回、例会の始まりにご挨拶いただきましたが、その中で監督は、2つのことに重点を置かれ話されました。
一つは、
「人の能力にはそんなに差があるものではなく、あるのは志の違いだと思う。
普通の子供達を預かって一緒に生活する中、『甲子園に出場して優勝するんだ』という高い目標を持たせることで、少しずつそれに近づけていくということが必要である。
人間は、これで良いと思ってしまうとそれで終わってしまうが、より高い目標を持つことによって、無限の力が出てくるものである。」
という内容でした。
監督は、長い野球人生の中でそれを実践してこられ、その監督の言葉であるが故に、大変な重みと深みを感じました。
もう一つは、
「皆さんに守られている。」
ということです。
東邦高校時代はもちろんのこと、今の大垣日大に来られる前にも、全国の40数校からお誘いがあったそうです。
結果として大垣を選んでいただいたのですが、監督を引き受けた以上、大垣の市民になったつもりで頑張る、という気持ちでやっていらしゃるそうです。
そして、学校関係者はもちろんのこと、多くの市民からの協力があったからこそ、今回の偉業を成し遂げることができたのです、と深く感謝の意を述べられました。
今後益々のご活躍をお祈りします。
日曜日の午前中、ロータリークラブの地区大会に参加し、ノートルダム清心学園理事長で、カトリック教会のシスターでもある渡辺利子女史の講演を聴いてきました。
色々感ずるものがありましたが、特に印象深かったのは、1936年(昭和11年)2月に起こった二・二六事件の際、当時まだ9歳であった女史の目の前で、父上がその犠牲となったお話でした。
その時、父上は、40数発の銃弾を受けてお亡くなりになったそうです。
人間の死というのは、誰もが体験することです。
特に幼い子供が人の死を目の前で見た場合、強烈な印象として心に残ることでしょう。
女史はその後、戦争を体験された後、キリスト教の世界に入られたのですが、おそらくその時の気持ちがそうさせたのではないかと察します。
私は12歳の時に母を白血病で亡くし、その経験が、後の人生に大きな影響を与えました。
学生時代には、どうして死んでしまったのかと考えた時期もありましたが、その後、色々な体験の中で今の自分を考え、これが自分の人生なのだと思えるようになったのです。
そして渡辺女史も、同じようなことをおっしゃっていました。
今回の講演を聴かせていただき、久しぶりに心が洗われた気がします。
誰もがこの世に生まれ、いずれは必ず死んでいくのですが、一人の人間として生かさせてもらっていることを幸せに思い、人との付き合いを大切にし、前を見て生きていくことが最も大切だと思います。
そういう意味からも、ロータリーの仲間が、年齢や立場こそ違え、同じ理念の下、仲良く集えることは、とてもありがたいことであると感謝しています。
17・18日の二日間に亘り、大垣駅前通りで「西濃まるごとバザール」が開催されました。
このイベントは、駅前商店街の活性化と、周辺市町村との交流を目的に、毎年催されているものです。
今年も100余りの団体がテントを並べて様々な物販を行う中、私達西濃酒造組合も、小売組合、卸組合の人達と一緒に地酒の試飲販売をしました。
普段は人通りも疎らな駅前商店街ですが、この両日は、久しぶりに大勢の人で賑わいました。
近年、全国の地方都市では、郊外にたくさんの大型ショッピングセンターが出来て、地元商業者の方々の元気が衰えてきています。
ご多分に漏れず、大垣市の中心市街地もめっきり人通りが少なくなり、商工会議所を中心に様々な施策を講じていますが、思ったような効果は上がっていません。
この11月には商工会議所の議員改選が行われ、議員の定年制を布かれたこともあり、役員の若返りが図られました。
同時に、今回、会頭も代わられて、新しく街づくり特別委員会が設置されました。
大垣市はここ数年、市長、商工会議所会頭も含め、総力を挙げて中心市街地活性化に向けて結集する流れが出来ています。
地元の岐阜経済大学の学生や、NPO法人の方々も事業に参加して、何とか街を元気にしようと頑張っています。
市役所では、商工観光課だけではなく、都市計画課、文化振興課との連携が図られるようになってきました。
私は、街の活性化について、商業者を元気にすることが目的の全てであってはならないと思います。
街に住んでいる人や、そこを訪れる人が、心に潤いを持てる街づくりが大切なのではないでしょうか。
日々忙しく働いている中で、少しでもそんな時間を持ちたいと思う人が増えています。
これからは、そんな多くの人々が満足できるような街を作っていくことが、中央の資本に対抗しうる地方の生きる道のような気がします。
早いもので、今年も残り一月半となりました。
来週あたりから、それぞれの売り場で、お歳暮商戦が賑わいを見せ始めることと思われます。
ここ数年、日本酒の需要が大きく落ち込んでいるのに相反し、焼酎を飲まれる方が増えています。
しかし、「お正月くらいは、やはり日本酒で祝いたい」という気持ちがまだまだ根強いようで、弊社の商品も、全国のデパートや量販店様にて、お歳暮商材としてご採用いただいております。
弊社は『白川郷純米にごり酒』を主力ブランドとしておりますが、今年10月にスタートした郵便局株式会社が発行する全国版カタログでは、清酒『道三吟雪花干支ラベル』をご掲載いただきました。
これまでは、各郵便局ごとに、別々のカタログを作られておられましたが、今年のお歳暮からは全国一律のカタログとなり、『道三吟雪花干支ラベル』も、全国にある5万局余りの郵便局にて販売していただくことになります。
これは、急遽決まった話であると同時に、弊社としても初めてのことで、慌てて準備を進めておりますが、果たしてどの位の数量をご注文いただけるのか、全く検討がつきません。
しかし、お歳暮を贈られる方は、その商品に、一年分のお礼を込めて先様に届けられるのですから、私共メーカーも、そのお気持ちを察して、間違いのないよう、誠心誠意対応させていただく所存です。
今年は、東海地区の景気の良さも手伝って、この時期にお手伝いいただくパートの確保が思うようにいかず、かなり苦労しておりましたが、漸く体制が整い、商品の生産も捗るようになってきました。
これから一ヶ月余りが、一年で最も忙しく、また、大切な時期となります。
全社一丸となって頑張りたいと思います。
先週、新潟へ行ってきました。
今年7月に発生した中越沖地震で大きな被害を受けた柏崎には、私の伯父が住んでいます。
今日までお見舞に行けずにおりましたが、今回ようやく伺う事が出来、元気な姿を見て、ホッとしました。
地震の時の様子を聞かせてもらいましたが、ともかく命を守ることが精一杯で、本当に怖かったそうです。
最近、地震を知らせるシステムが開発されたようですが、伯父の話を聞くと、このような非常時に前もって準備をしておくというのは、困難なことなのかもしれません。
同日、3年前の中越地震で被災された、長岡のお福酒造さんにも訪問しました。
震災の際、タンクが全部持ち上がって傾き、手の付けられない状態になる程の大きな被害を受けられたそうです。
このたび完成した新しい仕込み蔵は、仕込みタンクが全てアンカーボルトで固定され、少々の地震ではビクともしない設計になっていました。
私が訪れた当日、偶然にも、その新蔵での最初のお酒が搾られておりました。
ここまで復興されるまでには、我々の想像以上に、大変な苦労をされたことでしょう。
この日は、社長以下、感慨無量であったと推察します。
もちろん、こらからが本当の意味での正念場となると思いますが、是非とも頑張っていただきたいと、心より応援しております。
今回新潟を訪れ、震災後の様子をこの目で見てきたわけですが、弊社の地域でもいつ起こるか知れない大災害を想像すると、その時はどうなってしまうものかと考えてしまいました。
この時期、全国の蔵元で、お酒の仕込みが始まっていることと思います。
弊社では、9月20日に、今年度1本目の仕込みを始め、今日現在、既に20本目の仕込が完了しました。
10月中旬に出来上がった今年最初の「白川郷純米にごり酒」の新酒に、『今年も新酒できました』と書かれた首掛けをつけて、今月初めより、全国へ向けて出荷を始めています。
この新酒は、全国各地で、そろそろ店頭に並び始めている頃でしょう。
皆様も、もし店頭で、「白川郷純米にごり酒」の新酒をご覧になられましたら、是非ともお試しいただければ幸いです。
お陰様で、弊社の「白川郷純米にごり酒」は、北から南まで、全国どの地域でもお買い求めいただける商品に育ちました。
これも、全国の問屋さんの営業の方々が、それぞれ大小様々なチェーン店、小売店さんへ売り込んでいただいているお陰であると同時に、「白川郷純米にごり酒」のファンになっていただいたお客様の支えによるものと、心より感謝しております。
最近は、市場の流通在庫が非常に少なくなっている関係で、売場で商品が売れると、2〜3日をおいて各問屋さんから注文が入るという流れになっており、市場の動きをダイレクトに把握し易くなりました。
今年の秋は、例年に比べかなり気温が高かったために、日本酒の需要はいまひとつだったようです。
しかし、ここにきて急に気温が下がり始め、消費者の方々が日本酒を求める気候になったからでしょう。今週に入り、全国の問屋さんからの注文数量が、一気に増えました。
これから年末にかけて、もっと寒くなってくれることを期待しつつ、より良い製品を提供できるよう、皆で頑張りたいと思っています。
今年のプロ野球日本シリーズは、中日ドラゴンズが日本ハムファイターズを4勝1敗で破り、見事日本一になりました。
ご存知のとおり、名古屋を中心とした東海地区はドラゴンズファンが多く、私も何となくドラゴンズを応援しています。
我々ファンは、チームの勝敗に一喜一憂していますが、当の選手達は、長いペナントレースを戦い抜くために、2月のキャンプの時期から、それぞれが一生懸命努力してきたのだと思います。
今回の日本一は、そんな個々の選手達の努力と、それをまとめあげた落合監督の采配、両方の賜物なのでしょう。
昔から「名選手、名監督成らず」と言われていますが、現役時代、3度の三冠王に輝くなど、誰しもが天才と認めた落合監督が、これだけ上手くチームをまとめて、就任後4年でリーグ優勝2回、そして今年、日本一という偉業を達成するとは、ファンの身ながら、正直思ってもいませんでした。
今回のドラゴンズの優勝を目の当たりにして、野球チームも、そして企業も、リーダー次第で、どのようでにも変わることが可能であるということを強く感じました。
最近、「名古屋が元気」ということを耳にしますが、今回のドラゴンズの優勝も、何か関係があるのかもしれません。
私達も、是非この勢いにあやかりたいものです。
最後となりましたが、53年ぶりの日本一、本当におめでとうございました。
先週、商工会議所の研修で、北海道へ行ってきました。
私は、毎年、商用で札幌の問屋さん廻りをするのですが、そのほとんどが、少し遅い年始の挨拶を兼ねて、最も寒い2月頃の訪問になります。
北海道を旅行するには夏の時期が一番良いという方も多いようですが、その夏でもなく、厳寒期でもないこの季節の旅で、新たな北海道の良さを発見することができたような気がします。
旅の途中、洞爺湖を訪れる機会がありました。
この洞爺湖の近くには、2000年に噴火した有珠山があります。
その時発生した熱泥流は、民家を巻き込みながら洞爺湖温泉街まで達し、地域に大きな被害を齎しました。
また、地殻変動などの影響もあり、道路や橋、鉄道などが寸断されるなど、その後も1年以上に渡り不便な生活を強いられたようですが、地元の方々の、血の滲むような努力により、今では見事に復興されています。
今回、会議所会員の希望もあり、洞爺湖を一望できる高台にある、ザ・ウィンザーホテルにて昼食をとりました。
現在、このホテルは、来年8月に開催されるG8による北海道洞爺湖サミットの会場となるホテルとして注目を集めています。
道内には高速道路網が広がり、各地域への移動は楽になりました。
しかし、札幌市内を除き、景気はまだまだ停滞したままのようです。
G8サミットが北海道で開かれることになった経緯については、警備が楽であるなどの理由が挙げられていますが、2000年の沖縄サミット同様、地方経済への支援という意味合いがあるのではないでしょうか。
地域活性化を目標に、全国各地で様々な活動が、積極的になされています。
私達も、是非とも負けずに頑張りたいものです。
27日、28日に、「岐阜県農業フェスティバル」が開催されました。
このイベントは、JAと食品産業協議会が中心となり、県内の農業の現状と今後の方向性を、より多くの県民に知ってもらうと共に、お米をはじめとした地域特産物や加工食品のPRを通じて、岐阜県農業の更なる活性化を図ることを目的として、30年近く続く、県内最大規模の農業イベントです。
初日は台風の影響で雨が降り、今ひとつ人出も疎らな様子でしたが、翌日曜日は雲一つない晴天に恵まれ、多くの家族連れが会場を訪れました。
朝取り野菜を求めて朝早くから人が集まり、地域食材を使った料理を提供する屋台横丁や、様々な実演販売などに行列が出来ていました。
また、同時開催イベントであった「森と木とのふれあいフェア」では、木登り体験や親子木工教室、クラフト教室などが行われ、子供達が楽しく遊ぶ姿が見られました。
この農業フェスティバルでは、私たち酒造組合も、毎年各蔵自慢の様々な種類のお酒を持ち寄り、試飲販売をさせていただいております。
飲酒運転防止規制の影響もあり、以前と比べ、試飲をする人の数は減りましたが、それでも試飲用のコップにお酒を注ぐと、次々と手を伸ばしていただきました。
酒造業者は国税庁の管轄化に置かれているのですが、お米を原料として酒を製造しているため、農業とは、切っても切れない関係にあります。
特に三輪酒造の「純米にごり酒白川郷」は、他と比べ米の使用量が多く、飲んだ時に、お米の味をそのまま感じてもらえるという特徴を持っています。
最近、全国の蔵元からにごり酒が発売されていますが、その中でも「白川郷」のファンが多いのは、そんな素朴な味に好感をもたれているからなのだろうと自負しています。
近年、欧米の食文化が流入し、肉食が多くなる傾向にあり、そのため合わせるアルコールも、ビールやウィスキー、ワインといった洋酒が増えています。
しかし、元来、我々日本人は、お米の文化の中で生活しており、長い歴史の中でこれまで通り、お米に対して持ち合わせる気持ちが無くなることはないでしょう。
「白川郷にごり酒」も、約30年の間、このイベントの試飲会に参加していますが、これまで一度もこのお酒を飲んだことがない方が、まだまだ数多くいらっしゃいます。
農業フェスティバルを通して、米の文化について、改めて考えさせられたと同時に、お米を原料とした日本酒を、もっと多くの方々に飲んでいただける様、更なる努力をして参りたいと思います。
先週、岐阜県第2区選出の衆議院議員、棚橋泰文先生の国政報告会がありました。
棚橋先生は、1996年の衆議院議員選挙にて初当選の後、現在5期目を迎えられ、2002年には自民党青年局長に就任するなど、党内若手のリーダーとして活躍されています。
先の小泉内閣では、若干41才で国務大臣になられた他、内閣府特命担当大臣に就任されるなど、重要なポストも担われてきました。
多忙な毎日を送っていらっしゃいますが、以前、東京‐岐阜羽島間を、年間180往復されると伺ったことがあります。
また、300人を超える自民党衆議院議員の中に埋もれることなく、いかにして自身の力を発揮していくのかなど、我々にははかり知れない大変な思いもされているご様子です。
今夏の参議院議員選挙での自民党惨敗以降、波乱含みの国政ですが、私達地方にいる者は、国の政治に直接関わることがほとんどありません。
そのため、今回の報告会のように、今、国政において何が起きているのかを、国会議員の先生から直接伺えることは、とてもありがたいことです。
棚橋先生は通商産業省(現・経済産業省)からの転出であり、事務方にも明るいようです。
これまでの経験を活かしながら、今後も、国と地方のために、様々な場面で地道な活動を続けられ、益々活躍されることを期待しております。
現在、我が家には、80代の両親、来年還暦の私たち夫婦、そして30代の息子夫婦、そして幼い孫2人の4世代がいます。
毎日の生活の中で、この1〜2年、米寿を迎えた父の衰えと、2歳になった孫の日々の成長を見ながら思うことがあります。
人間は、この世に生を受け、色々なことを経験しながら、最後は老いて死んでいくのですが、そんな当たり前のことですら、普段仕事に追われていたりすると、ついつい忘れてしまっているような気がします。
そんな中、私の母方の祖母が、先週亡くなりました。享年102歳の大往生でした。
連日のマスコミ報道で殺伐とした事件が報じられていますが、今回、たまたま祖母の死を目の当たりにして、改めて人生について考えさせられました。
祖母は明治、大正、昭和、平成と生き抜き、特に昭和16年に夫を亡くしてからは、5人の子供を女手一つで育て上げたのです。
晩年は伯父夫婦のもとで暮らしており、つい3ヶ月前までは本当に元気でした。
亡くなる1ヶ月前に病院を見舞った時も、はっきりと私と話をしてくれ、その強い生命力に驚くとともに、自身の年齢を考えると、まだまだ頑張らねばと大いに刺激を受けました。
しかしながら、私の周りでも、若くして亡くなる方が少なくありません。
人の寿命というのは、自身では決められるものではないのです。
ただ、精神的にも肉体的にも健康であり続けることは、自分自身が気をつけることによって、ある程度コントロールできるような気がします。
人間は、ついつい生皮をしたり、時には無理をしてしまうことがありますが、これは全て人間の欲望によるものなのかもしれません。
どこまでも自然体でありたいとは思うのですが、まずはお互い健康で長生きできるよう頑張りましょう。
先週、伊勢の老舗和菓子屋「赤福」がJAS法違反にあたるとして、農林水産省の行政指導を受けました。
内容は、出荷の際余った餅を冷凍保存し、解凍した日を新たに製造年月日と偽装して出荷していたという、農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律違反容疑でした。
生製品を製造している企業として、苦肉の策として考え出された方法のようです。
確かに今回の件は、JAS法違反ということで大いに問題がありますが、もし、生菓子業界において、技術開発による冷凍保存という方法を認めるのであれば、最初からその旨を表示して販売する方法もあるのかもしれません。
もちろん、アルコール飲料についても、製造年月の表示が義務づけられています。
清酒の製造年月について、普通に考えれば、醗酵が終わって搾られた時と思われるかもしれませんが、清酒の製造年月とは、上槽後、ある一定期間貯蔵熟成した後、味を調合し、商品として壜詰された時点を言います。
商品によってその時期はそれぞれ定めがあり、それに従って月日を印字しています。
そんな中、弊社は、一昨年より、冷凍貯蔵のどぶろくの免許を新たに取得し、製造販売を始めたのですが、実は、酒製法上、この冷凍貯蔵酒の、製造年月表示の時期についての定義がありません。
そのため、弊社独自の見解として、一度解凍し商品化した時を製造日と定め、その後、再冷凍をして出荷する方法をとっています。
近年、コンプライアンス(法令順守)が大きな社会問題となっていますが、実際のところ、後追いで決まる法律も少なくありません。
新しく決まった法律に、いかにして合わせていくのかが、企業にとって大きな課題となっており、特に老舗といわれる会社ほど、このような問題への対応が遅いような気がします。
私たちも、より気を付けなければならないことなのです。
今年も、明日14日から19日まで、岐阜県白川村の3つの八幡神社にて、白川郷どぶろく祭りが行われます。
村の氏神様の祭礼の時に、お神酒として振舞われる“どぶろく”は、税務署の特別の許可により、祭礼用として、村の氏子の人々によって、神社内で造られるお酒です。
弊社の「純米にごり酒白川郷」は、30年前、当時の村長さんから、白川郷を訪れた観光客の方に、お土産として販売することができるどぶろくを造れないか、という相談をされたことから製造が始まりました。
商品化するにあたり、可能な限り白川郷のどぶろくに近いものを出したいという想いから、もろみのままのお酒を瓶に詰めた「純米にごり酒白川郷」が誕生したのです。
また、発売当時、白川村の方々とのお約束で、商品に白川郷どぶろく祭りのPRを兼ねた“しおり”をつけて販売することになりました。
その後、海外へ向けて販売するまで育った現在でも、お約束どおり、全商品に、首かけのしおりをつけさせていただいております。
最近では、全国の多くの酒蔵でも、にごり酒を造られるようになりました。
しかし、弊社の「純米にごり酒白川郷」は、独特の味を持つにごり酒として、一般の清酒とは、全く違うイメージで可愛がっていただいております。
弊社としましては、白川郷のおかげで商売をさせていただいている訳ですから、今後も、村のためにお役に立てるよう頑張っていきたいと思っています。
弊社は、かつて『萬家春』という酒名で商売をしてきました。
この『萬家春』という酒名は、幕末の時代、弊社を大変かわいがって下さいました大垣藩の重鎮、小原鉄心につけていただいたものです。
鉄心は、幕末の大垣藩の藩老として活躍された方ですが、元来無類の酒好きで、度々当家へ足を運ばれていました。
ほどよく酒が回り、気分が良くなると
「料紙を持て」
と言って筆を取られたようです。
当時、弊社の酒名は「大星」「男山」という名前でしたが、それではいかにも無風流だということで、鉄心翁自ら命名下さったのが『萬家春』でした。
そして同時に、当家を【萬家醸春楼】と名づけて下さいました。
【萬家醸春楼】とは、“萬(よろず)の家に春を醸す楼(やかた)”という意味があります。
大正時代になると「上等萬家春」というお酒が出来ましたので、鉄心翁の名をそのまま頂戴し、清酒『鉄心』という銘柄が誕生しました。
以来、昭和40年代までは『鉄心』『萬家春』という銘柄で、地元中心にお酒を販売してきましたが、今から30年前頃から、県外への販売を目指して、現在弊社の主力銘柄となっている「道三」ならびに「白川郷」を中心とした酒名に変えていったのです。
今回、創業170周年を迎えるにあたり、創業の心を忘れることのないようにと、没後、男爵位を受けた鉄心に因み、清酒『バロンテッシン』を発売することになりました。
ブランドを築くことは並大抵のことではありませんが、これからも地道に、地域の人々にも愛される酒蔵を目指してまいります。
この季節、全国各地で、秋祭りが行われています。
当地域でも、8日の日曜日に、大垣3大まつりのひとつ、「十万石まつり」が盛大に行われました。
大垣市では、春の「大垣まつり」、夏の「水まつり」、そして秋の「十万石まつり」と、3つの大きなお祭りがあります。
特に、春の「大垣まつり」と、秋の「十万石まつり」は、江戸時代より続くお祭りで、戸田十万石の城下町として栄えた頃の様子を窺い知ることが出来ます。
元来、秋に行われるお祭りは収穫祭の色合いが強く、お米の収穫の結果を神に報告し、感謝するものであると言われます。
当地の「十万石まつり」は、戸田公の氏神様、常葉神社の礼大祭でしたが、40年程前より、大垣商工会議所が主催者となって、駅前商店街を中心に御神輿のパレード等が行われるようになり、今年も神社の神輿の他に、企業神輿が出場し、祭りを盛り上げてくれました。
このお祭りで、我々西濃酒造組合は、例年、組合員各社のお酒を4斗樽に詰め、十万石まつり限定のお酒として会場に置き、鏡割りの後、振る舞い酒を実施しています。
過日、道路交通法が改正され、飲酒運転に対する罰則が強化されたこともあり、今年は振る舞い酒に手を出す方が少なくなったような気もしましたが、それでも、30分足らずの間に、全てなくなってしまいました。
最近、様々なお祝い事の場において、日本酒を飲む機会が減っています。
これは、何も道路交通法だけが原因ではありませんが、酒造りに携わる者として寂しいかぎりです。
日本のお祭りには、やはり、日本酒が一番合うような気がしてなりません。
今年も豊作に感謝しつつ、これからの酒造りに繋げていきたいと思います。
地方の景気が今ひとつと言われる中、「名古屋が元気」という声が聞かれます。
トヨタのお膝元である愛知県を始め、多くの製造業が集中している東海地方ですが、意外と知られていないのが航空産業です。
岐阜県各務原市に川崎重工の岐阜工場があり、この会社を中心として、愛知県の三菱重工、富士重工で、アメリカボーイング社の旅客機の一部を受注し製造しています。
今回、新たに自衛隊の機種も決まり、この地域の工作機械メーカーも含め、下請業者まで非常に好調のようです。
また、三重県ではシャープ、富士通といった会社が大型投資を行い、各企業が相当数の人材を集めています。
そのため、求人倍率が、愛知県では2.0倍、岐阜県、三重県でも1.8倍という高い数字を示し、これが、名古屋を始めとした東海地区が元気であることを印象付けているのでしょう。
私共の大垣地域にも、イビデンを始め元気な企業がありますが、どの企業も、人材を集めることに、大変苦労していらっしゃる様子です。
現在、市内の人口16万人中、ブラジルからの出稼ぎの方とその家族が6,000人もいるようですが、最近では、その出稼ぎの方々でさえ不足している状況になっています。
このような現状を見ていると、日本の社会構造が大きく変化してきていることを象徴しているような気がしてなりません。
そんな中、来年2月に、大垣商工会議所主催で『経営者が語る会社説明会』を開催することになりました。
昨日10月1日は、日本酒の日でした。
秋の深まりとともに、いよいよ日本酒の恋しい季節を迎えました。
皆さんも、美味しい日本酒を味わいながら、秋の夜長をお過ごしいただきたいものです。
お陰さまで、先週金曜の三輪酒造創業170周年記念講演会には、地域でお世話になっている130名程の方々にお集まりいただき、清酒バロンテッシンを酌み交わしながら、無事に会を進めることができました。
横山先生による「小原鉄心とソフトピア」という演題の講演の中で、鉄心が愛したお酒の話と、彼が建てた別荘である「無可有荘」の中にあった茶室『大醒しゃ』の話をしていただきました。
鉄心は、政治を論ずる場として澤田屋(現 三輪酒造)を使われるとともに、自身の茶室『大醒しゃ』にいろいろな人を招き、会合をもたれたようです。
その『大醒しゃ』は、弊社と同じ町内にあるお寺の中に、今でも現存しているのですが、老朽化が激しく、今後も保存していくことが非常に難しくなっており、街としても対策を講じなければならない状況にあります。
もちろん、私自身も、小原鉄心と、彼の建てた『大醒しゃ』を、後世まで伝えていくことができるよう力になりたいと考えております。
今回、弊社170周年を記念して、同じく大垣市内で250年前に創業された槌谷柿羊羹さんに、バロンテッシンの酒粕を使用したお菓子を作っていただきました。
小原鉄心にちなみ【大醒】と名づけられたこのお菓子は、記念講演会が催された日に合わせ発売されております。
http://www.kakiyokan.com/info/index.htm
大垣つちやの柿羊羹は、昔から広く知られる銘菓ですが、近年は、柿羊羹以外にも、様々な新しい感覚の和菓子を開発されています。
このつちやさんと私共は、日頃から公私にわたるお付き合いがあり、今回の【大醒】発売のお話となりました。
お互いに、市内でも歴史ある家として頑張っていますが、和菓子も、清酒も、地元の人に愛して頂くことが第一だと思います。
これを機会に、尚一層、お酒造り、街づくりに努力してまいります。
我が街大垣は、織田信長の時代より遥か以前から、日本東西の交通の要所として重要視されてきました。
日本地図をご覧になれば、日本列島の中で、敦賀湾から伊勢湾の間が最も狭くなっていることがよくお分かりいただけると思います。
この狭い間に、江戸時代には東海道と中山道があり、現在では、東海道新幹線や名神高速道路を始めとする日本の大動脈が集まっています。
大垣に程近い関ヶ原付近は豪雪地帯として知られており、例年、その雪の影響により、新幹線のダイヤが遅れることがあります。
昨年の12月22日には、名神高速道路と名阪自動車道も大雪のため通行止めになり、年末の慌しい中、東京大阪間の荷物が一両日ストップし、各方面の物流に大きな影響を及ぼしました。
時は遡り、慶長5年(西暦1600年)関ヶ原の合戦の際、西軍石田光成は当初、大垣城に入り、大垣の地で東軍徳川家康を迎え撃つつもりでいました。
家康も、大垣城から北西に位置する岡山(現在の大垣市赤坂町・勝山)に布陣し、大垣での決戦に控えていたのです。
しかし、光成は、決戦直前、城攻めの上手い家康を嫌って、10km西に位置する関ヶ原へと主戦場を変更し、これが後に「関ヶ原の合戦」と呼ばれる大きな戦となりました。
合戦後、徳川幕府は、交通の要所となるこの地域において、大垣には戸田家、桑名に松平家、彦根に伊井家を置いて、西の大名に対する万全なる布陣を引きました。
その後、300年という永きに渡り、徳川幕府による江戸時代が続いたのも、この地域を実質的に支配することができたというのが、その要因のひとつかもしれません。
私共の近くには、戦国時代以降、様々な場面で重要となった城が多数ありました。
戦災などにより、当時のまま残っているのは犬山城のみですが、大垣城はもとより、岐阜城、名古屋城、小牧城、彦根城、長浜城など、新たに建て直されたお城も当時を偲ばせています。
7年前には大河ドラマに合わせ、大垣城公園一帯で「決戦関ヶ原・大垣博」という一大イベントを開催しました。
最近では、市長も大垣城を中心とした街づくりを考えておられます。
弊社はお陰様で、天保8年創業以来、今年で170周年目を迎えることが出来ました。
一口に170年と言いますが、幕末から明治、大正、昭和、平成と様々な社会の変化や、自然災害、大火事、戦災などを経て、よくぞここまで続けてこられたものだと、代々の当主に感謝すると共に、これからも50年、100年と続けられるように、私共も頑張らねばと思っています。
そして何より、初代徳次郎が創業した酒造業を、7代目の私まで続けてこられたのは、地域の方々やご先祖のお陰と深く感謝致しております。
今回、創業170周年を記念して、来たる9月28日金曜日、大垣市のフォーラムホテルにおいて、株式会社三輪酒造創業170周年記念講演会を開催することになりました。
大垣という地は昔から、日本の政治・経済・交通の要衝として重要な場所にありました。
遠くは壬申の乱に始まり、関ヶ原合戦、そして明治維新と、いつの時代も、この大垣を中心とした西美濃一帯が東西の接点として位置づけられてきたのです。
当日は、弊社と大変関わりの深い、幕末の大垣藩藩老であった小原鉄心についての講演を、岐阜県立芸術科学情報アカデミーの横山正学長にお願い致しました。
演題は「小原鉄心とソフトピア」とさせていただきましたが、幕末における大垣も、現在の大垣も、日本列島のへそのような地にあります。
時代がどのように変わろうと、この地の持つ重要性は、日本国にとっても、この地域にとっても、非常に大きなものであるということを、地域の方々と語り合う日とさせて頂く事にしました。
夏の間に実施した建物の修理や機械の保守点検が終わり、社員達にも、いよいよ始まるという思いが高まってきた様子です。
そして今週、今酒造年度の第1号の仕込が始まりました。
三輪酒造では、これから来年6月までという永い間、仕込が続くことになります。
来月19日に南部杜氏が蔵入りするまでは、製造部長を中心とした社員の手により、1週間に1本半のペースで仕込み、順調にいけば、今月中には1本目の新酒が出来上がる予定で、『白川郷純米にごり 出来たて』として販売が可能となります。
また、来週からは、白川郷にごり酒拡売のための「白川郷秋期キャンペーン」が
始まります。
10月に入れば、需要期に向けて、益々慌しい日が続くことでしょう。
清酒業界全体の流れとしては、まだまだ売れ行きが芳しくないようですが、弊社
の『白川郷純米にごり酒』は順調に売上を伸ばしており、本当にありがたいこと
です。
先日来、時々話をしている『冷凍にごり酒』についても、いくつかの得意先様から、扱ってみたいというお話をいただく機会が増えました。
2本目以降の仕込みではその一部を冷凍し、いつでも出来たての味を味わってい
ただけるように準備しております。
私は、『白川郷 冷凍にごり酒』を、密かに「酒スウィート」と名づけ、他にはないその味わいを自画自賛しています。
ご興味がおありの方は、三輪酒造もしくは地酒屋のサイトをご覧頂いて、一度お
試し下さい。
株式会社三輪酒造
日本銘醸会地酒屋
我が街大垣市には、『観光ボランティアガイド』と呼ばれている団体があり、グループ毎に予約をすれば、市内の史跡や施設を、約1時間程度ゆっくり案内してもらえます。
数年前から始まったこの制度には、文字通り、多くの方がボランティアとして参加しており、特に、定年を迎えられた後、「何かのかたちで地域の役に立ちたい」という想いを持っていらしゃる方が多く、非常に自主的な活動をされています。
中には、学校の先生であったり、企業の部長さん、はたまた市議会議員の先生も参加されているようです。
時々、ボランティアの方が集まっていらっしゃる所へおじゃまをして、話をさせていただきますが、各自がかなりしっかりとした意見を持っておられ、街づくりに関して、いろいろなご意見を出されます。
ボランティアガイドをされているほどの方々ですから、街に対する想いは強く、大したものだといつも感心しています。
最近、街の中には、この『観光ボランティアガイド』以外にも、NPO団体も含めて、様々な活動をしている方が大勢いらっしゃいます。
多くの方が街づくりに関心を持ち、自主的に、積極的に活動していただいていることに感謝するとともに、これらの活動が、必ず大垣市の活性化に繋がっていくものと信じ、私も陰ながら応援しています。
ただ、これだけ多くの方がいらっしゃると、中には、余りにも想いが強すぎて他人の意見に耳を貸さない人や、人の好き嫌いが激しく、一緒に活動できないというようなことで辞められてしまう方も、少なからずおられるようです。
例えば、大垣は井戸水が自噴することで有名なのですが、数年前、街中に井戸を掘る話が持ち上がったことがありました。
この時、偶然にも、3つのグループが同じタイミングでこの案を出したのです。
客観的にみて、同じような内容なので、皆が一緒に活動されればいいのにと思ったのですが、どうもお互いの人間関係が上手く絡まなかったようで、別々に井戸を掘ることになりました。
結果的には、いくつかの井戸が完成したので良かったのかもしれませんが、田舎の街の人間関係は難しいものだと、つくづく思いました。
台風12号が日本海を北上し、東北地方に被害をもたらしました。
被害に遭われた地域の方々には、心よりお見舞い申し上げます。
ここ数年の台風の動きは、過去、伊勢湾台風や室戸台風が本州を直撃した頃と比べ、進路が少し西や東にずれているような気がします。
おそらく、太平洋高気圧や、偏西風の位置が変わってきていることも影響しているのでしょう。
以前ならば、台風の影響を受けることなど皆無に等しかった地域でも、油断できなくなってきています。
弊社がある岐阜県大垣市は、昔から洪水の被害に悩まされ、幾多の辛い目に遭ってきました。
昭和51年にこの地域を襲った集中豪雨では、1週間にも渡り雨が降り続き、河川の氾らん、土砂崩れ、道路の寸断など、大きな被害をもたらしました。
豪雨の影響により、大垣市周辺の各堤防はしっかりと水を含み、長い杭さえも手で簡単に入ってしまうほどで、いつ、どこが切れてもおかしくない状況にあり、その当時、地元の消防団に属していた私は、連日、警戒にあたるため出動していました。
ある日、とうとう大垣も街中水浸しになり、消防団の車庫まで水がきたために、団員全員、自宅へ戻りました。
そして、翌9月12日午前10時28分頃、隣町、安八郡安八町大森の長良川右岸堤防道路が決壊し、周辺集落は濁流に飲み込まれる被害に遭いました。
この長良川の決壊と直接的な関係はないものの、大垣市内も甚大な被害を受け、その後の1週間は、再び消防団員として出動し、水が引いた後の片付けを手伝いました。
その惨状は、気の毒の一言では言い表せないもので、各家々から、ダンプカー2台分ずつ位にもなる、水に浸かって使えなくなった家財道具が、次々と運ばれていく光景を、今でも忘れることはできません。
水の力の恐ろしさを、まざまざと見せつけられる体験となりました。
地震については、今回の新潟を含め話しを聞くだけで、自ら体験はしていませんが、水害共々、自然の力というのは、我々人間では何ともしようがありません。
永い人生の中で、いつ何が起きるかわかりませんが、いざという時の心構えだけは持っていたいものです。
12日午後2時、安倍首相が与党幹部らに退陣の意向を伝えた、という臨時ニュースが流れました。
日本中の誰もが驚いたたと同時に、「なぜこのタイミングで?」と思われたことでしょう。
首相ご自身は、精神的にも肉体的にも、限界を越えておられたことは確かなようです。
就任以来の度重なる騒動の渦中にあったご本人の心情を思えば、仕方がなかったのかと同情したくなる気持ちにもなりますが、日本国の総理大臣という立場である以上、あのような決断をされては、無責任と言われても仕方ありません。
しかし、昨年から続いている様々な問題に共通するのが、安倍総理が下す決断のタイミングの遅さであったような気がします。
何か起きた際、一度はその人をかばう気持ちが働いて、その後、世論により方針を変えるという事が多く見受けられました。
リーダーである以上、何事においても、決断するまでの熟慮が必要なのです。
そして、一度ことを決めた後には、誰が何を言おうと、その方向性を変えないという強い信念が必要なのではないでしょうか。
私も小さいながら幾つかの会社を預かっていますが、周りの人々と意見の違うことを決断しなければならないような場面に遭遇することがあります。
そんな時に、何を基準に決断するかと言えば、
まず、世の中の為になる事なのか、
次に、相手の立場はどうなのるか、
そして最後に、自分はどうなるのか、
ということを充分に考え、答え出すようにしています。
もちろん、常に“三方良し”の結果に繋がる決断を下すことができるのであれば、それに越したことはありません。
しかし、いざ問題が生じた時には、誰かが犠牲を払わなければ治まらないことが往々にしてあるのです。
そんな時にも、出来る限りその犠牲を最小限にとどめると同時に、将来必ず良くなることを信じて実行するよう心がけています。
次の日曜日には、新しい総理大臣が決まるようですが、是非とも日本国の為に頑張ってもらいたいものです。
日中はまだまだ暑い日が続いていますが、朝晩はめっきり涼しくなりました。
ふっと気が付くと、つくつくぼうしや鈴虫といった秋の虫の声が聞こえてきます。
この時期、お酒を飲むシーンでも、冷酒だけではなく、熱燗を飲む人が少しずつ増えていることと思います。
先日、税連協(税務連絡協議会)の会合の中で、日本酒で乾杯していただく様、税務署長や法人会長にお願いしました。
日本酒がおいしいということは皆さんよくご存知なのですが、どうも飲み過ぎるとか、車があるとか、色々な理由で飲まれないことが多くなっています。
暑い時に、冷えたビールを飲むのは私も大好きです。
しかし、一杯目のビールの後に、他の酒、特に日本酒に変えるという方が非常に少なくなってしまいました。
初めから全て日本酒で、とは言いませんが、料理によって、場面によって、アルコールの酒類変えるという趣を楽しむことを、もっと多くの方に知ってもらいたいと思います。
日本の四季は情緒があり、また、本当にありがたいものです。
日本という国はそういう点において、とても豊かな感情を持つ国であったはずなのですが、どうも最近の日本人は、情緒ということを理解できる人が少なくなってきたのではないかと寂しく思っています。
せっかくの楽しい酒の席なのですから、四季折々の料理、和洋中といった料理、様々な場面ごとに、その飲み方にも変化をもたせてほしいものです。
業界では最近、9月9日を「ひやおろし解禁日」として、売り出そうという動きがあるようです。
以前から、10月1日の「日本酒の日」、2月の「しぼりたて」など、色々なチャレンジをしていますが、実際には、なかなか定着をしていません。
しかし、どんな事でもコツコツと続けることが大切であると思います。
「ひやおろし」の意味はよく分かりませんが、蔵内で夏を越したお酒を、涼しくなった頃に壜に詰めて出荷する商品を指して言われてきたものではないかと思います。
「秋あがり」という言葉もありますが、これはすべてのお酒にあてはまる訳ではなく、冬に仕込まれて半年ほど貯蔵されたものの中で、秋になって味がのって美味しくなったものを、「秋あがりの酒」と呼んでいました。
逆に、夏を越して旨味がなくなった酒は「秋落ちした」という言い方をしたものです。
最近は冷蔵で貯蔵される酒も多くなり、昔と比べ、熟成のスピードがゆっくりしています。
そのお酒にとって、どの時期が一番良い味になっているのかという的確な見極めをし、商品として完成させる...
それは、蔵元にとって、利き酒の能力を大いに試されるところであり、お酒は生き物である実感するのは、正にこんな時ではないかと思います。
吟醸酒の類の中には、特に秋あがりをする酒が多く含まれます。
また、大吟醸のようなお酒は、一年ほど貯蔵した後、上手く濾過をして商品にすると、本当に美味しく飲んでいただけます。
一年を通して、いろいろな変化をする日本酒を、是非じっくり味わってください。
株式会社大丸と、株式会社松坂屋ホールディングスは、9月3日、株式移転方式により、共同持株会社「J.フロントリテイリング株式会社」を設立し、経営統合されました。
弊社は、永年に渡って、この両社に大変お世話になっております。
お取引額としては大変小さなものですが、私の気持ちの中では、とても大切な両社なのです。
今から30年前の昭和51年9月、初めて「白川郷純米にごり酒」の仕込みを行い、10月のどぶろく祭りに何とか間に合わせることができました。
そして、翌11月、東京八重洲の大丸百貨店酒売り場にて、あらかじめお約束してあった試飲会を開催したのです。
これが「白川郷純米にごり酒」にとって、最初の試飲宣伝販売でした。
試飲販売というと、試飲していただいた10人中、1人の方に購入していただけるかどうか、というのが酒業界の常識です。
しかし、その時には、半分以上の人にお買い求めいただきました。
大丸のご担当者が大変驚かれ、当時の係長さんから、
「1年間、首都圏での販売をうちに任せてほしい。」
と言われました。
実際、その後の1年間、料飲店までの配達もしていただいたのです。
また、20年前、地酒VANサービスを始める際には、松坂屋さんに大変お世話になりました。
当時の仕入課長さんに、私が考えていた、現在の地酒サプライウェブシステムの原型とも言えるシステム作りについてお話したところ、
「地下の酒売り場でやってみたらどうでしょう。」
というありがたい言葉をいただきました。
そして、昭和63年7月の中元期、松坂屋銀座店にて、実験的な販売をさせていただいたのです。
これが、地酒VANサービスの、事実上のスタートとなりました。
その後、「白川郷にごり酒」誕生から30年、地酒VANサービス立ち上げから20年が経過しました。
それぞれ、時代と共に変化してきましたが、あの時のご恩は、未だに忘れることができません。
今回の両社の統合が、是非ともいい結果に繋がりますよう、陰ながら応援している次第です。
今年は大垣商工会議所の議員改選期にあたり、今月から来月にかけて議員選挙が行われます。
議員選挙と言っても、市会議員選挙とは違い、自ら進んで立候補する人は無く、それぞれの部会の中でこの人はという方に立候補して頂くようにお願いをし、3年間の任期を務めていただきます。
私自身も、父の跡を受け、10数年前より議員を努め務めさせていただいています。
先日、ある席で、市議会議員の先生に、
「あなた方は議員報酬をもらって議員をやっておられるのですが、私たちは会費を払って議員をやらせてもらっているのですよ。」
と言いましたら、
「大変ですね。」
と言われました。
近年、ボランティア活動が盛んになっていますが、企業活動をされている社長さんと言えども、会議所の議員や、ましてや役職まで受けられる方はそれほど多くはありません。
その為、小さな街の中で同じ人に役が集中し、特に会頭、副会頭を始め、中心的な役を務めていらっしゃる方々は、他にも多くの役職を兼ねているのが実情です。
私も出来る限りお断りするように心がけてはいますが、田舎の街で、古くから商売をしている関係もあり、様々なしがらみの中で、いくつかの役職を受けざるを得なくなっています。
自身の事業もままならないのにそんなことをしていてもいいのか、と思うこともありますが、自分の楽しみに使う時間を削ってでも、地域の為に時間を割くことも大切であると考えています。
積極的に商工会議所やロータリー活動のお手伝いするには、まだまだ余裕がありませんが、本業を含め、事業活動をしっかりとやらせていただいた上で、地域貢献をさせていただけるよう頑張らなければいけないと思う今日この頃です。
例年にないくらいの猛暑を記録した夏もようやくピークを過ぎ、少しずつ秋の気配を感じるようになりました。
振り返ると、今年の夏は異常な高温が続き、クーラーや清涼飲料は大変好調な売れ行きだったようです。
季節商品の売れ行きは、その年の暑さ寒さで違いますが、これまでの経験からすると、暑いときはより暑く、寒いときはより寒い方が、その後の商品の動きが良くなる傾向にあります。
人の購買に与える精神的な面で言うと、思い切った仕入をさせるには、当然資金の流れが重要なポイントとなりますが、今年の夏のように季節商品がしっかりと動くと、次に来る秋に向けた商材の仕入に弾みがつく事になります。
もちろん、いくら仕入が増えたところで、消費者の方に、実際に購入して頂かなければ売上には繋がりませんが、これから1ヶ月が冬に向けて清酒が動くかどうかの分かれ目になるのではないかと思います。
社内では蔵内の整備や体制固めも終わり、秋の需要期に向けて、いよいよ本格的に稼働します。
現在、地酒VANサービスは新しいカタログの発行に向けて準備を進めており、今月末には加盟店様のお手元に届けることができるよう頑張っております。
また、三輪酒造では、秋期キャンペーンを実施して、新規顧客の獲得に努力しているところです。
各蔵元におかれましても、「ひやおろし」を含め、それぞれ営業努力をされていると思いますが、どのような形であれ、一人でも多くの方に日本酒を飲んで頂けるよう、お互い力を合わせて頑張りましょう。
最近、営業事務という言葉を度々耳にします。
先日も、営業事務の女性を主人公にしたテレビ番組が放映されていました。
弊社は、専務を中心に営業活動をしていますが、出張先から社内の事務方に書類の作成を依頼するケースが増えています。
もちろん本人もパソコンを持ち歩いてはいるのですが、やはり落ち着いて書類を作ろうと思うと、社内での作業でないと難しいようです。
得意先からの問い合わせについても、メールが中心になりつつあり、即答しなければならない状況が多く発生します。
常に携帯電話を持ち歩いていますから、どこからでも返事はできるのですが、やはり社内の事務方に指示をして返事をするケースが多くなっています。
そんな環境の中、弊社の、女性を含めた事務方の能力は、かなりレベルが上がってきているように感じます。
弊社は、蔵内も含め社員数20名余りの小さな会社ですが、そんな社内に10数台のパソコンがあり、それらのすべてのパソコンが社内LANで繋がっています。
ITインフラを利用して、三輪酒造ならびに地酒VANサービスの業務をこなしている弊社は、ユビキタスを実現していると言っても過言ではありません。
私の妻も、専務の妻(私の長女)も、事務所に顔を出す機会は多くありませんが、それぞれの自宅にて、業務の一部を手伝っています。
これもネットワークの成せる業なのでしょう。
数年前よりSOHOという言葉が聞かれるようになりましたが、自宅に居ながら仕事ができるという現実が弊社にはあるのです。
しかし、これだけ発達したITネットワークを有効に利用するには、社員一人ひとりの能力を十分に発揮してもらうことが何より大切なのではないかと思います。
これからも、日々努力してくれることを期待しています。
最近、公共施設の管理について、各自治体が指定管理制度を取り入れるようになりました。
「指定管理制度」とは、それまで地方公共団体や、その外郭団体のみに限定していた公共施設の管理を、民間法人に委任することができるようにした制度です。
全国の自治体は財政的に大変困難な状態にあり、市町村合併を含め、あらゆる手段を使って経費の削減に取り組んでいます。
この指定管理制度は、小泉内閣発足後に進められた公営組織の法人化、民営化の一つと言えるでしょう。
地元の岐阜県や大垣市のいくつかの施設でも、昨年度辺りから入札制度を設け、民間の参入が始まりました。
利用する側から民間委託になった施設を見ていると、それほどサービス内容が変わったように感じることは少ないと思います。
しかし、実際に管理をしている業者の方々の話を聞くと、行政側からの要望が非常に強く、思った以上に大変だと言われます。
私が関係しているG.I.NETも、今年度、市の施設管理の入札に応募することになりました。
今まで業務委託を受け管理してきた建物であり、今後も引き続き仕事をさせていただくつもりでおりますが、指定管理制度により、これまでより安く入札する必要があります。
また、無事に選ばれ、来年度の指定管理業者となったとしても、サービスの向上や経費の削減など、今以上の努力に努めなければなりません。
役所の人と一緒に仕事をしていると、いろいろな制約に縛られるケースが多々ありますが、むしろすっきりと任せていただいた方が、様々なことが出来るような気がします。
行政に民間の発想を入れる事は、今後とも、大切な事だと思います。
来月3日、大手百貨店の大丸と松坂屋が合併することになりました。
また、三越と伊勢丹の合併も、来年の4月に正式に決まったようです。
昔ならば考えられないような大型の合併が次々と行われ、世の中は企業規模を追い求める時代となってきました。
戦前には、三井、三菱、住友といった大きな財閥がありました。
それら旧財閥は既に解体されバラバラになってしまいましたが、現在、旧財閥とは少し違った、新たな資本の集中が行われているようです。
近年のM&Aは非常にグローバルになっており、国内だけでは解決できないことが多くなりました。
特に、オイルマネーに絡んだファンドの動きは世界中の株価に影響を及ぼし、「資産的に非常に優良な企業だから安心である」という、これまでの認識が通用しないのが実情です。
弊社のような小さな会社には関係ないように思いますが、得意先がどんどん大きくなるにつれ、求められるハードルも高くなり、それに付いていくために、大変な労力を必要とする場面が増えています。
しかし、基本的な部分においては、自社のスタンスをはっきりして、得意先の流れに影響されないようにすることが第一だと考えます。
取り扱いの決定権は流通業者の方にあり、まずそこで商品を選んでいただくことが重要ですが、消費者が喜んで飲んでいただけるように努力すると共に、一度試してみたいと思っていただけるような企画、デザインを考えなければなりません。
大手の会社の場合、企画経営の手法について合併等の選択されるケースがありますが、現場を預かるの社員の方々は、それぞれの立場でその方針に沿って仕事をされているのであり、売場の活性化をより望んでおられるのではないかと思います。
その方々の思いに報いると同時に、そのお店に来られるお客様にとって、よりよい商品を供給することが私共の使命ではないでしょうか。
8月も終わりに近づきましたが、残暑と言うよりも、いつになったら涼しくなるのかと思うほど、暑い日が続いています。
これだけ暑いと、蔵元の私でさえも、ついついビールを飲んでしまいます。
弊社の東京担当者が、この時期、酒屋さんを訪問しても、「何の御用ですか?」という顔をされると嘆いていました。
私が営業で走り回っている頃も、同じように夏になると仕事がなくなってしまうのが常であり、夏場をどう過ごすかが酒蔵の課題でした。
過去には、ビールをやってみたり、健康飲料に手を出したりもしましたが、どれも上手くいきませんでした。
夏の時期にあと2割でも売上が上がれば、もう少し楽になると思います。
それ程最近の日本酒は、季節商品になってしまいました。
先日、このブログに、冷凍酒の話を書きましたが、先週、それを読まれたある蔵元の方が訪ねて来られました。
その会社のオーナーも私と同じような考え方で、冷凍のにごり酒を開発されたようですがなかなかうまく売れないようです。
私たちのような小さな蔵元が、新しい商品を1社単独で売ることは、なかなか大変です。
近年のように問屋さんがどんどん大きくなり、小売店も組織化されると尚更です。
毎日続く暑い日を送りながら、冷たく凍ったお酒が市場に流通する日を夢見て頑張りたいと思います。
大垣市に、「岐阜県立国際情報科学アカデミー」という学校があります。
http://www.iamas.ac.jp/index_J.html
通称『IAMAS(イアマス)』と呼ばれるこの学校は、梶原前岐阜県知事が、ソフトピアジャパンを立ち上げられる際、“産学官連携”を提唱され、地域に情報系の大学が必要であるということで作られました。
この『IAMAS』の現学長である横山正先生は、元東京大学建築学科名誉教授という肩書きを持っておられる、とても素晴らしい方です。
大垣に来られて6年程になるのですが、最近では、私の飲み仲間として親しくさせて頂いております。
非常に見識の広い方で、歴史にも詳しく、隔月に開いている“鉄心会”という会合でも、小原鉄心翁を始めとする歴史上の人物についてお話をして頂いている他、大垣の街づくりにも参加して頂き、地域の活性化にも一役立ってもらっています。
『IAMAS』は、ITを使ってアートを表現することを主に研究しているようですが、今後は、産業に役立つ技術開発にも力を入れたいと話しておられました。
その『IAMAS』が、今日から3日間、東京の表参道にある「スパイラルガーデン」で展示会を催されています。
お近くの方は、是非、足を運んで頂ければ幸いです。
「いまからだ _ IAMAS in Tokyo」展
http://www.spiral.co.jp/event/garden/
Spiral Garden
スパイラルガーデン(スパイラル1F)
東京都港区南青山5-6-23
tel:03-3498-1171
三輪酒造創業170周年の記念にと、冬の仕込みの時期、杜氏に、特別に1本頼んでおいたお酒があります。
私の希望は「酒質は本醸造で、飲みあきしないものを…」ということ位でしたが、なかなかいいお酒に出来上がり、来月、このお酒を商品化することになりました。
弊社が昔から使っていた「萬家春」「鉄心」という銘柄は、近年、残念ながらほとんど売れておりませんが、小原鉄心翁との関係を大切にしたいという思いと、大垣の地酒らしい銘柄として、『バロンテッシン』という名前で、このお酒を発売致します。
商品名の『バロン』とは、“男爵”という意味ですが、鉄心翁の功績を称えると共に、弊社の170周年を記念してのこととなります。
この30年間、岐阜を代表する地酒として、清酒「道三」、「白川郷にごり酒」を主力に販売してきましたが、今後もこの方向性を変える予定はありません。
しかしながら、地元大垣市において、近年、数少なくなった酒蔵の一つとして、地域の方に愛され続けるには、地域の方が自慢をしていただけるような酒蔵であり、お酒でなくてはならないと考えています。
時代は目まぐるしく変っていますが、変えて良いものと、変えてはいけないものがあるはずです。
弊社には、先代達が守り続けてきてくれた、お金には換えられない様々な財産があります。
7代目の蔵元として、先代達の意思を引き継ぎ、酒造りを続けることによって、少しでも地域のお役に立てることのできるような企業であり続けることが必要であると思っています。
お陰様で、「純米にごり酒白川郷」は、日本中のお客様にご愛飲頂ける商品に育ちました。
170周年以降も、次の180年、190年に向けて、その時代に合った商品を、常に造り続ける必要があります。
これからも色々なことにチャレンジしながら酒造業を続けたいと思います。
何卒今後ともよろしくお願いします。
お陰様で今年170周年を迎えました三輪酒造は、幕末から明治の初めにかけて、大垣藩家老であった小原鉄心翁に、公私にわたり、お引き立てを賜りました。
鉄心翁はよく当家を訪ねられ、お酒を召し上がっては筆を持たれたそうです。
弊社の銘柄を『萬家春』又、当家を「萬家醸春楼」(よろずの家に春を醸すやかた)と命名していただいたほどお世話なりました。
大垣藩は、徳川幕府の譜代大名として、260年にわたり戸田家が統治していましたが、小原鉄心は、幕末の時代、勤皇の志士として活躍した岩倉具視、大久保利通、西郷隆盛、勝海舟といった、維新の原動力となった諸人物と交流がありました。
慶応4年の鳥羽伏見の戦いでは、鉄心の子、兵部が指揮官として幕府方に参戦していました。
鉄心は、それを止めさせるべく使いを送りましたが、残念ながら間に合わず、大垣藩は朝敵となってしまったのです。
その後、藩論を統一した鉄心は、薩長を主力とする新政府軍に属し、会津を攻めることとなります。
この時の功績により、明治政府において参与に任ぜられ、後に“男爵”の栄誉を受けました。
大垣には鉄心翁に関する資料がたくさん残っておりますが、その中に、当家所有の書が幾つかあります。
特に「論政十二首」は、鉄心翁の政治上の高い識見と、それを裏付ける書として、市の重要文化財に指定されております。
大垣の地は、関ヶ原を通って中仙道から東海道へ抜ける重要な場所であり、古来より壬申の乱や関ヶ原合戦に代表される、日本の最重要拠点でした。
織田信長が「美濃を制する者は天下を制する」と言ったのは余りにも有名ですが、その言葉どおり、現在でも東海道新幹線を始めとして交通の要衝となっています。
連日、日本中で大変な暑さになっています。
各地で気温38度を超え、昨日は、岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市で、40.9度という猛烈な暑さを記録するなど、健康な人でも参ってしまいそうです。
弊社も夏休みを終え、昨日から仕事が始まりました。
今しばらくの間、社員には、この暑さを我慢しながら頑張ってもらわなければならないようです。
しかしながら、これほどの猛暑であるにも関わらず、お酒のご注文を頂けるという事は、本当にお酒が好きな方にとって、気温の高い低いということは、あまり関係ないのだと思います。
お盆休みの間にも、冷凍にごり酒を買うために、わざわざ私共の店まで足を運んで頂いた方が3名程おられました。
大変ありがたいことであり、感謝の気持ちでいっぱいです。
今、甲子園では、連日、高校球児が熱戦を繰り広げています。
灼熱の太陽の下で、必死にプレーをする生徒達を、本当に頭が下がる思いで見ています。
厳しい練習を耐え抜き、地区大会を勝ち上がってきた学校ばかりで、どちらが勝ってもおかしくない熱戦が続いていますが、ちょっとしたミスが元で失点につながり、負けていくチームの生徒の気持ちというのは、いかばかりかと思います。
そんな中、昨日、北海道の石屋製菓において不祥事が発覚したという報道がありました。
「またか。」という気持ちで、ニュースをご覧になられた方も多いでしょう。
内部告発以外に考えられないような事件ですが、真相はともかく、これだけ色々な問題が起きているにも関わらず、どうして事前に止められなかったのかと不思議で仕方ありません。
しかし、社長が細かく現場を見ている訳ではなく、現場を預かる責任者の気持ちひとつの問題であると思いますが、現場を管理することは非常に難しいことであるというのも現実です。
弊社では、いよいよ来月から、仕込みの準備に入ります。
あと一ヶ月くらいの間に、少しは涼しくなり始めてくれることを望んでいますが、それと同時に、秋以降の需要期に向けて、徐々に社内の気持ちを一つにし、頑張っていける体制を作っていきたいと思っています。
昨日は、太平洋戦争の終戦記念日でした。
毎年、この時期になると、全国各地で戦没者の慰霊を追悼する式典が行われます。
私の父は男3人・女3人の6人兄弟の三男で、昭和16年に大学を卒業すると同時に従軍し、北支(現在の中華人民共和国北部)で4年間の軍隊生活を送り、終戦と同時に帰りました。
父の兄は、広島大学の醸造科を出た後、大阪大学の発酵学科を卒業し、本当であれば会社を継ぐべく人でありました。
しかし、卒業後、父と同じく軍隊に入り、満州で終戦を迎えましたが捕虜となり、ソ連で4年間の抑留生活の後、昭和24年に日本に戻りました。
三男であった父は、本来、三輪酒造を継ぐ立場ではありませんでしたが、伯父が捕虜としてソ連にいる間に会社を継ぐこととなり、その間に結婚もし、子供も生まれていました。
その為、伯父は三輪酒造に入ることを止め、東洋紡績に入社し、最後は役員を務めて、先年、88歳で亡くなりました。
太平洋戦争では、私の町内でも、たくさんの方が戦死されたそうです。
そんな中、父の男兄弟3人共、戦死してもおかしくない状況で、無事に帰還し、今日まで元気に生きてきました。
父達が日本へ帰った時に、祖母が、全員生きて帰って申し訳ないという気持ちから、
「町内を謝って歩いてきなさい。」
と言ったそうです。
その頃の日本人の感情はそんなものだったのかと思うと、何とも言えない気持ちにさせます。
しかし、今日まで元気でいてくれる父を見ていると、生きて帰ってくれて良かったと、つくづく思います。
過去、戦争というあってはならない事を経験してきた日本人のひとりとして、これからも戦争のない平和な世の中であり続けることを願いつつ、又、この戦争で犠牲になられた方々の思いを忘れる事のないよう、日々、生活していきたいものです。

毎日暑い日が続いておりますが、皆さんはお元気でいらっしゃいますか。
弊社は、明日13日より15日まで、土日を含めた5日間夏休みを取らせていただきます。
最近、サービス業では、顧客のニーズに合わせるべく、24時間365日、1日も休まず営業している店が増え、社員全員が揃って休みを取ることが難しい業種が多くなりました。
酒類業界でも、その傾向に対応するため、各卸会社の方々は配送センターを中心に、年中無休で仕事をされています。
もちろん、社員の方々は交代で休みを取っておられるでしょうが、我々小規模企業においては対応が難しいところです。
お客様の立場を考えれば、企業の都合で休んでしまうことはいかがなものかという考え方もあるでしょう。
しかし、私の個人的な考え方ではありますが、お盆と正月くらいは、日本中の人が全て一緒に休んでもいいのではないかと思います。
お盆に先祖の墓参りをする習慣は徐々に薄れてきましたが、我が家でも、親戚の人達が先祖の墓参りを兼ねて実家を訪問する数がめっきり少なくなりました。
本家を預かる私としては、一年に一度くらい墓参りをしたらどうかと思うのですが、どうも当家の家庭教育が悪かったようです。
ただ、先祖を尊う気持ちというのは、墓参りをすることだけではありません。
それぞれの中で、先祖を大切に思う気持ちを、常に忘れることなく持ち続けていれば良いのではないかと考えます。
少なくとも、自分の家族と我社の社員達には、この想いをしっかり伝えていきたいと思っています。
仕込み作業のないこの時期、蔵内の補修を行っています。
一年間、しっかりと働いてくれた機械や建物を細かく点検し、補修する必要のある箇所については、専門業者に依頼し、直してもらいます。
明治21年に建てられた弊社の仕込み蔵は、明治25年の濃尾大震災に耐え、先の大戦の際も戦火を逃れました。
すでに築後120年余り経過し、街にとっても貴重な財産のひとつに数えられる建造物と言えるでしょう。
先代の棟梁の話では、非常にしっかりした建物であり、補修さえ怠らなければ、まだ100年は大丈夫とのことでした。
毎年、出入りの大工さんに、順次手を入れてもらいながら、街のためにも、この歴史ある仕込み蔵を、何とか残すよう努力しています。
今年、最も大きな補修は、仕込み蔵の土台をやり直す工事です。
タンク4本を移動させた後、今月初めより専門の業者に取りかかってもらいました。
また、壜詰ラインでは、より確実な商品を出荷できるように、キャップ充填機と、ラベルの製造年月の印字を確認するためのセンサーを、新たに導入する予定でいます。
他にも、まだまだやりたいことは沢山あるのですが、順番に少しずつやっていこうと考えております。
一般住宅でも、会社でも、建物が新しいうちは壊れる心配をすることもなく安心しておれますが、年月が経ち古くなると、あちらこちらが痛んできて、様々な問題を起こすようになります。
しかし、こうして補修工事ができることを喜ばなければいけないと思っています。
天災はいつ起こるかわかりませんが、常に、何が起きても驚かない心構えを持ちつつ、日々、努力したいものです。
先週、西濃酒造組合主催の、「初呑切持寄研究会」が開かれました。
「初呑切り」とは、冬期間に仕込まれ貯蔵されているお酒の熟成具合を確認するため、この時期に、蔵元や杜氏など関係者により、封印された貯蔵タンクの呑口を初めて開封することを言います。
初呑切りは、各蔵内のお酒の状態を確かめる為に、全国の酒蔵で実施されますが、岐阜県では、組合単位にお酒を持ち寄り、先生方が巡回をして合同で開催されてきました。
組合での初呑切り研究会は、他にも2つの目的があり、そのひとつは、この時期がちょうど税務署の人事異動の直後に当たり、新任の方との初対面の機会となります。
今年も大垣税務署の署長を始め、酒類調整官や指導官が交代され、初めてご挨拶させていただくことができました。
我々酒造メーカーは、本来、お客様の方を向いて仕事をしなければならないのですが、私達の先輩方は、酒類税務行政の下で仕事をさせていただいている為、どうもお上という感覚が強く、今回のような機会には、必要以上に気を遣う人が多く見受けられました。
最近は税務署の方々も、以前のような威張った態度で接する人はほとんどなくなりましたが、やはり、何となくお互い気を遣って話をしているのは否めない事実です。
もう一つの目的は、この機会に杜氏さんを呼ぶことです。
杜氏達は、当たり前のように、毎年秋に蔵入りをして、春に地元に帰るという習慣が続いてきました。
しかし、蔵元と杜氏とは、あくまでも単年度契約であり、毎年春には、お互
い「来年もよろしくお願いします。」という挨拶を交わしますが、翌年、必ずその杜氏を呼ぶ、または、杜氏が来てくれるという保障は全く無く、あくまでも信頼関係で成り立っていました。
そして、初呑切りに招聘し、招聘されることにより、今年も秋からの酒造りをお願いすることとなるという、暗黙の行事であったそうです。
近年は、徐々に出稼ぎの杜氏が減少するとともに、各蔵の息子さんや社員による酒造りが増えています。
当組合でも、出稼ぎの杜氏はとうとう3人になってしまい、何となく寂しい思いの募る初呑切りでした。
先週、伊藤忠食品さんの展示会が大阪で開催されました。
大変立派な展示会で、様々な提案がなされていました。
残念ながら、年々来場者数が減少しているように感じますが、これは一般の小売店が少なくなり、組織小売が増えている為かと思われます。
地酒メーカーの出店も非常に少なく、寂しい思いがしますが、お陰様で弊社は2ヶ所の出展ブースをもらい、ありがたいことです。
食品メーカーさんは、多種多様な商品を様々な形で提案しています。
対して、我々清酒メーカーは、限られた素材の中で変わりばえのない商品が多く見られ、売れない原因はその辺りにもあるのではないかと思います。
弊社としましては、数年来勉強させてもらったマーチャンダイジングの考え方を元に、より消費者にアピールできる企画を考える必要があります。
特に、三輪酒造が3年前から発売している冷凍にごりの考え方を、他のメーカーにも広め、出来れば冷凍酒の会を立ち上げたいと考えています。
最近、チルド清酒やチルドビールという分野は、多くのメーカーが手がけるようになりましたが、冷凍酒については、まだまだごく限られたメーカーでしか生産されておりません。
冷凍酒を製造するには、設備の面でも色々考える必要があり、簡単に手を出せる商品だとは思いませんが、誰でもすぐに真似することが出来ない事を根気よく続けることによって、これまでと違う販路が開けるのではないでしょうか。
30年前、にごり酒を始めた頃は、業界の中で、何となく馬鹿にされていたようにも感じていましたが、今では、大手メーカーも含めて、かなりのメーカーさんがにごり酒を出しておられます。
今回、我社が提唱しようとしている冷凍酒のように、業界人が力を合わせて新しいジャンルの商品に挑戦し、事業が発展するように努力していければと思います。
春の選抜高校野球大会で見事準優勝の栄誉に輝いた「大垣日本大学高等学校」が、この夏の岐阜県大会を制し、春夏連続出場を決めました。
岐阜県の高校野球界は、昔から県立岐阜商業高校(県岐商)が非常に強く、大垣市内の学校は、なかなか甲子園に出場することが出来ませんでした。
今回の大垣日大高校は、3年前に、学校経営の立て直しを目的として、地元経済界の応援をバックに、OBの方々の協力の下、愛知・東邦高校を退任された、名将坂口監督をお迎えし、3年計画で甲子園出場を目指して頑張ってこられました。
選抜大会は21世紀枠での出場ながら、あれよあれよという間に決勝戦まで勝ち進み、最後は残念な結果にはなりましたが、地元大垣市民は、大いに盛り上がりを見せました。
そしてこの夏の県予選では、中京高校を始め、大垣商業、岐阜第一といった強豪を打ち破り、見事夏の全国大会初出場を果たしました。
たまたま私の周りには、高校の理事長や、校長先生、OB会長、育友会長といった関係者が多数おられ、今回の喜びは人事でないような気がしています。
私は水泳連盟の会長を務めており、周りにスポーツ関係者がたくさんいらっしゃいます。
どの種目においても、国内の大会でトップクラスの成績を上げるために、日夜懸命な努力をしています。
この夏は、甲子園出場の大垣日大高校に加え、都市対抗野球でも、地元西濃運輸が本大会出場を決めました。
両者ともに優勝を目指し、頑張ってもらいたいと思っています。
我々も、選手たちに負けずに頑張りたいものです。
以前、蔵人のM君が、京都の大豊神社について書かれた本を見せてくれました。
大豊神社は、少彦名命(スクナヒコナノミコト)と、応神天皇・菅原道真公をお祀りしてあり、ネズミにまつわる神話から、子年の人にとっては大切な神様だということです。
私とM君は、ともに子年生まれで、来年は年男となります。
そのため、仕込みが終わったら、是非二人で行ってみようという話になり、今回、休日を利用して出掛けてきました。
その神社は、南禅寺の北から「哲学の道」と呼ばれる街道を入ってすぐのところにありましたが、千年以上続く神社であるにも関わらず、ひっそりとしたたたずまいでした。
干支に関しては、昔から色々なことが言われています。
十二支がどのようにして決められたかについては定かではありませんが、旧暦の年回りや、方位方向について、昔の人は大変尊重していました。
年間の行事の決め方、家を建てるときの位置等、最近の人はほとんど気にしなくなってしまったことを、大切に守ってきたのです。
弊社の敷地内には、玉岡稲荷がお祀りされています。
このお稲荷さんは、以前、方角を見てもらった時に、とても良い場所にあると言われました。
又、その時、弊社の釜場(米を蒸す場所)の位置も最適であったことを知りました。
よく「鬼門」とか「辰巳の方角」などと言いますが、それに逆らって物事を決めると、永年の間に、物事が上手くいかなくなるような気がします。
来年、私は還暦を迎えます。
つい最近まで、還暦はおめでたいことだと思っていましたが、実は厄年であるということを知り、少し気をつけなければと思っています。
昔からの言い伝えは迷信だという人もいますが、永年の経験から生まれたしきたりは、ある程度尊重した方がいいのかもしれません。
自然界の法則というのは、人間の力ではどうすることもできない大きなものだと感じています。
大豊神社を訪れ、自然の中で生かされている自分自身に、毎日、感謝の気持ちを忘れることなく頑張ることを、改めて誓ってきました。
今回の参議院議員選挙は、選挙前のマスコミの大方の予想通り、与党自民党の大敗という結果となりました。
前回の衆院選では、小泉前首相の思い切った発言や行動によって自民党が圧勝しましたが、あれから2年も経たっていない今回、まったく逆の結果に終わり、選挙というのは本当に怖いものだと改めて感じさせてくれました。
この結果により、今後の国政に様々な影響が出るのは間違いないことでしょう。
2大政党制を目指した選挙制度の改革によって、我々国民は、白か黒かのどちらかの選択を余儀なくされ、グレーであることは認められない状況となりました。
元々日本人は、どちらかというと中道的な政治を望む国民性を持つ民族であるように思うのですが、近年では、状況が明確に表れる時代のもとで、企業活動や生活をしていくことが求められています。
私が住んでいる岐阜県は、“自民党大国”とも言われてきた地域ですが、こんな田舎でも、住民の政治に対する考え方が、少しずつ変ってきました。
政治というものは、決して政治家や役人だけがするものではないと思うのですが、ついつい彼らに任せてしまい、自分たちには関係がないと思う人が多く見受けられます。
街を造っていくのには、そこに住む住民一人ひとりの思いが大切ですし、その思いが、それぞれの選挙や普段の行政に反映されるべきではないでしょうか。
これからの時代は様々な意見を持った人達が増え、物事を決めることが益々難しくなりますが、こんな時代だからこそ、強い信念と思いをもったリーダーが必要です。
時代の変わり目に生活し、事業を営ませて頂いている私達は、目先のことばかりに囚われることなく、社会のニーズを的確に捉え、世の中に必要とされる企業人であり市民でありたいと思います。
明後日はいよいよ参議院議員選挙の投票日です。
参議院議員選挙は我々一般人には余り直接関係がなく、なんとなく地域でも盛り上がってないようです。
ただ、テレビ・新聞等では自民党の劣勢、民主党の優勢が伝えられ、保守の過半数割れとなるような予想となっています。
本当は何が一番問題なのかということがよく分からず、相手の具合の悪いことばかりつついて、何とか逆転を狙う戦術は当たり前なのでしょうが、我々有権者はもう少し大切な部分を見る目を養う必要があると思います。
普段の生活の中で、政治について論じ合うことはほとんどありませんが、こんな機会に少し考えてみるとどうでしょうか。
私はたまたま第3セクターの会社の社長をやらせて頂いていることもあり、役所の人達と接する機会は普通の人よりも多いと思います。
彼らの行動を見ていると、年度がかわると、通常の業務の他に次年の予算獲得に向けて動き出します。
大半が前年通りとなる事業がほとんどですが、中には新しい企画の事業が含まれます。
ここ数年は国はもちろん、県も市も非常に厳しい運営を迫られており、ほとんどの事業が前年対比5%〜10%カット、ひどいものになると20%カットという話を耳にします。
しかし、私達民間企業の人間からすると、各部局の事業予算はすべて税金でまかなわれているわけで、お金を稼ぐという感覚は全くありません。
1年間、4月に始まって3月末までに、きっちりと決められた予算の範囲で事業をこなしていくことが行政マンには求められています。
このことはどの自治体でも一緒であり、国の官僚も同様であると推測されます。
安倍自民党も小沢民主党も、この官僚政治の打破を掲げていることは同じような気がしますが、もしも民主党によって政治が行われたとしても、なかなかこの官僚による行政の仕組みを変えることは非常に難しいと思います。
私は政治家が頑張ってくれることは大いに望みますが、そのことよりも、役人の人達がなぜもっと本気で地域のことを考えてくれないのかと不思議で仕方ありません。
せっかく市役所に勤め、県庁に勤めたならば、もっともっと住民の為になるよう気をつけて仕事をしてくれれば、私たちは豊かな潤いのある社会で暮らせるのではないかと考えます。
またしても新潟で地震が発生しました。
被災された方々の苦痛はいかばかりかとお察し申し上げます。
私はちょうど山口の叔父の家でテレビを見ていました。
ヘリコプターの空からの映像で映し出される状況の中に、『越の誉』の原酒造さんの蔵が倒壊している様子を見て、大変なことになったなあと思いました。
3年前の地震では、地酒VANの会員でもあるお福酒造さんが被害に遭われて、先日、ようやく新しい蔵が完成したことをお聞きしたばかりでした。
今回は、長岡市周辺は前回ほどの揺れはなく、安心してくださいとのことでした。
柏崎には私の母方の叔父が住んでいましたので、早速電話をかけましたが、何度かけても全くつながりません。
一週間程、どうしておられるか、とても心配をしていましたが、3日程前に本人から電話があり、無事を確認でき、ほっとしました。
地震の時は、夫婦とも、タンスと本棚が倒れて、そのお陰で助かったそうで、危機一髪だったようです。
さぞかし大変な思いをされたのだろうと感じました。
すぐに埼玉の息子さんが迎えに来て、そちらで無事に過ごしているので安心してくださいとのことでした。
日本全国、どこで地震が起きるか分かりませんが、弊社の酒蔵も既に120年経過しており、今度、震度6強以上の地震がくれば、まずもたないだろうと思います。
その時の為に多少の補強はしていますが、万一の場合は諦めるつもりでいます。
世の中どんな災害が起きるか分かりませんが、どんな時にも慌てない覚悟でいることが一番大切ではないかと思います。