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社長ぶろぐ (2007年11月)

2007年11月02日

洞爺湖サミット

先週、商工会議所の研修で、北海道へ行ってきました。 
 
私は、毎年、商用で札幌の問屋さん廻りをするのですが、そのほとんどが、少し遅い年始の挨拶を兼ねて、最も寒い2月頃の訪問になります。 
北海道を旅行するには夏の時期が一番良いという方も多いようですが、その夏でもなく、厳寒期でもないこの季節の旅で、新たな北海道の良さを発見することができたような気がします。 
 
旅の途中、洞爺湖を訪れる機会がありました。 
この洞爺湖の近くには、2000年に噴火した有珠山があります。 
その時発生した熱泥流は、民家を巻き込みながら洞爺湖温泉街まで達し、地域に大きな被害を齎しました。 
 
また、地殻変動などの影響もあり、道路や橋、鉄道などが寸断されるなど、その後も1年以上に渡り不便な生活を強いられたようですが、地元の方々の、血の滲むような努力により、今では見事に復興されています。 
 
今回、会議所会員の希望もあり、洞爺湖を一望できる高台にある、ザ・ウィンザーホテルにて昼食をとりました。 
現在、このホテルは、来年8月に開催されるG8による北海道洞爺湖サミットの会場となるホテルとして注目を集めています。 
 
道内には高速道路網が広がり、各地域への移動は楽になりました。 
しかし、札幌市内を除き、景気はまだまだ停滞したままのようです。 
 
G8サミットが北海道で開かれることになった経緯については、警備が楽であるなどの理由が挙げられていますが、2000年の沖縄サミット同様、地方経済への支援という意味合いがあるのではないでしょうか。 
 
地域活性化を目標に、全国各地で様々な活動が、積極的になされています。 
私達も、是非とも負けずに頑張りたいものです。 

2007年11月07日

ドラゴンズ日本一

今年のプロ野球日本シリーズは、中日ドラゴンズが日本ハムファイターズを4勝1敗で破り、見事日本一になりました。 
 
ご存知のとおり、名古屋を中心とした東海地区はドラゴンズファンが多く、私も何となくドラゴンズを応援しています。 
 
我々ファンは、チームの勝敗に一喜一憂していますが、当の選手達は、長いペナントレースを戦い抜くために、2月のキャンプの時期から、それぞれが一生懸命努力してきたのだと思います。 
今回の日本一は、そんな個々の選手達の努力と、それをまとめあげた落合監督の采配、両方の賜物なのでしょう。 
  
昔から「名選手、名監督成らず」と言われていますが、現役時代、3度の三冠王に輝くなど、誰しもが天才と認めた落合監督が、これだけ上手くチームをまとめて、就任後4年でリーグ優勝2回、そして今年、日本一という偉業を達成するとは、ファンの身ながら、正直思ってもいませんでした。 
 
今回のドラゴンズの優勝を目の当たりにして、野球チームも、そして企業も、リーダー次第で、どのようでにも変わることが可能であるということを強く感じました。 
 
最近、「名古屋が元気」ということを耳にしますが、今回のドラゴンズの優勝も、何か関係があるのかもしれません。 
私達も、是非この勢いにあやかりたいものです。 
 
最後となりましたが、53年ぶりの日本一、本当におめでとうございました。 

2007年11月08日

今年も新酒できました

この時期、全国の蔵元で、お酒の仕込みが始まっていることと思います。 
 
弊社では、9月20日に、今年度1本目の仕込みを始め、今日現在、既に20本目の仕込が完了しました。 
 
10月中旬に出来上がった今年最初の「白川郷純米にごり酒」の新酒に、『今年も新酒できました』と書かれた首掛けをつけて、今月初めより、全国へ向けて出荷を始めています。 
 
この新酒は、全国各地で、そろそろ店頭に並び始めている頃でしょう。 
皆様も、もし店頭で、「白川郷純米にごり酒」の新酒をご覧になられましたら、是非ともお試しいただければ幸いです。 
 
お陰様で、弊社の「白川郷純米にごり酒」は、北から南まで、全国どの地域でもお買い求めいただける商品に育ちました。
これも、全国の問屋さんの営業の方々が、それぞれ大小様々なチェーン店、小売店さんへ売り込んでいただいているお陰であると同時に、「白川郷純米にごり酒」のファンになっていただいたお客様の支えによるものと、心より感謝しております。 
 
最近は、市場の流通在庫が非常に少なくなっている関係で、売場で商品が売れると、2〜3日をおいて各問屋さんから注文が入るという流れになっており、市場の動きをダイレクトに把握し易くなりました。 
 
今年の秋は、例年に比べかなり気温が高かったために、日本酒の需要はいまひとつだったようです。
しかし、ここにきて急に気温が下がり始め、消費者の方々が日本酒を求める気候になったからでしょう。今週に入り、全国の問屋さんからの注文数量が、一気に増えました。 
 
これから年末にかけて、もっと寒くなってくれることを期待しつつ、より良い製品を提供できるよう、皆で頑張りたいと思っています。 

2007年11月12日

新潟 

先週、新潟へ行ってきました。 
 
今年7月に発生した中越沖地震で大きな被害を受けた柏崎には、私の伯父が住んでいます。 
今日までお見舞に行けずにおりましたが、今回ようやく伺う事が出来、元気な姿を見て、ホッとしました。 
 
地震の時の様子を聞かせてもらいましたが、ともかく命を守ることが精一杯で、本当に怖かったそうです。 
最近、地震を知らせるシステムが開発されたようですが、伯父の話を聞くと、このような非常時に前もって準備をしておくというのは、困難なことなのかもしれません。 
 
同日、3年前の中越地震で被災された、長岡のお福酒造さんにも訪問しました。 
震災の際、タンクが全部持ち上がって傾き、手の付けられない状態になる程の大きな被害を受けられたそうです。 
このたび完成した新しい仕込み蔵は、仕込みタンクが全てアンカーボルトで固定され、少々の地震ではビクともしない設計になっていました。 
 
私が訪れた当日、偶然にも、その新蔵での最初のお酒が搾られておりました。 
ここまで復興されるまでには、我々の想像以上に、大変な苦労をされたことでしょう。 
この日は、社長以下、感慨無量であったと推察します。 
もちろん、こらからが本当の意味での正念場となると思いますが、是非とも頑張っていただきたいと、心より応援しております。 
 
今回新潟を訪れ、震災後の様子をこの目で見てきたわけですが、弊社の地域でもいつ起こるか知れない大災害を想像すると、その時はどうなってしまうものかと考えてしまいました。 

2007年11月16日

お歳暮

早いもので、今年も残り一月半となりました。 
来週あたりから、それぞれの売り場で、お歳暮商戦が賑わいを見せ始めることと思われます。 
 
ここ数年、日本酒の需要が大きく落ち込んでいるのに相反し、焼酎を飲まれる方が増えています。 
しかし、「お正月くらいは、やはり日本酒で祝いたい」という気持ちがまだまだ根強いようで、弊社の商品も、全国のデパートや量販店様にて、お歳暮商材としてご採用いただいております。 
 
弊社は『白川郷純米にごり酒』を主力ブランドとしておりますが、今年10月にスタートした郵便局株式会社が発行する全国版カタログでは、清酒『道三吟雪花干支ラベル』をご掲載いただきました。 
これまでは、各郵便局ごとに、別々のカタログを作られておられましたが、今年のお歳暮からは全国一律のカタログとなり、『道三吟雪花干支ラベル』も、全国にある5万局余りの郵便局にて販売していただくことになります。 
 
これは、急遽決まった話であると同時に、弊社としても初めてのことで、慌てて準備を進めておりますが、果たしてどの位の数量をご注文いただけるのか、全く検討がつきません。 
 
しかし、お歳暮を贈られる方は、その商品に、一年分のお礼を込めて先様に届けられるのですから、私共メーカーも、そのお気持ちを察して、間違いのないよう、誠心誠意対応させていただく所存です。  
 
今年は、東海地区の景気の良さも手伝って、この時期にお手伝いいただくパートの確保が思うようにいかず、かなり苦労しておりましたが、漸く体制が整い、商品の生産も捗るようになってきました。 
 
これから一ヶ月余りが、一年で最も忙しく、また、大切な時期となります。 
全社一丸となって頑張りたいと思います。 

2007年11月20日

まるごとバザール

17・18日の二日間に亘り、大垣駅前通りで「西濃まるごとバザール」が開催されました。 
 
このイベントは、駅前商店街の活性化と、周辺市町村との交流を目的に、毎年催されているものです。 
今年も100余りの団体がテントを並べて様々な物販を行う中、私達西濃酒造組合も、小売組合、卸組合の人達と一緒に地酒の試飲販売をしました。 
普段は人通りも疎らな駅前商店街ですが、この両日は、久しぶりに大勢の人で賑わいました。 
 
近年、全国の地方都市では、郊外にたくさんの大型ショッピングセンターが出来て、地元商業者の方々の元気が衰えてきています。 
ご多分に漏れず、大垣市の中心市街地もめっきり人通りが少なくなり、商工会議所を中心に様々な施策を講じていますが、思ったような効果は上がっていません。 
 
この11月には商工会議所の議員改選が行われ、議員の定年制を布かれたこともあり、役員の若返りが図られました。 
同時に、今回、会頭も代わられて、新しく街づくり特別委員会が設置されました。 
 
大垣市はここ数年、市長、商工会議所会頭も含め、総力を挙げて中心市街地活性化に向けて結集する流れが出来ています。 
地元の岐阜経済大学の学生や、NPO法人の方々も事業に参加して、何とか街を元気にしようと頑張っています。 
市役所では、商工観光課だけではなく、都市計画課、文化振興課との連携が図られるようになってきました。 
 
私は、街の活性化について、商業者を元気にすることが目的の全てであってはならないと思います。  
街に住んでいる人や、そこを訪れる人が、心に潤いを持てる街づくりが大切なのではないでしょうか。 

日々忙しく働いている中で、少しでもそんな時間を持ちたいと思う人が増えています。 
これからは、そんな多くの人々が満足できるような街を作っていくことが、中央の資本に対抗しうる地方の生きる道のような気がします。 

2007年11月21日

ロータリークラブ地区大会

日曜日の午前中、ロータリークラブの地区大会に参加し、ノートルダム清心学園理事長で、カトリック教会のシスターでもある渡辺利子女史の講演を聴いてきました。 
 
色々感ずるものがありましたが、特に印象深かったのは、1936年(昭和11年)2月に起こった二・二六事件の際、当時まだ9歳であった女史の目の前で、父上がその犠牲となったお話でした。 
その時、父上は、40数発の銃弾を受けてお亡くなりになったそうです。 
 
人間の死というのは、誰もが体験することです。 
特に幼い子供が人の死を目の前で見た場合、強烈な印象として心に残ることでしょう。 
女史はその後、戦争を体験された後、キリスト教の世界に入られたのですが、おそらくその時の気持ちがそうさせたのではないかと察します。 
 
私は12歳の時に母を白血病で亡くし、その経験が、後の人生に大きな影響を与えました。 
学生時代には、どうして死んでしまったのかと考えた時期もありましたが、その後、色々な体験の中で今の自分を考え、これが自分の人生なのだと思えるようになったのです。 
そして渡辺女史も、同じようなことをおっしゃっていました。 
今回の講演を聴かせていただき、久しぶりに心が洗われた気がします。 
 
誰もがこの世に生まれ、いずれは必ず死んでいくのですが、一人の人間として生かさせてもらっていることを幸せに思い、人との付き合いを大切にし、前を見て生きていくことが最も大切だと思います。 
そういう意味からも、ロータリーの仲間が、年齢や立場こそ違え、同じ理念の下、仲良く集えることは、とてもありがたいことであると感謝しています。 

2007年11月26日

坂口監督

先週行われたセイノーサッポロ会の例会に、今年の選抜高等学校野球大会で、地元大垣日大高校を、見事準優勝にまで導いた坂口監督にご出席いただきました。 
 
会員の中に同校の関係者が何人かいらっしゃり、前回の例会の際、他の会員の方々から要望があった「一度監督にお越しいただきたい」という声に応えていただいたようです。 
当日も、普段通りの練習があったにも関わらず、途中で抜け出し、駆けつけてくださいました。 
 
ご存知のとおり坂口監督は、愛知県の東邦高校硬式野球部を、春夏併せて20回以上甲子園大会に出場させたとして、全国的にその名を知られる名監督です。 
  
その方が、3年前から大垣日大の監督として、同校を甲子園に出場させるべく頑張っておられたのですが、今年、見事春夏連続出場という偉業を成し遂げられました。 
特に、春の選抜では決勝まで進み、最後は静岡の常葉菊川に負れはしましたが、準優勝旗を大垣へ持ち帰ってくださいました。 
市民は皆、大いに喜び、同時に、勇気を与えられたことと思います。 
 
今回、例会の始まりにご挨拶いただきましたが、その中で監督は、2つのことに重点を置かれ話されました。 
 
一つは、 
「人の能力にはそんなに差があるものではなく、あるのは志の違いだと思う。 
普通の子供達を預かって一緒に生活する中、『甲子園に出場して優勝するんだ』という高い目標を持たせることで、少しずつそれに近づけていくということが必要である。 
人間は、これで良いと思ってしまうとそれで終わってしまうが、より高い目標を持つことによって、無限の力が出てくるものである。」
という内容でした。  
 
監督は、長い野球人生の中でそれを実践してこられ、その監督の言葉であるが故に、大変な重みと深みを感じました。 
 
もう一つは、 
「皆さんに守られている。」 
ということです。 

東邦高校時代はもちろんのこと、今の大垣日大に来られる前にも、全国の40数校からお誘いがあったそうです。 
結果として大垣を選んでいただいたのですが、監督を引き受けた以上、大垣の市民になったつもりで頑張る、という気持ちでやっていらしゃるそうです。 
そして、学校関係者はもちろんのこと、多くの市民からの協力があったからこそ、今回の偉業を成し遂げることができたのです、と深く感謝の意を述べられました。 
 
今後益々のご活躍をお祈りします。 

2007年11月28日

松尾大社

昨日、今年度の酒造りの無事を祈願するため、杜氏を伴い、京都嵐山の松尾大社へ参拝してきました。 
 
松尾大社は、室町時代末期頃から「酒造第一祖神」として崇拝されるようになり、現在でも、お酒の神様として知られる奈良の三輪大社と同様、酒類業界の多くの方々が参拝に訪れます。 
 
本来であれば、仕込み始め早々に行かなければならないのですが、私と杜氏の予定がなかなか合わず、こんなに遅くなってしまいました。 
もちろん、蔵内に御祭りしてある松尾様には、杜氏が蔵入すると同時に、地元の氏神様である八幡神社の宮司に来ていただき、お祓いを済ませております。 
今回、遅くはなりましたが無事参拝を済ませ、改めて気の引き締まる思いがしました。 
 
大和の国は、古代より米作りを基本として生活してきました。 
その米を原料としたお酒が日本酒であり、出来上がったお酒を神様に奉納し、私達が頂くということは、自然の生業であると思います。 
 
日本人の中に脈々と流れるお米を中心とした文化は、日々の生活の中で体に染付いたものであったのですが、戦後の急速な欧米化により、食生活も著しい変化を見せました。 
近年、病気を患う方の起因の多くが、その食生活にある言われます。 
特に、糖尿病など内臓の病気の場合、ほとんどが食べ過ぎと偏った食生活が原因のようです。 
 
一時期、ワインや焼酎が、身体に良いとのことでブームになりました。 
しかし、どんなアルコール飲料であっても、飲み過ぎれば健康を害することに違いはありません。 
 
米から造られる日本酒ほど日本人の身体に合ったアルコールはないと考える私自身、これからの時期、会合や忘年会など、お酒を飲む機会が多くなります。 
そんな中でも、常に身体のことを考えながらのお付き合いを心がけています。 
 
それと同時に、美味しく楽しく飲んでいただけるお酒造りを目指し、日々努力しております。 
 
皆様も、食事と共に、ゆっくりと日本酒を召し上がっていただければ幸いです。  

2007年11月30日

坂の上の雲 

先日から、司馬遼太郎の『坂の上の雲』を読んでいます。 
 
私は、学生時代に『竜馬がゆく』を読んで以来、司馬遼太郎のファンとなり、これまでに大方の作品は読んでいました。 
しかし、なぜかこの『坂の上の雲』については今日まで触れる機会がなく、今となってようやく手にしたわけですが、それでも日々の生活に追われる中、ゆっくり読書に充てる時間は少なく、今、やっと第四巻を読んでいるところです。 
 
作者の代表的作品の一つとされる『坂の上の雲』は、四国松山藩出身の秋山兄弟を中心に、明治維新後、近代国家の仲間入りを急ぐ日本が、日清日露戦争へと歩んだ状況を描いた作品で、ご存知の方も多いことでしょう。  
元新聞記者であった司馬遼太郎らしく、それぞれの登場人物を克明に調べ上げ、その経緯が細かく描写されています。 
 
小国であった日本は、欧米列強国に遅れまいと、維新後わずか30年余りで帝国ロシアに戦いを挑み、劣勢を翻して日本海海戦に勝利し、世界を驚かせました。 
 
その後、大正、昭和へと時代が変わるとともに、急速に力をつけた日本は、日中戦争などを経て、第二次世界大戦では、大国アメリカを敵に回して戦いましたが、最後は敗戦という惨めな結果を招くことになります。 
 
敗戦後の歴史教育では、アメリカによる、それまでの大日本帝国の国家体制を全否定するかのような指導が影響したこともあり、明治以降の近代史について、大きく簡略化されることになりました。 
  
しかし、『坂の上の雲』を読み進めていくと、当時の日本の背景をうかがい知ることができ、それらは止むを得ないことであったような気がします。  
 
作品の中に登場する人達の立場や心情がそれぞれ細かく書かれていて、非常に興味深いのですが、それ以上に、日本と、それに対する清国、ロシアの軍隊戦略戦術が、大将や参謀の性格によって、様々に変化することがよくわかります。 
 
現在の平和な時代において、瞬時に方針を決定するという場面は、度々経験することではありません。 
しかし、戦争という非常事態の中では、刻々と変わる敵の動きを見ながら、こちらの戦法を決めていくという事が、いかに大変かということが読み取れました。 
 
一人の大将の決断によって、戦局が一気に変わるということは、私達経営者にとっても考えさせられることです。 
非常時こそ、リーダーとしての決断を間違えないようにしたいものです。