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奥の細道むすびの地

大垣市の船町湊は、江戸時代から、美濃路大垣宿と東海道桑名宿を結ぶ水運の要所として栄えました。 
 
当時、生活物資の多くが船町港を拠点とし、水門川の川船で運ばれていたといいます。  
しかし、鉄道や自動車の時代となった現在、昔の面影は、川燈台を残すぐらいになってしまいました。 
 
江戸時代は十万石の城下町として、大正以降は産業都市として発展してきた大垣ですが、大戦時の空襲により、国宝大垣城を含め、市内全域が焼け野原となりました。 
そのため、街の中には古い建物がほとんど残っておらず、わずかに私達が住んでいる船町地区に、戦火を逃れた明治時代から続く家々が現存する程度です。 
 
街の景観は、近代的な建物が多く、観光のために古い街並みを保存するという意識も非常に希薄な住民感情になってしまいました。 
しかし、最近では、大垣の町興しの一環として、俳聖松尾芭蕉の「奥の細道結びの地」として売り出そうと頑張っています。 
 
私はこの件について、20年以上前から先輩諸氏と様々な機会を通じ、街の中で提言してきました。 
市内には、様々な歴史的遺跡が多く存在し、それらを何とかしたいという気持ちで有志の方々と活動をしています。 
 
一昨年の6月には、船町湊に2棟のマンション建設が決まり、もうだめかと思ったこともありましが、市民の熱意と、街を代表する方々の努力に対し、マンション業者が理解を示してくださり、最終的は、1400坪もの広い土地を、大垣市が買い上げることで決着しました。 
 
この度、市会議において「奥の細道むすびの地整備構想」が了承され、いよいよ次年度から、本格的な整備がなされることとなりました。 
 
遅ればせながら、衰退した中心街の中で、何とか昔の面影を残している船町地区をこれからも守り続けるためにも、今回の決定は、今後の大垣市発展に大変良い結果をもたらすと思っています。 
これから10年、20年かけて、「訪れてよかった」と言われるような街になることを願っています。 

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