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社長ぶろぐ (2007年08月)

2007年08月02日

高校野球

春の選抜高校野球大会で見事準優勝の栄誉に輝いた「大垣日本大学高等学校」が、この夏の岐阜県大会を制し、春夏連続出場を決めました。 
 
岐阜県の高校野球界は、昔から県立岐阜商業高校(県岐商)が非常に強く、大垣市内の学校は、なかなか甲子園に出場することが出来ませんでした。 
今回の大垣日大高校は、3年前に、学校経営の立て直しを目的として、地元経済界の応援をバックに、OBの方々の協力の下、愛知・東邦高校を退任された、名将坂口監督をお迎えし、3年計画で甲子園出場を目指して頑張ってこられました。 
 
選抜大会は21世紀枠での出場ながら、あれよあれよという間に決勝戦まで勝ち進み、最後は残念な結果にはなりましたが、地元大垣市民は、大いに盛り上がりを見せました。 
 
そしてこの夏の県予選では、中京高校を始め、大垣商業、岐阜第一といった強豪を打ち破り、見事夏の全国大会初出場を果たしました。 
たまたま私の周りには、高校の理事長や、校長先生、OB会長、育友会長といった関係者が多数おられ、今回の喜びは人事でないような気がしています。 
 
私は水泳連盟の会長を務めており、周りにスポーツ関係者がたくさんいらっしゃいます。 
どの種目においても、国内の大会でトップクラスの成績を上げるために、日夜懸命な努力をしています。 
 
この夏は、甲子園出場の大垣日大高校に加え、都市対抗野球でも、地元西濃運輸が本大会出場を決めました。 
両者ともに優勝を目指し、頑張ってもらいたいと思っています。 
 
我々も、選手たちに負けずに頑張りたいものです。 

2007年08月06日

展示会

先週、伊藤忠食品さんの展示会が大阪で開催されました。 
 
大変立派な展示会で、様々な提案がなされていました。 
残念ながら、年々来場者数が減少しているように感じますが、これは一般の小売店が少なくなり、組織小売が増えている為かと思われます。 
地酒メーカーの出店も非常に少なく、寂しい思いがしますが、お陰様で弊社は2ヶ所の出展ブースをもらい、ありがたいことです。 
 
食品メーカーさんは、多種多様な商品を様々な形で提案しています。 
対して、我々清酒メーカーは、限られた素材の中で変わりばえのない商品が多く見られ、売れない原因はその辺りにもあるのではないかと思います。 
 
弊社としましては、数年来勉強させてもらったマーチャンダイジングの考え方を元に、より消費者にアピールできる企画を考える必要があります。
特に、三輪酒造が3年前から発売している冷凍にごりの考え方を、他のメーカーにも広め、出来れば冷凍酒の会を立ち上げたいと考えています。 
 
最近、チルド清酒やチルドビールという分野は、多くのメーカーが手がけるようになりましたが、冷凍酒については、まだまだごく限られたメーカーでしか生産されておりません。 
冷凍酒を製造するには、設備の面でも色々考える必要があり、簡単に手を出せる商品だとは思いませんが、誰でもすぐに真似することが出来ない事を根気よく続けることによって、これまでと違う販路が開けるのではないでしょうか。 
 
30年前、にごり酒を始めた頃は、業界の中で、何となく馬鹿にされていたようにも感じていましたが、今では、大手メーカーも含めて、かなりのメーカーさんがにごり酒を出しておられます。 
 
今回、我社が提唱しようとしている冷凍酒のように、業界人が力を合わせて新しいジャンルの商品に挑戦し、事業が発展するように努力していければと思います。 

2007年08月07日

初呑切り

先週、西濃酒造組合主催の、「初呑切持寄研究会」が開かれました。 
 
「初呑切り」とは、冬期間に仕込まれ貯蔵されているお酒の熟成具合を確認するため、この時期に、蔵元や杜氏など関係者により、封印された貯蔵タンクの呑口を初めて開封することを言います。 
 
初呑切りは、各蔵内のお酒の状態を確かめる為に、全国の酒蔵で実施されますが、岐阜県では、組合単位にお酒を持ち寄り、先生方が巡回をして合同で開催されてきました。 
 
組合での初呑切り研究会は、他にも2つの目的があり、そのひとつは、この時期がちょうど税務署の人事異動の直後に当たり、新任の方との初対面の機会となります。 
今年も大垣税務署の署長を始め、酒類調整官や指導官が交代され、初めてご挨拶させていただくことができました。 
 
我々酒造メーカーは、本来、お客様の方を向いて仕事をしなければならないのですが、私達の先輩方は、酒類税務行政の下で仕事をさせていただいている為、どうもお上という感覚が強く、今回のような機会には、必要以上に気を遣う人が多く見受けられました。 
最近は税務署の方々も、以前のような威張った態度で接する人はほとんどなくなりましたが、やはり、何となくお互い気を遣って話をしているのは否めない事実です。 
 
もう一つの目的は、この機会に杜氏さんを呼ぶことです。 
杜氏達は、当たり前のように、毎年秋に蔵入りをして、春に地元に帰るという習慣が続いてきました。 
しかし、蔵元と杜氏とは、あくまでも単年度契約であり、毎年春には、お互
い「来年もよろしくお願いします。」という挨拶を交わしますが、翌年、必ずその杜氏を呼ぶ、または、杜氏が来てくれるという保障は全く無く、あくまでも信頼関係で成り立っていました。 
そして、初呑切りに招聘し、招聘されることにより、今年も秋からの酒造りをお願いすることとなるという、暗黙の行事であったそうです。 
 
近年は、徐々に出稼ぎの杜氏が減少するとともに、各蔵の息子さんや社員による酒造りが増えています。 
当組合でも、出稼ぎの杜氏はとうとう3人になってしまい、何となく寂しい思いの募る初呑切りでした。 

2007年08月08日

酒蔵修理

仕込み作業のないこの時期、蔵内の補修を行っています。 
一年間、しっかりと働いてくれた機械や建物を細かく点検し、補修する必要のある箇所については、専門業者に依頼し、直してもらいます。 
 
明治21年に建てられた弊社の仕込み蔵は、明治25年の濃尾大震災に耐え、先の大戦の際も戦火を逃れました。 
すでに築後120年余り経過し、街にとっても貴重な財産のひとつに数えられる建造物と言えるでしょう。 
 
先代の棟梁の話では、非常にしっかりした建物であり、補修さえ怠らなければ、まだ100年は大丈夫とのことでした。 
毎年、出入りの大工さんに、順次手を入れてもらいながら、街のためにも、この歴史ある仕込み蔵を、何とか残すよう努力しています。 
 
今年、最も大きな補修は、仕込み蔵の土台をやり直す工事です。 
タンク4本を移動させた後、今月初めより専門の業者に取りかかってもらいました。 
 
また、壜詰ラインでは、より確実な商品を出荷できるように、キャップ充填機と、ラベルの製造年月の印字を確認するためのセンサーを、新たに導入する予定でいます。 
他にも、まだまだやりたいことは沢山あるのですが、順番に少しずつやっていこうと考えております。 
 
一般住宅でも、会社でも、建物が新しいうちは壊れる心配をすることもなく安心しておれますが、年月が経ち古くなると、あちらこちらが痛んできて、様々な問題を起こすようになります。 
しかし、こうして補修工事ができることを喜ばなければいけないと思っています。 
 

天災はいつ起こるかわかりませんが、常に、何が起きても驚かない心構えを持ちつつ、日々、努力したいものです。 

2007年08月10日

残暑御見舞い

   

毎日暑い日が続いておりますが、皆さんはお元気でいらっしゃいますか。
 
弊社は、明日13日より15日まで、土日を含めた5日間夏休みを取らせていただきます。 
 
最近、サービス業では、顧客のニーズに合わせるべく、24時間365日、1日も休まず営業している店が増え、社員全員が揃って休みを取ることが難しい業種が多くなりました。 
 
酒類業界でも、その傾向に対応するため、各卸会社の方々は配送センターを中心に、年中無休で仕事をされています。 
もちろん、社員の方々は交代で休みを取っておられるでしょうが、我々小規模企業においては対応が難しいところです。 
 
お客様の立場を考えれば、企業の都合で休んでしまうことはいかがなものかという考え方もあるでしょう。 
しかし、私の個人的な考え方ではありますが、お盆と正月くらいは、日本中の人が全て一緒に休んでもいいのではないかと思います。 
 
お盆に先祖の墓参りをする習慣は徐々に薄れてきましたが、我が家でも、親戚の人達が先祖の墓参りを兼ねて実家を訪問する数がめっきり少なくなりました。 
本家を預かる私としては、一年に一度くらい墓参りをしたらどうかと思うのですが、どうも当家の家庭教育が悪かったようです。 
 
ただ、先祖を尊う気持ちというのは、墓参りをすることだけではありません。 
それぞれの中で、先祖を大切に思う気持ちを、常に忘れることなく持ち続けていれば良いのではないかと考えます。 
 
少なくとも、自分の家族と我社の社員達には、この想いをしっかり伝えていきたいと思っています。 

2007年08月16日

終戦記念日

昨日は、太平洋戦争の終戦記念日でした。 
毎年、この時期になると、全国各地で戦没者の慰霊を追悼する式典が行われます。 
 
私の父は男3人・女3人の6人兄弟の三男で、昭和16年に大学を卒業すると同時に従軍し、北支(現在の中華人民共和国北部)で4年間の軍隊生活を送り、終戦と同時に帰りました。 
 
父の兄は、広島大学の醸造科を出た後、大阪大学の発酵学科を卒業し、本当であれば会社を継ぐべく人でありました。
しかし、卒業後、父と同じく軍隊に入り、満州で終戦を迎えましたが捕虜となり、ソ連で4年間の抑留生活の後、昭和24年に日本に戻りました。 
 
三男であった父は、本来、三輪酒造を継ぐ立場ではありませんでしたが、伯父が捕虜としてソ連にいる間に会社を継ぐこととなり、その間に結婚もし、子供も生まれていました。 
 
その為、伯父は三輪酒造に入ることを止め、東洋紡績に入社し、最後は役員を務めて、先年、88歳で亡くなりました。 
 
太平洋戦争では、私の町内でも、たくさんの方が戦死されたそうです。 
そんな中、父の男兄弟3人共、戦死してもおかしくない状況で、無事に帰還し、今日まで元気に生きてきました。 
 
父達が日本へ帰った時に、祖母が、全員生きて帰って申し訳ないという気持ちから、 
「町内を謝って歩いてきなさい。」 
と言ったそうです。 
その頃の日本人の感情はそんなものだったのかと思うと、何とも言えない気持ちにさせます。 
 
しかし、今日まで元気でいてくれる父を見ていると、生きて帰ってくれて良かったと、つくづく思います。 
 
過去、戦争というあってはならない事を経験してきた日本人のひとりとして、これからも戦争のない平和な世の中であり続けることを願いつつ、又、この戦争で犠牲になられた方々の思いを忘れる事のないよう、日々、生活していきたいものです。 

2007年08月17日

猛暑

連日、日本中で大変な暑さになっています。 
 
各地で気温38度を超え、昨日は、岐阜県多治見市と埼玉県熊谷市で、40.9度という猛烈な暑さを記録するなど、健康な人でも参ってしまいそうです。 
 
弊社も夏休みを終え、昨日から仕事が始まりました。 
今しばらくの間、社員には、この暑さを我慢しながら頑張ってもらわなければならないようです。 
 
しかしながら、これほどの猛暑であるにも関わらず、お酒のご注文を頂けるという事は、本当にお酒が好きな方にとって、気温の高い低いということは、あまり関係ないのだと思います。 
お盆休みの間にも、冷凍にごり酒を買うために、わざわざ私共の店まで足を運んで頂いた方が3名程おられました。 
大変ありがたいことであり、感謝の気持ちでいっぱいです。 
 
今、甲子園では、連日、高校球児が熱戦を繰り広げています。
灼熱の太陽の下で、必死にプレーをする生徒達を、本当に頭が下がる思いで見ています。 
 
厳しい練習を耐え抜き、地区大会を勝ち上がってきた学校ばかりで、どちらが勝ってもおかしくない熱戦が続いていますが、ちょっとしたミスが元で失点につながり、負けていくチームの生徒の気持ちというのは、いかばかりかと思います。  
 
そんな中、昨日、北海道の石屋製菓において不祥事が発覚したという報道がありました。 
「またか。」という気持ちで、ニュースをご覧になられた方も多いでしょう。 
 
内部告発以外に考えられないような事件ですが、真相はともかく、これだけ色々な問題が起きているにも関わらず、どうして事前に止められなかったのかと不思議で仕方ありません。 
 
しかし、社長が細かく現場を見ている訳ではなく、現場を預かる責任者の気持ちひとつの問題であると思いますが、現場を管理することは非常に難しいことであるというのも現実です。 
 
弊社では、いよいよ来月から、仕込みの準備に入ります。 
あと一ヶ月くらいの間に、少しは涼しくなり始めてくれることを望んでいますが、それと同時に、秋以降の需要期に向けて、徐々に社内の気持ちを一つにし、頑張っていける体制を作っていきたいと思っています。 

2007年08月21日

小原鉄心翁

お陰様で今年170周年を迎えました三輪酒造は、幕末から明治の初めにかけて、大垣藩家老であった小原鉄心翁に、公私にわたり、お引き立てを賜りました。 
 
鉄心翁はよく当家を訪ねられ、お酒を召し上がっては筆を持たれたそうです。 
弊社の銘柄を『萬家春』又、当家を「萬家醸春楼」(よろずの家に春を醸すやかた)と命名していただいたほどお世話なりました。 
 
大垣藩は、徳川幕府の譜代大名として、260年にわたり戸田家が統治していましたが、小原鉄心は、幕末の時代、勤皇の志士として活躍した岩倉具視、大久保利通、西郷隆盛、勝海舟といった、維新の原動力となった諸人物と交流がありました。 
 
慶応4年の鳥羽伏見の戦いでは、鉄心の子、兵部が指揮官として幕府方に参戦していました。 
鉄心は、それを止めさせるべく使いを送りましたが、残念ながら間に合わず、大垣藩は朝敵となってしまったのです。 
 
その後、藩論を統一した鉄心は、薩長を主力とする新政府軍に属し、会津を攻めることとなります。 
この時の功績により、明治政府において参与に任ぜられ、後に“男爵”の栄誉を受けました。 
 
大垣には鉄心翁に関する資料がたくさん残っておりますが、その中に、当家所有の書が幾つかあります。 
特に「論政十二首」は、鉄心翁の政治上の高い識見と、それを裏付ける書として、市の重要文化財に指定されております。 
 
大垣の地は、関ヶ原を通って中仙道から東海道へ抜ける重要な場所であり、古来より壬申の乱や関ヶ原合戦に代表される、日本の最重要拠点でした。 
織田信長が「美濃を制する者は天下を制する」と言ったのは余りにも有名ですが、その言葉どおり、現在でも東海道新幹線を始めとして交通の要衝となっています。 

2007年08月22日

バロンテッシン

三輪酒造創業170周年の記念にと、冬の仕込みの時期、杜氏に、特別に1本頼んでおいたお酒があります。 
私の希望は「酒質は本醸造で、飲みあきしないものを…」ということ位でしたが、なかなかいいお酒に出来上がり、来月、このお酒を商品化することになりました。 
 
弊社が昔から使っていた「萬家春」「鉄心」という銘柄は、近年、残念ながらほとんど売れておりませんが、小原鉄心翁との関係を大切にしたいという思いと、大垣の地酒らしい銘柄として、『バロンテッシン』という名前で、このお酒を発売致します。 
商品名の『バロン』とは、“男爵”という意味ですが、鉄心翁の功績を称えると共に、弊社の170周年を記念してのこととなります。 
 
この30年間、岐阜を代表する地酒として、清酒「道三」、「白川郷にごり酒」を主力に販売してきましたが、今後もこの方向性を変える予定はありません。 
 
しかしながら、地元大垣市において、近年、数少なくなった酒蔵の一つとして、地域の方に愛され続けるには、地域の方が自慢をしていただけるような酒蔵であり、お酒でなくてはならないと考えています。 
時代は目まぐるしく変っていますが、変えて良いものと、変えてはいけないものがあるはずです。 
 
弊社には、先代達が守り続けてきてくれた、お金には換えられない様々な財産があります。 
7代目の蔵元として、先代達の意思を引き継ぎ、酒造りを続けることによって、少しでも地域のお役に立てることのできるような企業であり続けることが必要であると思っています。 
 
お陰様で、「純米にごり酒白川郷」は、日本中のお客様にご愛飲頂ける商品に育ちました。 
170周年以降も、次の180年、190年に向けて、その時代に合った商品を、常に造り続ける必要があります。 
 
これからも色々なことにチャレンジしながら酒造業を続けたいと思います。 
何卒今後ともよろしくお願いします。 

2007年08月24日

IAMAS

大垣市に、「岐阜県立国際情報科学アカデミー」という学校があります。
http://www.iamas.ac.jp/index_J.html
 
通称『IAMAS(イアマス)』と呼ばれるこの学校は、梶原前岐阜県知事が、ソフトピアジャパンを立ち上げられる際、“産学官連携”を提唱され、地域に情報系の大学が必要であるということで作られました。
 
この『IAMAS』の現学長である横山正先生は、元東京大学建築学科名誉教授という肩書きを持っておられる、とても素晴らしい方です。
大垣に来られて6年程になるのですが、最近では、私の飲み仲間として親しくさせて頂いております。
 
非常に見識の広い方で、歴史にも詳しく、隔月に開いている“鉄心会”という会合でも、小原鉄心翁を始めとする歴史上の人物についてお話をして頂いている他、大垣の街づくりにも参加して頂き、地域の活性化にも一役立ってもらっています。
 
IAMAS』は、ITを使ってアートを表現することを主に研究しているようですが、今後は、産業に役立つ技術開発にも力を入れたいと話しておられました。
 
その『IAMAS』が、今日から3日間、東京の表参道にある「スパイラルガーデン」で展示会を催されています。
お近くの方は、是非、足を運んで頂ければ幸いです。
 
 
 
「いまからだ _ IAMAS in Tokyo」展
http://www.spiral.co.jp/event/garden/
 
Spiral Garden
スパイラルガーデン(スパイラル1F

東京都港区南青山5-6-23
tel:03-3498-1171

2007年08月27日

残暑

8月も終わりに近づきましたが、残暑と言うよりも、いつになったら涼しくなるのかと思うほど、暑い日が続いています。 
これだけ暑いと、蔵元の私でさえも、ついついビールを飲んでしまいます。 
 
弊社の東京担当者が、この時期、酒屋さんを訪問しても、「何の御用ですか?」という顔をされると嘆いていました。 
私が営業で走り回っている頃も、同じように夏になると仕事がなくなってしまうのが常であり、夏場をどう過ごすかが酒蔵の課題でした。 
 
過去には、ビールをやってみたり、健康飲料に手を出したりもしましたが、どれも上手くいきませんでした。 
 
夏の時期にあと2割でも売上が上がれば、もう少し楽になると思います。 
それ程最近の日本酒は、季節商品になってしまいました。 
 
先日、このブログに、冷凍酒の話を書きましたが、先週、それを読まれたある蔵元の方が訪ねて来られました。 
その会社のオーナーも私と同じような考え方で、冷凍のにごり酒を開発されたようですがなかなかうまく売れないようです。 
 
私たちのような小さな蔵元が、新しい商品を1社単独で売ることは、なかなか大変です。 
近年のように問屋さんがどんどん大きくなり、小売店も組織化されると尚更です。 
 
毎日続く暑い日を送りながら、冷たく凍ったお酒が市場に流通する日を夢見て頑張りたいと思います。 

2007年08月28日

企業合併

来月3日、大手百貨店の大丸と松坂屋が合併することになりました。 
また、三越と伊勢丹の合併も、来年の4月に正式に決まったようです。 
 
昔ならば考えられないような大型の合併が次々と行われ、世の中は企業規模を追い求める時代となってきました。 
 
戦前には、三井、三菱、住友といった大きな財閥がありました。 
それら旧財閥は既に解体されバラバラになってしまいましたが、現在、旧財閥とは少し違った、新たな資本の集中が行われているようです。 
 
近年のM&Aは非常にグローバルになっており、国内だけでは解決できないことが多くなりました。 
特に、オイルマネーに絡んだファンドの動きは世界中の株価に影響を及ぼし、「資産的に非常に優良な企業だから安心である」という、これまでの認識が通用しないのが実情です。 
 
弊社のような小さな会社には関係ないように思いますが、得意先がどんどん大きくなるにつれ、求められるハードルも高くなり、それに付いていくために、大変な労力を必要とする場面が増えています。 
 
しかし、基本的な部分においては、自社のスタンスをはっきりして、得意先の流れに影響されないようにすることが第一だと考えます。 
取り扱いの決定権は流通業者の方にあり、まずそこで商品を選んでいただくことが重要ですが、消費者が喜んで飲んでいただけるように努力すると共に、一度試してみたいと思っていただけるような企画、デザインを考えなければなりません。 
 
大手の会社の場合、企画経営の手法について合併等の選択されるケースがありますが、現場を預かるの社員の方々は、それぞれの立場でその方針に沿って仕事をされているのであり、売場の活性化をより望んでおられるのではないかと思います。 
 
その方々の思いに報いると同時に、そのお店に来られるお客様にとって、よりよい商品を供給することが私共の使命ではないでしょうか。 

2007年08月30日

指定管理制度

最近、公共施設の管理について、各自治体が指定管理制度を取り入れるようになりました。 
 
「指定管理制度」とは、それまで地方公共団体や、その外郭団体のみに限定していた公共施設の管理を、民間法人に委任することができるようにした制度です。 
 
全国の自治体は財政的に大変困難な状態にあり、市町村合併を含め、あらゆる手段を使って経費の削減に取り組んでいます。 
この指定管理制度は、小泉内閣発足後に進められた公営組織の法人化、民営化の一つと言えるでしょう。 
 
地元の岐阜県や大垣市のいくつかの施設でも、昨年度辺りから入札制度を設け、民間の参入が始まりました。 
利用する側から民間委託になった施設を見ていると、それほどサービス内容が変わったように感じることは少ないと思います。 
 
しかし、実際に管理をしている業者の方々の話を聞くと、行政側からの要望が非常に強く、思った以上に大変だと言われます。 
 
私が関係しているG.I.NETも、今年度、市の施設管理の入札に応募することになりました。 
今まで業務委託を受け管理してきた建物であり、今後も引き続き仕事をさせていただくつもりでおりますが、指定管理制度により、これまでより安く入札する必要があります。 
また、無事に選ばれ、来年度の指定管理業者となったとしても、サービスの向上や経費の削減など、今以上の努力に努めなければなりません。 
 
役所の人と一緒に仕事をしていると、いろいろな制約に縛られるケースが多々ありますが、むしろすっきりと任せていただいた方が、様々なことが出来るような気がします。 
 
行政に民間の発想を入れる事は、今後とも、大切な事だと思います。 

2007年08月31日

営業事務

最近、営業事務という言葉を度々耳にします。 
先日も、営業事務の女性を主人公にしたテレビ番組が放映されていました。  
 
弊社は、専務を中心に営業活動をしていますが、出張先から社内の事務方に書類の作成を依頼するケースが増えています。 
もちろん本人もパソコンを持ち歩いてはいるのですが、やはり落ち着いて書類を作ろうと思うと、社内での作業でないと難しいようです。 
 
得意先からの問い合わせについても、メールが中心になりつつあり、即答しなければならない状況が多く発生します。 
常に携帯電話を持ち歩いていますから、どこからでも返事はできるのですが、やはり社内の事務方に指示をして返事をするケースが多くなっています。 
 
そんな環境の中、弊社の、女性を含めた事務方の能力は、かなりレベルが上がってきているように感じます。 
 
弊社は、蔵内も含め社員数20名余りの小さな会社ですが、そんな社内に10数台のパソコンがあり、それらのすべてのパソコンが社内LANで繋がっています。 
ITインフラを利用して、三輪酒造ならびに地酒VANサービスの業務をこなしている弊社は、ユビキタスを実現していると言っても過言ではありません。 
 
私の妻も、専務の妻(私の長女)も、事務所に顔を出す機会は多くありませんが、それぞれの自宅にて、業務の一部を手伝っています。 
これもネットワークの成せる業なのでしょう。 
数年前よりSOHOという言葉が聞かれるようになりましたが、自宅に居ながら仕事ができるという現実が弊社にはあるのです。 
 
しかし、これだけ発達したITネットワークを有効に利用するには、社員一人ひとりの能力を十分に発揮してもらうことが何より大切なのではないかと思います。 
 
これからも、日々努力してくれることを期待しています。