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社長ぶろぐ|

輪中 

地酒道楽トップページの挿絵が新しくなりました。 
今回は、大垣輪中から望む鎮守の森の風景です。 
 
私達の地域は、昔から、木曽三川の豊かな水の恩恵に洛してきましたが、それと同時に、常に洪水の危険にさらされていました。 
住民の知恵から、村ごとに堤を築き、集落をまるごと囲んだ“輪中”により、お互いの家や田畑を守るようになったのは、西暦1600年〜1700年頃からだとも言われています。 
 
明治以降、木曽川、長良川、揖斐川から成る木曽三川の大規模な治水工事が行われ、大きな水害が激減したこともあり、岐阜県南部、愛知県西部、三重県北部に広がる“輪中”は、少しずつ壊されていったそうです。 
 
それでも、この大垣周辺の輪中堤は、今尚、その多くが残っており、昭和51年にこの地域を襲った集中豪雨の際は、その存在意義を、まざまざと見せ付けました。 
 
その日、安八町地内で長良川堤を決壊させた濁流は、一旦は下流の輪之内町に流れたのですが、輪中堤に阻まれ、今度は、上流に向かって逆流を始めました。 
そしてその水は、土地開発により既に輪中堤を壊していた墨俣町を飲み込み、多くの家屋や田畑に甚大な被害をもたらしたのです。 
 
昔の人が、50年、100年に一度しか起こらないであろう大洪水に備え、莫大な時間と労力、費用をかけて作り上げたのが“輪中”です。 
 
「災害は忘れた頃にやってくる」と言いますが、それを経験したことのない後世の人達の都合で“輪中”を壊してしまった結果、墨俣町は被害を受けることになってしまいました。 
  
弊社の建物は、今も健在する大垣輪中の上に建っているお陰で、明治29年の大洪水以来、水害に遭ったことがありません。 
それでも昔は、木造三階建ての酒蔵の、二階に酒を貯蔵し、万が一の水害に備えていたそうです。 
 
何はともあれ、先人が苦労してきた様々な体験から、言い伝えとして行われてきたことは、簡単に変えてしまうことなく、よく考えてから行動に移さなければいけないと思います。 
変えていいことと、変えてはいけないこと。それを見分けることも大切なことではないでしょうか。 
 
 
 
輪中 
http://homepage1.nifty.com/fuufuyuuyuu/sub20/oogaki_wajyuu.htm 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BC%AA%E4%B8%AD 
http://www.cbr.mlit.go.jp/kisojyo/excartion/001.html