地酒道楽 JIZAKE-VAN SERVICE 400銘柄以上の地酒を皆様にお届けします

社長ぶろぐ (2007年04月)

2007年04月02日

新年度

今日から平成19年度が始まりました。 
決算月が4月〜3月の当社にとっては、今日が新たな年の始まりです。 
 
お陰様で、三輪酒造の昨年度の売上は、わずかながらに前年を上回ることが出来ました。 
清酒業界が非常に厳しい状況にある中で、前年比100%を達成できたことは、ひとえにお客様各位のお引き立ての賜物と、深く感謝申し上げる次第であります。 
 
今年は、わが社とって、創業170周年という節目の年となります。 
この一年、「白川郷純米にごり酒」の品質向上という目標に向かい、社内の充実を図る年としたいと思っています。 
 
また、地酒VANサービスは今年で満20年目を迎えます。 
今年は、初心に立ち返って、全国の地酒蔵元の想いを、いかにして全国のお客様にお伝えすることできるかを考えて事
業を進めてまいります。 
 
何卒今年度もご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。 

2007年04月03日

地震

先日、またしても大きな地震が起きました。 
今回、能登地域では、いくつかの蔵元が被害を受けられたようです。 
 
一昨年の新潟県中越地震では、私達の仲間であるお福酒造さんを始め、何軒かの蔵元が大きな被害を受けました。 
10年前の阪神淡路大震災の際には、多数の酒蔵が大きな被害を受け、いくつかの蔵が廃業にまで追い込まれました。 
 
当社も、170年の歴史の中で、いくつかの天災や人災に遭っております。 
明治25年の濃尾大震災では、大垣の町が壊滅状態となり、当蔵は残ったものの、主家は全壊しました。 
 
その時は幸いにも残った当社の酒蔵ですが、建てられてから、既に120年余り経っております。 
もし、今度大きな地震に襲われたとしたら、まず無事には済まないことでしょう。 
 
「天災は忘れた頃にやってくる」と言われます。 
いつかは来るであろう大地震などの天災に対して、今、どのように備えておけばよいのか、残念ながら想像すらできません。 
しかし、まずは生命が無事であること。それが一番大切なのではないかと考えております。 

2007年04月04日

選抜高校野球大会

春の選抜高校野球大会で、地元大垣日大高校が、見事決勝進出を果たしました。 
 
21世紀希望枠での大会出場ということで、正直なところ、1回戦を勝ち抜いてくれれば…、という程度の期待でした。 
しかし、いざ大会が始まってみれば、1回戦どころか、準々決勝、準決勝と勝ち上がっていったのです。 
最初は、大垣市民の誰もが驚くばかりでしたが、いつしかそれが、大きな期待へと変わっていきました。 
 
残念ながら、決勝戦では、敗戦という結果に終わりましたが、地元の皆に、つかの間の夢と希望を与えてくれた大会となりました。 
 

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2007年04月05日

量販店

今週初め、久しぶりに、イオンのバイヤーさんにお会いして来ました。 
先般、私どもがご迷惑をお掛けした諸問題のお詫びのための訪問でした。 
 
数年前にお会いした際は、酒類の取扱いが完全自由化される前であり、また、バイヤーさん自身がお酒を
扱うことに慣れていらっしゃらない状況でしたが、昨年9月の完全自由化以降、全店に免許がおりることになり、量販店にとっては、非常にやりやすい環境が整いました。 
 
今回は、今や、売上高6兆円規模にまで成長したイオングループのバイヤーとなられた方との面会でしたが
、現在、その立場にいらっしゃることの大変さは、私どもの想像を遥かに超えるものであろうと思います。 
 

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2007年04月06日

春の仕込み

今週始めから、春の仕込みがスタートしました。 
 
春に日本酒を仕込むと言うと、驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、当社では、9月中旬から、翌年の6月中旬頃まで、約9ヶ月、三季に渡って仕込み作業を行っています。 
 
長い仕込み期間中、11〜3月の間は、岩手より杜氏に来てもらい、「半仕舞」と呼ばれる、2日に1本の仕込みが続きます。 
正月過ぎは、吟醸酒造りを主に、清酒の仕込み期間となりますが、それ以外の時期は、当社の主力商品である『白川郷純米にごり酒』を、次々と仕込んでいきます。 
 
杜氏がいない、9〜10月と、4〜6月の時期には、蔵を担当する二人の社員の手により、週1本のペースで『白川郷純米にごり酒』の仕込みが続けられるのです。 
 

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2007年04月09日

桜満開

先週は、あちらこちらから、桜が満開というニュースが聞かれました。 
 
私の地元の大垣市船町湊でも素晴らしい花が咲き誇り、観光客や市民の目を楽しませてくれています。 
 
地酒道楽(地酒VANサービス)のホームページの右上に絵を掲載しておりますが、この絵を描いてくださっているのは、私の友人である田辺さんという方です。 
この方は、数年前、大手商社を退職された後、地元大垣に戻られ、いろいろなボランティア活動をしていらっしゃいます。 
 
絵画以外に、執筆活動などもされており、その多才ぶりには、驚かされるばかりです。 
ホームページ用に何でも気楽に描いてくださいとお願いしたところ
、快く引き受けてくださいました。 
これからも、楽しみにしながらお願いするつもりでいます。 
 
今回の絵になっている船町湊跡の桜が、今、その絵と同じような状況になっていることをご覧下さい。 
 
皆様にも、この船町湊に、一度お立ち寄りいただければ幸いです。 

 

 


2007年04月10日

日本酒まつり

本日夕方、名古屋キャッスルホテルにて、名古屋国税局と、日本酒造組合中部支部主催の「日本酒まつり」が開催されます。 
 
昨年から、局主催による新酒鑑評会の表彰式と同時に開催されることとなり、多くの方が来場される予定です。 
 
局の新酒鑑評会では、残念ながら、今年も当社の酒は入賞を逃しました。 
先生方の評価では、もう一歩といったところだったようですが、また、来年頑張ってくれることと思います。 
 
ところで、この季節、全国の蔵元が酒蔵開放をしたり、卸さんや、料理屋さん主催の日本酒まつりなど、各地で様々なイベントが開かれ、多くの日本酒ファンで賑わっているようです。 
 
先日の醸界タイムスの社説にも書かれていましたが、全国には、数多くの日本酒のファンがいるはずのに、どうして売れないのだろうかと思います。 
 
やはり、酒売場の変化が影響しているのでしょうが、それと同時に、蔵元の売り方にも問題があるのだと思います。 
 
もっと、考える必要があるようです。 

2007年04月11日

木升

皆さんも、一度は『木升』を手に取られたことがあるかと思います。 
 
元々、量りとして使われていた升ですが、近年では、節分での豆まきや、お祝い事での乾杯の際など、イベントで利用されることが多くなりました。 
 
当社のある岐阜県大垣市は、升の生産量全国一であり、国内シェアは、実に80%を誇ります。 
以前は、市内に8社程の製造業者があったのですが、現在残っているのは5社となりました。 
その5社にて、年間約200万個が生産されています。 
 
しかしながら、最近では、台湾などの海外にて、安い単価で生産させ、日本に輸入する業者が多くなり、国内生産量は、年々減少の傾向にあるようです。 
 
そんな中、当社のすぐ近くにある【有限会社大橋量器】という升製作会社が、元気に頑張っていらっしゃいます。 
http://www.masukoubou.jp/ 
 
この会社の社長がなかなかのアイデアマンで、従来の『升』の概念にとらわれず、次々と新しいグッズを考案し、販売されています。 
工場敷地内には、アンテナショップ【升工房升屋】も併設され、東海圏のテレビ番組など、マスメディアでも度々紹介される程の盛況ぶりです。 
http://www.masuza.co.jp/ 
 

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2007年04月12日

酒造組合

私ども酒造会社は、酒類業組合法の下、日本酒造組合に所属しております。 
 
現在、全国に、清酒業者1,798社、焼酎業者270社、みりん業者18社、計2,087社の製造業者があり、それぞれが県単位で組合を構成し、さらに岐阜県には、地域ごとに6単組があります。 
 
アルコール業界には酒造組合の他に、小売組合、卸組合、ビール組合、洋酒組合など7つの組合があり、業界団体として活動してきました。 
 
昭和28年に制定された酒税法に基づき、国税庁酒税課の指導により、それぞれの業者が事業を行い、消費者の皆さんから間接的に酒税を徴収させて頂いています。 
 

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2007年04月13日

統一地方選挙

4月8日は、統一地方選挙の、第一弾の投票日でした。 
 
当地方では、県議会選が行われましたが、ほとんど無風状態で、いまひとつ盛り上がりに欠ける選挙となりました。 
 
私の知り合いには、市長を始め、県会議員や市会議員を務められている方が何人かいらっしゃいますが、普段のお付き合いの中から見ていても、4年に一度とはいえ、選挙の大変さを垣間見ることができます。 
 
ご存知のように、酒造業界には、昔から、代議士や各地域の首長議員として活躍されている方が、たくさんいらっしゃいます。 
 
そのためか、街の中には、私に対しても、出馬するように薦める人もいますが、私自身、「政治家」だけはやりたくない仕事だと思っています。 
昔ならともかく、今の時代の酒造業界で、事業を人に任せ、新たに政治の世界に足を踏み入れようと考えるほど、余裕がある人は少ないでしょう。 
 
もちろん、私自身にも、そんな余裕はありませんし、業界としても、他にやらなければいけないことが、まだまだあるはずです。 
 
しかしながら、今の政治家達を見ていると、私利私欲ばかり強い人が、余りに多過ぎるように感じます。 
もっと純粋な気持ちで、世の中の為に尽くしてくれる人が出てきてほしいと、強く願っています。 

2007年04月16日

東京

先週、上京した際、久しぶりに総武線と常磐線に乗りました。
 
高校時代から東京暮らしを経験したことのある私にとって、その景色は特別なものではありませんが、それでも地方がこれだけ疲弊している中、ここ数年の首都圏の様変わりには驚かされるばかりです。 
特に、品川や汐留、東京駅北口を中心としたJR跡地を利用した高層ビルの乱立には、目を見張るものがあります。
 
たまたま、品川駅のコンコースにしばらく立っていましたが、その新しいビル群から、次々と人の波が押し寄せてきました。
この人達は、毎日、1時間以上も満員電車に揺られて通勤しているのかと思うと、本当に頭の下がる思いです。
 
何故、東京ばかりにこれだけ多くの人が集まってしまうのだろうかと思う反面、私どもも、東京で商売をさせていただいているわけですから、やはり仕方のないことなのかもしれません。
 
しかし、今後は、地方の良さを、もっともっとアピールする必要があるような気がします。

 

 

2007年04月17日

大型店

今月27日に、当社の南約2q程の場所に、「イオン大垣ショッピングセンター・JUSCO大垣店」がオープンします。 
これまで農地だった所に、突然、売り場面積1万坪を超える大型店舗が出現し、地元の人達も、皆驚いています。 
 
今回、元々出店計画がありながら、延び延びになっていたものを、“街づくり3法”の見直しにより、かけ込みで間に合わせたようです。 
 
大垣市は、人口16万人程の小さな街です。 
 
そんな所に、昨年11月に「平和堂」が、5千坪の店舗を新装オープンさせました。 
また、今年9月には、ユニー系の「アピタ大垣」が、同じく5千坪の新店をオープンさせます。 
 
今回の「イオン」と合わせ、この1年間だけで、新しく2万坪の売り場ができあがるのです。 
 
既存の大中店舗まで合計すると、実に、3万5千坪という巨大なの売り場面積が、この小さな大垣市に集中するという事態に、地元商店街の方々は、戦々恐々の感を拭えません。 
 
おそらく、オーバーストア地域として、全国でも一、二を争うこととなるであろうこの街で、地元の商業者は、どのように生き残っていけばよいのでしょうか。 
 

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2007年04月18日

セイノーサッポロ会

一昨日の夕方、セイノーサッポロ会の例会がありました。 
 
この会は、今から20年程前に、西濃地区(大垣市を中心とした西美濃地方)が、『西濃はひとつ』というスローガンを掲げ、合併に向けた大きなイベントを催した際、サッポロビールさんから、3,000本の缶ビールを寄付いただいたことへの御礼の意味から作られた会です。 
 
当地方の地銀である大垣共立銀行が、旧富士銀行系列であり、芙蓉グループ繋がりであるサッポロビールさんにお世話になりました。 
 
どういう経緯なのか、酒蔵の社長である私が、その会の幹事を務めさせていただいていますが、これまで約20年近く、年4回のペースで例会を開いています。 
 
最近では、市内のいろいろな業種の方々が参加されるようになり、とてもユニークで、楽しい会になりました。 
 
サッポロ会ですから、その席で出されるアルコールは、もちろんサッポロビールなのですが、参加されている皆さんが、幹事である私に気を使ってくださり、我社の清酒も、同じように沢山飲んでいただき、嬉しいかぎりです。 
 
どんな形であれ、地域の皆さんに、我社の酒を可愛がっていただけるよう、これからも頑張ってまいります。 

2007年04月19日

地酒VANサービスで出来る事−2

今年、株式会社地酒VANサービスは、20年目を迎えました。 
 
節目の年を迎えるにあたり、昨年来、今後この事業を、どのように進めていくべきなのか、いろいろなことを考えてきました。 
 
著しく進化し続けるIT社会の中で、それぞれ長い歴史を持つ各蔵元の想いや情報を、より多く、より早く発信し、それをご覧になった皆様にとって、もっと楽しく、有意義となるサービスをご提供する必要があります。 
 
最近、方々のショッピングモールから、お手伝いを頼まれるケースが増えてきました。 
このような仕事は、ある意味、非常に面倒で、手間暇のかかるものなのですが、これからの時代、当社にとって、最も大切な仕事のひとつとなるはずです。 
 
今後、ITネットワークを利用した卸、小売といった分野が、更に拡大してしくことは間違いありません。 
20年も前から、このような時代の到来を見据え、事業に取り組んできた我社としては、他に負けるわけにはいかないのです。 
 
これからも、多くの方のお知恵、お力をお借りしながら、地酒VANサービスという事業を続けていきたいと思っております。 

2007年04月20日

娘の里帰り

先月、長女が第二子を出産しました。 
 
結婚後、近いながらも外に居を構えた長女ですが、出産後の1ヶ月余りは、2歳になる初孫も連れて、実家である我が家に、里帰りしていました。 
 
その間は、私が帰宅すると、上の子が、「お帰り〜!」と、笑顔で出迎えてくれ、おじいちゃんとしては、嬉しい毎日となりました。 
 
最近では、親子、身内でありながらも、その関係が上手くいかない家庭も多くなった時代です。 
そんな中、2人の内孫を授かり、常に、その顔を見ることができる私は、本当に幸せだと思います。 
 
長女をはじめ、3人の娘を育てた時には、私自身、余裕を持って子供達を見ることができませんでしたが、今は、2人の孫の成長を、ゆっくり観察するゆとりができました。 
 
それまでも、友人達が、「孫はいいものだ。」と言っているのを聞いてはいましたが、今、つくづくその気持ちを実感しています。 
 
他人に【おじさん】と言われたら、おそらく腹も立つであろうと思いますが、孫が「おじいちゃん!」と呼んでくれることは、本当に嬉しく、目尻が下がりっぱなしの日々を送っています。 
 
孫達の笑顔に励まされながら、「まだまだ、元気に頑張らなければ…」と思うこの頃です。 

2007年04月23日

イオン大垣店オープン

先週、売場面積一万坪という非常に大きなショッピングモール『イオン大垣ショッピングセンター・JUSCO大垣店』がオープンしました。 
開店と同時に、どこからこれだけの人が集まってきたのだろというくらいの賑わいをみせています。 
 
私は、これまでも、各地のショッピングモールを数多く見てきておりますので、店舗の大きさそのものについては、それ程の驚きはありません。 
しかし、大垣という小さな街に、そんな大型店ができたことにより、街そのものが一変する可能性が出てきました。
住民としての立場から、これはとても大変なことになるであろう実感しています。 
 
昨年、ナゴヤドーム店がオープンした際、イオンのバイヤーから、直々に、 
「今後の為にも、是非、見ておいて下さい。」 
と言われ、2度ほど見学に行きましたが、その時と比べても、今回の『大垣店』は、更に、進化しているような気がします。 
 
特にジャスコの売場は、これまでのスーパーの売場というよりも、百貨店のそれと変わらないような造り方がされおり、むしろ、田舎の百貨店とは比べ物にならない品揃えと華やかさがあります。 
 
今後、同業種各店の競争が益々激しくなり、それぞれ出店している業者の方も大変だろうなと人事ながら同情してしまいます。 
 
それと同時に、当社もそれなりにお世話になっておりますので、お店の成功を祈りつつ、見させていただいております。 

2007年04月24日

市議会議員選挙

22日は統一地方選挙の第2弾、各市町村議会議員選挙の投票が行われました。 
 
今回の選挙でも、私がお付き合いさせていただいている方が何人か立候補し、そのほとんどの方が無事に当選されましたが、肝心の町内から出馬した人は落選してしまいました。 
当初から危ないとの声もありましたので、私なりに協力したのですが残念です。 
 
田舎の選挙は本人の政策とか思い以上に、地縁血縁といった政治とはかけ離れた所で議論されていることが多く、あいつは好きだとか嫌いだとかといった私情、感情によって、左右されることが今だ多く見受けられます。 
本人は一生懸命やっているのですが、周りの人との間には、少なからず温度差があるようです。 
 
また、地方の選挙では、中心部から立候補する人が少なくなるというドーナツ化現象が起きており、その周辺から立った人が上位で当選する傾向にあります。 
 
しかし、中心部が落ち込んだままでは、結局、地域全体にとって良い影響をもたらすはずはありません。 
コンパクトシティーという提唱を踏まえ、中心市街地の活性化に向けて、街全体で取り組んでいかなければいけない時期が訪れました。 

2007年04月25日

白川村村長選挙

今回の統一地方選挙では、岐阜県大野郡白川村で、8年振りとなる村長選挙が実施され、現職の谷口村長に、新人の板谷さんが挑戦しましたが、現職が勝利という結果となりました。 
 
思い返せば31年前、初めて白川村を訪れ、「にごり酒」のお話をさせて頂いた時に大変お世話になったのが、今回新人として立候補された板谷さんのお父さんでした。 
村議会の議長さんとして、熱心に村の人達を説得して頂いた結果、今の「白川郷純米にごり酒」が誕生したのです。 
 
その頃のエピソードですが、実は、この時も、村を二つに分ける村長選挙がありました。 
本来であれば、白川村にて「にごり酒」を製造することも考えられていたのですが、選挙の結果、それが認めらないことになり、大垣で製造する「白川郷にごり酒」となってしまいました。 
 
人口2000人という小さな村ですので、人間関係が非常に複雑で難しく、今回の選挙でも、村民の方々は、どちらに投票していいのか非常に困られたことと察します。 
投票日前に、村で酒屋を経営なさっている一軒のお宅に伺ってみたところ、5人いる家族で上手く分けて投票するとのことでした。 
 
私は、当選された谷口村長、残念な結果となった板谷さんともよく存じ上げております。 
結果は結果として、お二人共々、今後は協力し合いながら、白川村の発展の為に頑張っていただきたいと思います。 

2007年04月26日

白川郷純米にごり酒 誕生秘話その1

『白川郷純米にごり酒』は、昨年、発売以来30周年を迎え、今では、年間販売数量が300klを超える商品にまで育ちました。 
これもひとえに、日頃からご愛顧いただいている皆様のおかげであると、深く感謝いたしております。 
 
30数年前のある日、当時、岐阜県消防協会会長の要職を務めていた春雄(現三輪酒造会長)が、白川郷で開かれていた県の消防操法大会に出席した時のことです。 
 
大会終了後、地元の方々を交えての懇親会の席上で、当時の和田村長から、三輪酒造の社長でもあった春雄に、ある相談が持ちかけられました。
  
毎年秋に行われる「どぶろく祭り」には、全国から多くの観光客が訪れるのですが、その際、振舞われる“どぶろく”は、法律により、外部への持ち出しが禁止されています。 
遠方より来ていただいた観光客の皆さんに、お土産として持ち帰っていただく為の“どぶろく”を造ることはできないだろうか、というのがその内容でした。 
 
話を聞いた春雄は、当初、三輪酒造として“どぶろく”造りを引き受けるつもりではなく、まず、高山酒造組合の理事長に相談をしましたが、良いお返事をいただくことはできませんでした。 
 
そこで、長年お世話になっている岐阜の酒問屋、河安さんの常務にその話をしたところ、 
「あなたの所で造れば、自分の方で売ってあげますよ。」 
という、ありがたい言葉をいただきました。 
早速、河安さんに同行をお願いし、改めて和田村長さんの所へ出向くことになったのです。 
 
『白川郷にごり酒』の歴史は、すべてここから始まりました。 

2007年04月27日

白川郷純米にごり酒 誕生秘話その2

昭和51年8月、いよいよ販売目的の“どぶろく”の製造許可を申請することになりました。 
しかし、そこには、2つの大きな問題が待ち受けていたのです。 
 
当初、白川村の中に、三輪酒造の分工場を建設する計画がありました。 
村議会には了承いただき、また、名古屋国税局からも、問題ないとの判断をいただいておりました。 
しかし、高山酒造組合と地元総代会から、建設反対の声が上がり、断念せざるを得なくなりました。 
『白川郷にごり酒』という商品名でありながら、白川村ではなく、美濃地方の大垣市で製造しているのは、このことがあったからです。
 
 
数年後に分かったことですが、その前に行われた選挙で敗れた方々が、反対の中心にあったようです。
それ以来、三輪酒造として、白川村の中では、両者どちらの味方もしないように心がけてお付き合いをしています。
 
更に、“どぶろく”を製造するにあたり、酒税法という壁にぶち当たりました。 
それまで、白川村などで、祭事の際に振舞われる“どぶろく”は、全く特別な扱いであり、それ以外での“どぶろく”の製造免許は、100年近くもの間、許可されてこなかったのです。 
 
その後も、つい3年前に全国で許可された「どぶろく特区」の免許が制定されるまで、国内で“どぶろく”を造ることが認められていませんでした。 
昨年、三輪酒造が『純米白川郷どぶろく仕込み』という、これまでにない製造方法で造るお酒を発売しましたが、この商品を製造・販売するにあたり、新たに許可された“その他の雑酒(現在は、その他の醸造酒)”という免許も、明治38年以来、約100年ぶりの免許だとのことです。 
 
白川村での製造を断念し、大垣で“どぶろく(にごり酒)”を造る計画に方向転換することになり、それを大垣税務署に申請しましたが、やはり製造の許可はできないとの判断が下されました。 
 
それまでも、「活性清酒」というジャンルに当てはまる“にごり酒”はあったのですが、その通達事項の中に、 
【生に限る・1.8L壜詰限定・毎年3月までの期間限定】 
という項目があります。
   
その時、三輪酒造は、 
【火入れ殺菌をした上、720ml詰で、通年販売】 
という“にごり酒”の製造販売を申請したものですから、それは通達違反であり、許可できないということでした。 
 
そこで、当時社長であった春雄が、国税局の関税部長に相談したところ、それは通達を変えればいいだけの問題であり、本庁へ行って話をしてくるようアドバイスを受けました。 
早速、国税庁の酒税課へお願いに上がったところ、間もなく許可が下り、晴れて現在の『白川郷純米にごり酒』を、世に送り出すことができるようになったのです。 
 
今でこそ、全国の酒造メーカーが、ごくごく当たり前のように“にごり酒”を製造していますが、もしこの時、関税部長の粋な計らいがなければ、『白川郷純米にごり酒】はもちろん、“にごり酒”という市場そのものが未だに存在しなかったことと思います。 
 
今も、30年前にお世話になった方々に、感謝する気持ちでいっぱいです。