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社長ぶろぐ (2008年11月)

2008年11月02日

秋探し

山々が紅葉に覆われ、秋本番となりました。 
 
毎日、慌しく過ぎていく中、来週から、オーストラリアのグレンアイラロータリークラブの、21周年記念式典に出席するため、メルボルンへ行ってきます。 
これから冬へと向かう日本から、初夏のオーストラリアを訪れるという、同じ時期に、二つの季節を味わえる貴重な体験となりますので、今から、楽しみにしております。 
 
三輪酒造では、9月より、新酒造年度の仕込みを始めました。 
いよいよ、今月からは、新酒の出荷が始まります。 
 
通常、日本酒造りは、春に植えられ、秋に刈り取られた稲を精米したお米を原料として、10月中旬から3月まで仕込みを続けます。 
以降、1年をかけて製品として出荷するという、非常に永いサイクルで行われるのが日本酒の世界なのです。 

 
永年、この仕事に関わらせて頂いていることもあり、私自身、なんとなく、のんびりとした感覚となってしまいました。  
日頃、酒造組合で話をしていても、慌てず騒がずという方が多いようです。 
 
しかし、近年は、非常にグローバルで、慌しい世の中になっています。 
こんな時こそ、自然の営みを充分に感じとりながら、日々を暮らしていきたいと思います。 

2008年11月07日

還暦

115日は、私の60回目の誕生日でした。 

還暦を迎えたものの、お陰様で、普段から病気もせず、健康を保っていることから、これまで、あまり実感がありませんでした。 
しかし、今年に入ってから、同年代の方が定年を迎えたり、病気で倒れたりといった話を耳にする機会が増え、今日まで、元気に過ごせてきたことに対し、改めて感謝しています。 
 
私の家族は、80代の両親、60代の私達、30代の息子夫婦、3才と1才の孫、そして娘達…
それぞれ、皆、毎日を健康に送っています。 
現在、満88才の父は、少し足が弱っているものの、他には特別悪い処もなく、至って元気で過ごしておりますので、本当にありがたく感じております。 
 
60代になった私が、今の父の年齢になるまで、まだ30年近くあります。 
この先、どうやって歳を重ねていこうか、あれこれ考える年齢になりました。 
 
10年くらいは、仕事や、世の中の為にお役に立てると自負してはいますが、その後は、「周りに迷惑にならないよう気をつけなければならない」と、健康に過ごせている今だからこそ、そう実感しています。 
 
これからも、あまり無理をしないよう体と相談しつつ、少しずつペースダウンをしながらも、仕事や、社会活動に頑張る所存です。 
何卒、ご支援、ご協力、お力添えを下さいます様、宜しくお願い致します。 
 

2008年11月21日

オーストラリア

昨日からめっきり寒くなり、白川郷では初雪が降りました。 
ようやく日本酒を恋しく感じる季節となり、弊社も、年末に向けて、フル稼働の毎日が続いています。 
 
そんな中、先週9日から13日にかけて、大垣西ロータリークラブの交流先である、オーストラリア「グレンアイラロータリークラブ」21周年記念式典への参加のため、メルボルンを訪れました。 
 
冬本番を迎えた日本とは正反対に、これから夏へ向かうオーストラリアでの3日間は、好天に恵まれ、最終日には、気温30度を越していましたが、湿度の高い日本の夏とは違い、カラッとした天候で、気温の割には暑さを感じることもなく、とても快適に過ごすことができました。 
 
現在のオーストラリアの経済状況は、アメリカの経済問題の煽りを受け、豪ドルが大きく値を下げており、これから厳しさが出てくることが推測されます。 
 
現地での日本酒について言えば、古い日本酒のイメージが強いようで、アメリカのような日本食ブームもありません。 
非常に安くておいしいワインが数多く、それらを中心に飲まれているようです。 
近年、弊社の製品も、アメリカなどへ輸出していますが、まだまだ、世界の市場は広いということを、肌で感じることができました。 
 
滞在中は非常にタイトな日程で、体力的にも厳しい旅行でしたが、お陰様で、無事、日程をこなし、全員、元気に帰国しました。 
久しぶりに貴重な体験をさせてもらい、忙しい中、留守を預かってくれた社員たちに、感謝しています。 
 

2008年11月26日

冠婚葬祭

最近、冠婚葬祭に関わる事が、めっきり増えてきました。 
自身の年齢的なこともあり、人の生き死に立ち合う事で、より自分の人生について考えることもあります。 
 
先週、大変お世話になった方が亡くなりました。 
病室で、本当に眠る様に息を引きとられるのを静かに見守りましたが、これまで、そんな場面に出会ったことがなく、「こんな死に方があるのだ」とつくづく感動を覚えました。 
 
人間の一生というのは、様々な出来事を経験しながら、日々、生きるために、最大限の努力をしているものだと思います。 
大きな病を経験した人でもない限り、自身の死を意識しながら毎日を送る人などいないのではないでしょうか。 
 
しかしながら、死というのは、いつか必ずやってくるものです。 
その人も、つい一週間前まで、これからの事について話し合っていました。 
とても寂しい想いもありますが、ある意味、幸せであったのかもしれません。 
 
私も、これから何年生かさせて頂けるか分かりませんが、悔いのないよう、精一杯生きていきたいと考えています。