地酒道楽 JIZAKE-VAN SERVICE 400銘柄以上の地酒を皆様にお届けします

社長ぶろぐ (2007年07月)

2007年07月03日

物真似

先日、セブンイレブン・ジャパンCEO(最高経営責任者)である鈴木敏文さんが書かれた本を読みました。 
 
鈴木さんは、今から30余年前に、イトーヨーカ堂社内からの反対の声を押し切り立ち上げたセブンイレブンを、今の形まで作り上げられた方で、その功績は誰もが認めるところです。 
 
その著書の中で、“物真似はだめだ”という内容の言葉が何度も出てきました。 
 
何処かで上手くいっていることを真似る方が楽であり、また、大きな失敗に繋がる確立は少ないとは思いますが、やはり、そのような商売は長続きはしないようです。 
 
父である春雄(弊社現会長)が、まだ若かりし頃の私に、 
「大手メーカーにも、問屋さんにも、小売屋さんにもできないことをやらなければいけない。」 
と言ったことがあります。 
 
昨年、発売30周年を迎えた『白川郷純米にごり酒』は、まさに、父の言葉どおりの商品と言えるでしょう。 
また、3年程前から始めた「冷凍にごり酒」も、徐々にではありますが、業界の中で認知されつつあります。 
 
最近でこそ、全国の蔵元がにごり酒を販売されていますが、そんな中でも、確実に弊社のファンが増えているのは、他社に真似のできない製法から生まれる商品を提供しているからだろうと自負しております。 
 
世の中にない商品を生み出すことは、容易いことではありません。 
しかし、小さな会社でも、自社にしかできないものを造ろうという前向きな気持ちと努力は、必要不可欠なことではないかと思います。 
いろいろなチャレンジをしている内に、何かの拍子で、新しいアイデア生まれるかもしれないのです。 
 
地酒VANサービスの仕組みも、新たなチャレンジとして20年前に始め、他に前例のない道を、手探りの状態で進めてきました。 
IT社会といわれるようになった今日、どのようにお酒を売っていったらいいのかという、非常に難しい問題と向き合いながら、毎日を送っています。 
 
このIT社会での商売は、まだまだこれからです。 
若い人達には、次の時代を乗り切るためにも、勇気と情熱を持って、英知を終結してもらいたいと思います。 
いろいろな失敗を繰り返しながらも、他に真似のできないもの生み出そうというチャレンジ精神を持ち続け、お互い頑張りたいものです。 

2007年07月04日

地酒VANサービスの出来る事V

私達蔵元は、日々様々な商品開発の為に知恵をしぼっています。 
 
しかしながら、新しい商品の開発というのは容易いものではなく、又、商品を作ってみても、最近の大量販売、大量消費という世の流れの中では、定番商品として消費者の皆様に定着する前に消滅してしまうことがたくさんあります。 
 
私は20年前まで、三輪酒造の営業として、全国各地を走り回っていました。 
当時、数限られた自社商品を担いで得意先を訪問するのですが、すぐにネタ切れとなり、思ったように商談が進みません。 
それどころか、夏の暑い時期の営業となると、何をしに来たのかという顔をされる始末です。 

 
その為、話題づくりも兼ね、次々と新商品を作ってみたのですが、やはり、これも簡単に売れるものではなく、結果、大量の資材が残っていくという悪循環を繰り返していました。 
 
そこで、どうせ営業に回るならば、自社商品以外の商材も一緒に紹介すれば話題も豊富になるし、他の蔵元にも喜ばれるのではないかという思いから、岐阜県内の蔵元の、私と同年代の息子さん達に呼びかけて、10社で『ぎふ銘醸会』なるものを立ち上げました。 
“岐阜”をキーワードとしたひとつのグループとして、お互い協力しながら商品を売り込んでいくことになったのです。 
 
そして、その数年後、地酒VANサービス(日本銘醸会)を設立しました。 
 
各問屋さんが、全国各地の地酒を集め、販売することは、一見当然のことのように思うですが、現実は、各担当者共忙し過ぎて、ゆっくり考えてもいられない状況にあります。 
 
それまで、一蔵元として、限られた商材のみでのお付き合いであった得意先に、今度は、地酒VANサービスとして、全国各地の蔵元の商品を一同に紹介することが可能となったこのシステムは、大変喜ばれました。 
 
地酒VANサービスは、地酒という分野に特化し、蔵元の熱い想いで開発された商品を、消費者は勿論のこと、卸売り、小売りの方々に、いかにして伝えるのかということが、最も大切なことだと認識しています。 
 
そして、今後は、各社が考えておられる商品を基に、同じ想いの蔵同志で、いくつかの小さなグループを作り、そのグループごとに企画営業をすることの必要性を感じております。 
 
まずは、三輪酒造を中心とした冷凍酒のグループ作りを考えています。 

2007年07月05日

消防操法大会

先週の日曜日、大垣市消防団の消防操法大会が開催されました。 
 
消防操法というのは、全国にある自衛消防団の団員が、実際の火事現場において、火災消化活動を円滑に行うことができるよう、ポンプの扱い方など、基本的な操作の習得を目指し訓練をすることを目的に始められたものです。 
 
近年では、操法大会での上位入賞を目的とした訓練が主になっており、実際の火災現場ではほとんど役に立たない訓練ばかりを行っているなど、数多くの問題が指摘されているようですが、消防団員は皆、いざという時のために、頑張っています。 
 
消防団という地域になくてはならない組織を維持管理していくことを、普段何事もなく生活させてもらっている住民の人達に、少しでも理解していただければありがたいことであると思います。 
  
実は、私も、30年程前に、大垣市消防団西分団に入団し、何回か選手として出場した経験があります。 
 
4月中旬から2ヶ月の間、毎朝5時に小学校の校庭に集まり、規律訓練やホースの伸ばし方を、毎日毎日練習しました。 
 
指揮者の「出動!」という号令から、火点に水が当たるまで、僅か60秒足らずの間に、様々な演技をします。 
傍で見ていると、まるで人形が動いているかのような手足の動作で、ホースを一直線に伸ばしていきます。 
 
大会では、20近いチームが優勝目指して競い合いますが、チームのメンバーの中で、誰か一人が、どこか一つでも失敗すれば、規定タイムをオーバーしてしまい、一気に入賞圏内から外れる結果となります。 
 
スポーツも含め、団体競技というのは、たった一人の失敗により勝利を逃してしまうが多々あるのです。 
 
これは企業でも同じことが言えるのではないでしょうか。 
 
私たちは、日々一生懸命事業活動をしていますが、最近、一人の社員の不祥事を発端に、その会社全てが一気におかしくなるようなケースが多く見られます。 
 
日頃から、社員には言い聞かせていることですが、人は誰もが失敗をする生き物であり、間違いを起こさない人間など、どこにもいません。 
大切なことは、その失敗を出来る限り早く見つけ出し、同じ過ちを繰り返さないよう努力するところにあるのです。 

2007年07月06日

第二の人生

株主総会後の人事異動のご案内やご挨拶をいくつか受けました。 
 
企業の役員定年が近年若くなり、私の周りにも、65歳で退任される方が何人かおられます。 
大変優秀で人柄も良く、まだまだご活躍頂けるのに、と非常に残念な思いです。 
 
国会では、公務員の天下り規制の為の法案が可決されました。 
商工会議所では、OB人材活用の為の方法を考えているようですが、今ひとつ機能していません。 
 
今後、益々高齢化していく日本の現状の中で、まだまだ十分に働ける人達に、それぞれの力を発揮していただく機会や方法はないものかといつも感じています。 
 
いよいよ来年からは、我々団塊の世代が大量に定年を迎えます。 
年金を受けるのが65歳からとなり、当然、収入面での問題は、誰もが頭を悩ますことだと思いますが、それ以上に、定年後、いかにして生き甲斐のある生活を送れるか、ということの方が大切なのではないでしょうか。 
 
確かに、40年余り一生懸命働き続けてきて、「ほっ」としたいと思いはどなたも感じることなのでしょうが、きっとそれも束の間の感情であり、もし、毎日やることがなくなってしまうとなると、その辛さほど耐え難いものになる思います。 
 
私のように、家業としていつまでも引退できないというのも考え物ですが、企業に勤め、60歳を過ぎて退職される方々のためには、様々な受け皿が必要になります。 
 
各地域にはシルバー人材センターという組織があり、多種多様な仕事を紹介してくれるようですが、一流企業へ勤め、それなりの地位にあった方にとっては、少々物足りない内容のようです。 
 
そんな中、積極的にボランティア活動へ参加される方もいらっしゃいますが、せっかくであるならば、もう一段、志をアップしていただき、それまでの豊富な経験や人脈を生かし、新たなNPO法人などの事業を立ち上げ頑張る方が増えていくことを期待しています。 
 
第二の人生をより豊かなものにして、元気で長生きできるような社会であってほしいものです。 

2007年07月09日

長良川の鵜飼

トップページの挿絵が、長良川の鵜飼に変わりました。 
 
岐阜の中心部を流れる長良川は、郡上八幡の大日岳を源流とする一級河川で、柿田川、四万十川とともに、日本三大清流のひとつと言われています。 
 
この長良川で行われる鵜飼は、鵜を使って鮎を獲る伝統的な漁法で、長良川以外にも、山梨県の笛吹川から、福岡県筑後川まで、全国10数箇所にて行われています。 
 
中でも、最も有名なのが長良川の鵜飼で、5月中旬から10月中旬まで、毎晩、情緒溢れる風景を見ることができます。 
 
夕闇迫る18時頃から、河畔の各旅館の浴衣に着替えた観光客が、10人〜20人乗りの屋形船に乗船し上流へ向かい、川の流れに乗りながら、篝火の中、鮎を追いかける鵜の姿を楽しみます。 
 
1000年以上の歴史を持つ長良川の鵜飼を守り続ける鵜匠達は、宮内庁式部職という肩書きの国家公務員で、彼らは、伝統を守るために、鵜の飼育や漁の練習など、日々鍛錬をしておられます。 
 
日本の各地で、昔から続いている様々な伝統的な行事が、時代の流れとともに、少しずつ消滅しつつある中で、岐阜県には、白川郷の合掌造りや、長良川の鵜飼といった歴史的遺産が幾つも残っており、これは、私のみならず、岐阜県の誇りであると思っています。 
 
皆さんも、是非一度、長良川の鵜飼見物にお越し下さい。  

2007年07月10日

一升瓶

お酒の容器には様々なものがありますが、近年、機能性や見た目を重視したものが増えています。 
 
昔は、時代劇などで見かける源造徳利という容器を使い、店先で量り売りをしていました。 
その後、いわゆる一升瓶(1.8L入り瓶)が主流となりましたが、近年では、紙パックや720ml、300mlという小容量へ移行してきました。 
これは、町の酒屋さんに、各家庭まで配達してもらうことが普通であった時代から、消費者が、スーパー等で購入し持ち帰るという買い方に変ってきたことが大きな要因であろうと思われます。 
 
しかし、消費者がお酒の中身だけではなく、容量や容器そのもののデザインにまで拘るようになり、それに合わせて、各メーカーも次々と新しい容器での商品を発売し、結果、様々な容器が使い捨てされるという傾向となってきました。 
同じようにビールも、瓶から、より扱い易い缶へと主流が移り変わっています。 
 
一升瓶、ビール瓶が主流だった時代は、容器の回収率が99%もあり、各メーカーが回収瓶に改めてお酒、ビールを詰めるというリサイクルが、当たり前に行われていました。 
 
数年前、今更ながらのように、飲料の容器について、環境に配慮して作られた“容器リサイクル法”が施行されましたが、それよりも、国が援助を出し、元々あった瓶の回収という仕組みを残す方法を考えなかったことが残念で仕方ありません。 
 
また、国として、各企業が勝手に容器を作ることに規制をかける必要性があるのでは、とも感じています。 
 
今の時代、酒類の規制緩和等の政策も含め、極端な方向に走ることが多く、それまで永年続けてきたこと全てを台無しにしてしまう傾向にあるのではないでしょうか。 
 
世の中には、変えていかなければならないことと、変えてはいけないことがあるはずです。 
その見極めが、少し間違った方向に進んでいる気がするのは、私だけではないと思います。 

2007年07月11日

ミニボトル

昨日のブログでは、本当は、一升瓶の姿がとても美しいと思う、ということを書くつもりでしたが、ついついリサイクルの話になってしまいました。 
 
一升瓶の姿を見ると、まったくむだのない曲線美であることに改めて気付かされます。 
 
壜メーカーさんが、いろいろな型の容器を持って商談にいらっしゃいますが、どれもしっくりきません。 
私もこれまで、様々な容器を使って商品開発をしてきましたが、一升瓶以上に美しく、優れた容器は見当たらないと思っています。 
 
昔、舟徳利という底の広い容器にお酒を入れて売ったことがありましたが、全く売れませんでした。 
他にも、商品化したものの、売れなかった商品はたくさんありますが、これらの問題点を分析してみると、ひとつの共通点があります。 
 
それは、容器に凝り過ぎたが為に、一目でそれが「お酒」であると判断できないという、云わば致命的な問題点でした。 
 
例えば、大手メーカーのように、莫大な広告宣伝費を使い、消費者の持つ「お酒」のイメージそのものを作り変えてしまうことが可能であれば、それらの商品も、もう少し売れたのかもしれませんが、我社の規模では到底実現できない話です。 
 
最近、市場では、180mlのミニボトルに関心が集まっているようです。 
 
ワイン風の瓶、丸型など、各社、様々な型のミニボトルを販売されていますが、果たして、これらが本当に消費者に支持されているのかというと、少々疑問を感じずにはいられません。 
ミニボトルであっても、消費者の持つ「お酒」のイメージを損なわないことが大切ではないでしょうか。 
 
私の考えでは、やはり、一升瓶の型を模した物が、最も消費者に受入れられ易いような気がします。 

2007年07月13日

冷凍酒

いよいよお中元の注文が最盛期を迎えました。 
特に今年は、白川郷冷凍にごり酒の評判が良く、お陰様で、この季節としては例年になく社内が活気づいています。 
 
昔から、夏場の酒蔵は、仕事量が少なくなるものです。 
それを補うために、各蔵とも、清酒以外にも、様々な事業を営んでいらっしゃるようです。 
 
私も、これまで、いろいろなことをやってきましたが、これといった事業ができませんでした。 
地酒VANサービスという事業を始めたのも、夏場対策という思いが多少なりともあったのですが、清酒を中心に扱っていることもあり、残念ながら、その解決に至ってはいません。 
 
そんな中、お陰様で好調に販売させていただいている三輪酒造の冷凍にごり酒は、出来たてのフレッシュ感を、いつまでも味わっていただくために、お酒を凍らせてみてはどうだろうか、という発想から生まれた商品です。 
 
元来、酒類業界は、常温流通が当たり前の業界で、酒売場に冷凍庫がなく、流通段階でも、冷凍での配送方法が難しいことは分かりました。 
 
ようやく昨年あたりから、お中元等で、蔵元直送による販売が増え始めて、今年は、お取り扱いいただくお店が大幅に増え、嬉しい限りです。 
 
ヤマト運輸さんが、冷凍便を始められてから、10年近くになります。 
夏の暑い時期に、アイスクリームを、各家庭まで配送できる冷凍便は、それまでなかった画期的な配送システムでした。 
 
現在、白川郷冷凍にごり酒も、この冷凍便での宅配を利用しています。 
凍ったにごり酒を少し解凍し、シャーベット状になった頃合に召し上がっていただくという、私が最もオススメしたい飲み方が、ご家庭で、簡単にできるようになりました。 
 
夏場に消費が冷え込む日本酒ですが、冷凍酒という新たなジャンルができあがれば、とても面白い売り場ができることでしょう。 
これだけ冷凍食品が発達した時代なのですから、そんな売り場を作ることは、それほど難しいことではないと思います。 
 
売れないことを嘆いているばかりでは、明るい兆しは見えてきません。 
とにかく、いろいろなことに挑戦してみる必要があるのではないでしょうか。 
もちろん、新しいことを始めるには、必ずリスクというものを伴います。 
しかし。もともとリスクのない商売など、どこにもないはずです。 
今、この業界に必要なことは、チャレンジする勇気と、その決断であると考えております。 
 
業界の方で、この冷凍酒についてご関心のある方は、是非、ご一報下さい。 
心より、お待ち申し上げております。 


2007年07月20日

周防大島

今週初めから、身内の不幸で、山口県周防大島まで行ってきました。 
 
日曜日の朝、危篤の連絡を受けて、叔父と二人で、急いで車で向かいました。 
思った以上に遠く、600qを超える道のりを、7時間かけて走り、何とか間に合いましたが、その深夜亡くなり、葬儀まで4日間、島で過ごしました。 
 
定年後に愛知県から移り住んだのですが、どうしてそんな所までと、思っていましたが、実際に行ってみると、とっても穏やかで、素晴らしい所でした。 
本人が元気なうちに、一度訪問すれば良かったと思いながら、毎日、海を眺めていました。 
 
岐阜県は海無し県ですので、私も小さい時から、海は憧れましたが、余生をこんな所でおくれた事は、本人にとって、とっても幸せなことであったのではないかと思います。 
 
私達は、日頃、仕事や家庭のいろいろなしがらみに縛られて、不平不満を言いながら、毎日を送っています。 
しかし、人間の一生は、亡くなる時に、その人が良かったと思えるような生き方が出来ることが、最も大切なことなのではないでしょうか。 
 
当然、周りの人々に支えられて生きているのですから、その人達のことを考えて行動しなければなりませんが、自分の気持ちを押さえてまで生活していると、どこかで無理がきて、結局、健康を害することになるようです。 
 
一度しかない人生を悔いのないものにしたいと思うのは、誰しも共通した願望だと思いますが、毎日毎日、一生懸命暮らす中で、バランスのとれた生活を送ることを心がけたいものです。 
 
叔父が亡くなったことは非常に残念なことでしたが、そのお陰で、とってもゆっくりとした時間を持つことが出来、感謝の気持ちでいっぱいでした。 

2007年07月23日

賞与

先週、弊社も、遅ればせながら、社員に賞与を支給しました。
社員にとっては、満足できる額でないことは充分承知していますが、弊社の現状を考えれば、何とか我慢してもらいたいと思うのは、社長の勝手な言い分なのかもしれません。  
 
昔、大学を卒業して数年もしない頃に、学生時代の友人が、
「ボーナスが立った。」 
と言って、私に自慢をしました。 
 
その頃の私は、給料もろくに貰えず、三輪酒造のために走り回っていた頃で、その友人は、外資系の企業に勤めていたのですが、その会社は、当時は歩合給であった為に、営業実績を認められて、20代の若さでお札が立つような金額のボーナスを貰ったようです。 
その時私は、彼のことを羨ましく思う反面、企業のバックがあればこそと考えました。 
 
最近では、業界の方に、三輪酒造の存在を認知していただけるようになり、ブランドとしての“白川郷”を、ある程度確立することが出来ました。 
今後は、商品の中身を、もっともっと美味しいものにすると共に、社員の資質を高め、企業として、社会に恥ずかしくない会社にしていくことが必要だと痛感しています。 
 
弊社の『白川郷純米にごり酒』を飲んでいただいた方が、健康で楽しく暮らして頂くことと、それを造っている我々が、誇りを持って働けるような会社になれば、と思います。 
 
その結果、社員にも、満足できる給料と賞与の支払いができれば、これこそ“三方良し”となります。 
少しずつ、焦らずに努力していきたいものです。

2007年07月24日

社説

業界紙に、『醸界タイムス社』という会社がありますが、そこの社説に、時々、私が同感する意見が書かれている時があります。 
7月13号の社説でも、「厳しさを増す本格焼酎市場」というタイトルの文面の中で、どんな状況下においても、お客様本位の姿勢を守り抜くことの大切さについて書かれていました。 
 
ここ数年、焼酎業界は非常に好調であったのですが、最近になって伸びが止まってきている中で、現在も高い伸びを続けておられるメーカーさんの姿勢について言及しておられました。 
 
お客様本位というのは、確かに、口で言うのは簡単ですが、いざこれを実行しようとすると、なかなか大変なことです。 
 
一流のメーカーさんが、必ずといっていいほど「品質第一」とか「信用第一」という言葉を使っておられますが、メーカーにとって、この事がいかに大切であり、これを実行することがどの位大変なことかという事を、最近、痛感しています。 
 
社長が、いくらそれを言葉で言い続けたとしても、社員一人ひとりがその気になってくれていなければ、まず無理な事です。 
「この位はいいわ」と思う気持ちが少しでもあると、いつか、それが大きな失敗につながることになるのではないかと思います。 
 
又、お客様の信頼を勝ち取るには、ものすごく永い年月がかかるのですが、信用をなくす事は、いとも簡単に出来ます。 
 
近年、日本酒が売れなくなっている原因には、いろいろな要件があると思いますが、日本酒の大手メーカーも含めて、それぞれの会社が、こんな気持ちをどこまでもって製造しているのだろうかと疑問に思うことがあります。 
 
売れるのがあたりまえの時代から、量競争に走り、今だに何十万石の石数争いをしている大手の方々や、パック酒に生きる道を求めた中堅メーカーを含めて、日本酒の本来のおいしさを、どのようにしてお客様に分かってもらえるかということを、真剣に考えることが大切ではないかと、この社説では言っておられると思い、私も同感です。 

2007年07月25日

社説U

醸界タイムス社の社説、6月29日号、7月20日号の中で、野放し状態にある日本のアルコール販売について書かれていました。 
私も、ここ数年の小売免許の規制緩和について、行き過ぎではないかと考えています。 
 
確かに私達酒類業者は、永年にわたり、免許行政の上にあぐらをかいて商売をしてきたことは間違いのない事実です。 
しかしながら、厳しい行政指導の下、様々な法律に従って商売をしてきました。 
それを、ある日突然、制度を変えられて、あっという間に新しい業者に市場を奪われてしまった地方の小売業者や、卸会社の方々は、さぞかしつらい思いをしておられることと思います。 
 
製造業については、新規参入が少なく、今でも免許に守られている感はありますが、市場の変化についていけなくなった地方蔵の方々は、大変厳しい状況になっています。 
 
アルコールは、人間の体に対して良い結果をもたらす反面、飲み過ぎると、いろいろな弊害を起こします。 
私の周りにも、たくさん飲まないようにと注意してくれる人がいますが、好きなものは、ついつい飲んでしまい、後になって、しまったと思うことが若い頃から続いています。 
いくら飲み過ぎに注意しましょうと書いてあっても、やめられないのがアルコールではないでしょうか。 
 
基本的にお酒は、麻薬と一緒だと思います。 
世界中の国々で、このアルコールの規制のない国はないと思いますし、国や宗教によっては、禁じている所もあるのですから、最近の日本のアルコール飲料に対する規制緩和の方向は、少し行き過ぎたように思います。 
 
多分、もうしばらくすると、国税庁は、改めて何らかな方法で規制をかけてくるような気がしますが、それまでに、我々製造業者はもちろんのこと、販売される業者の方々も、アルコール飲料の怖さを、もう少し認識していただく必要があるのではないでしょうか。 
 
お酒を飲んで、毎日を楽しく健康に暮らしていただくことを望んでいます。 

2007年07月26日

中越沖地震

またしても新潟で地震が発生しました。 
被災された方々の苦痛はいかばかりかとお察し申し上げます。 
 
私はちょうど山口の叔父の家でテレビを見ていました。 
ヘリコプターの空からの映像で映し出される状況の中に、『越の誉』の原酒造さんの蔵が倒壊している様子を見て、大変なことになったなあと思いました。 
 
3年前の地震では、地酒VANの会員でもあるお福酒造さんが被害に遭われて、先日、ようやく新しい蔵が完成したことをお聞きしたばかりでした。 
今回は、長岡市周辺は前回ほどの揺れはなく、安心してくださいとのことでした。 
 
柏崎には私の母方の叔父が住んでいましたので、早速電話をかけましたが、何度かけても全くつながりません。 
一週間程、どうしておられるか、とても心配をしていましたが、3日程前に本人から電話があり、無事を確認でき、ほっとしました。 
地震の時は、夫婦とも、タンスと本棚が倒れて、そのお陰で助かったそうで、危機一髪だったようです。 
さぞかし大変な思いをされたのだろうと感じました。 
すぐに埼玉の息子さんが迎えに来て、そちらで無事に過ごしているので安心してくださいとのことでした。 
 
日本全国、どこで地震が起きるか分かりませんが、弊社の酒蔵も既に120年経過しており、今度、震度6強以上の地震がくれば、まずもたないだろうと思います。 
その時の為に多少の補強はしていますが、万一の場合は諦めるつもりでいます。 
世の中どんな災害が起きるか分かりませんが、どんな時にも慌てない覚悟でいることが一番大切ではないかと思います。 

2007年07月27日

参議院選挙

明後日はいよいよ参議院議員選挙の投票日です。 
 
参議院議員選挙は我々一般人には余り直接関係がなく、なんとなく地域でも盛り上がってないようです。 
 
ただ、テレビ・新聞等では自民党の劣勢、民主党の優勢が伝えられ、保守の過半数割れとなるような予想となっています。 
本当は何が一番問題なのかということがよく分からず、相手の具合の悪いことばかりつついて、何とか逆転を狙う戦術は当たり前なのでしょうが、我々有権者はもう少し大切な部分を見る目を養う必要があると思います。 
普段の生活の中で、政治について論じ合うことはほとんどありませんが、こんな機会に少し考えてみるとどうでしょうか。 
 
私はたまたま第3セクターの会社の社長をやらせて頂いていることもあり、役所の人達と接する機会は普通の人よりも多いと思います。 
  
彼らの行動を見ていると、年度がかわると、通常の業務の他に次年の予算獲得に向けて動き出します。 
大半が前年通りとなる事業がほとんどですが、中には新しい企画の事業が含まれます。 
ここ数年は国はもちろん、県も市も非常に厳しい運営を迫られており、ほとんどの事業が前年対比5%〜10%カット、ひどいものになると20%カットという話を耳にします。 
 
しかし、私達民間企業の人間からすると、各部局の事業予算はすべて税金でまかなわれているわけで、お金を稼ぐという感覚は全くありません。 
1年間、4月に始まって3月末までに、きっちりと決められた予算の範囲で事業をこなしていくことが行政マンには求められています。 
このことはどの自治体でも一緒であり、国の官僚も同様であると推測されます。 
 
安倍自民党も小沢民主党も、この官僚政治の打破を掲げていることは同じような気がしますが、もしも民主党によって政治が行われたとしても、なかなかこの官僚による行政の仕組みを変えることは非常に難しいと思います。 
 
私は政治家が頑張ってくれることは大いに望みますが、そのことよりも、役人の人達がなぜもっと本気で地域のことを考えてくれないのかと不思議で仕方ありません。 
せっかく市役所に勤め、県庁に勤めたならば、もっともっと住民の為になるよう気をつけて仕事をしてくれれば、私たちは豊かな潤いのある社会で暮らせるのではないかと考えます。 

2007年07月30日

自民党大敗

今回の参議院議員選挙は、選挙前のマスコミの大方の予想通り、与党自民党の大敗という結果となりました。 
 
前回の衆院選では、小泉前首相の思い切った発言や行動によって自民党が圧勝しましたが、あれから2年も経たっていない今回、まったく逆の結果に終わり、選挙というのは本当に怖いものだと改めて感じさせてくれました。 
この結果により、今後の国政に様々な影響が出るのは間違いないことでしょう。 
 
2大政党制を目指した選挙制度の改革によって、我々国民は、白か黒かのどちらかの選択を余儀なくされ、グレーであることは認められない状況となりました。 
元々日本人は、どちらかというと中道的な政治を望む国民性を持つ民族であるように思うのですが、近年では、状況が明確に表れる時代のもとで、企業活動や生活をしていくことが求められています。 
 
私が住んでいる岐阜県は、“自民党大国”とも言われてきた地域ですが、こんな田舎でも、住民の政治に対する考え方が、少しずつ変ってきました。 
 
政治というものは、決して政治家や役人だけがするものではないと思うのですが、ついつい彼らに任せてしまい、自分たちには関係がないと思う人が多く見受けられます。 
街を造っていくのには、そこに住む住民一人ひとりの思いが大切ですし、その思いが、それぞれの選挙や普段の行政に反映されるべきではないでしょうか。 
 
これからの時代は様々な意見を持った人達が増え、物事を決めることが益々難しくなりますが、こんな時代だからこそ、強い信念と思いをもったリーダーが必要です。 
 
時代の変わり目に生活し、事業を営ませて頂いている私達は、目先のことばかりに囚われることなく、社会のニーズを的確に捉え、世の中に必要とされる企業人であり市民でありたいと思います。 

 

2007年07月31日

大豊神社

以前、蔵人のM君が、京都の大豊神社について書かれた本を見せてくれました。 
大豊神社は、少彦名命(スクナヒコナノミコト)と、応神天皇・菅原道真公をお祀りしてあり、ネズミにまつわる神話から、子年の人にとっては大切な神様だということです。 
 
私とM君は、ともに子年生まれで、来年は年男となります。 
そのため、仕込みが終わったら、是非二人で行ってみようという話になり、今回、休日を利用して出掛けてきました。 
その神社は、南禅寺の北から「哲学の道」と呼ばれる街道を入ってすぐのところにありましたが、千年以上続く神社であるにも関わらず、ひっそりとしたたたずまいでした。 
 
干支に関しては、昔から色々なことが言われています。 
十二支がどのようにして決められたかについては定かではありませんが、旧暦の年回りや、方位方向について、昔の人は大変尊重していました。 
年間の行事の決め方、家を建てるときの位置等、最近の人はほとんど気にしなくなってしまったことを、大切に守ってきたのです。 
 
弊社の敷地内には、玉岡稲荷がお祀りされています。 
このお稲荷さんは、以前、方角を見てもらった時に、とても良い場所にあると言われました。 
又、その時、弊社の釜場(米を蒸す場所)の位置も最適であったことを知りました。 
よく「鬼門」とか「辰巳の方角」などと言いますが、それに逆らって物事を決めると、永年の間に、物事が上手くいかなくなるような気がします。 
 
来年、私は還暦を迎えます。
つい最近まで、還暦はおめでたいことだと思っていましたが、実は厄年であるということを知り、少し気をつけなければと思っています。 
 
昔からの言い伝えは迷信だという人もいますが、永年の経験から生まれたしきたりは、ある程度尊重した方がいいのかもしれません。 
自然界の法則というのは、人間の力ではどうすることもできない大きなものだと感じています。 
 
大豊神社を訪れ、自然の中で生かされている自分自身に、毎日、感謝の気持ちを忘れることなく頑張ることを、改めて誓ってきました。