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法事

 日曜日に叔父(父の長兄)の法事で、神奈川の横須賀まで行ってきました。 
 来週の土曜日には同様に先日亡くなった別の叔父(父の次兄)の忌明けの法要に大阪の泉南市まで行くことになっています。 
 私の父(現三輪酒造会長)は6人兄弟の三男で男の兄弟が3人いました。 
 3人とも戦争に行ったのですが、お陰様で無事生きて帰還し、お互いそれぞれの人生を歩んで90歳近くまで生きることができました。 
 私の父は今年満89歳となりましたが元気に毎日の生活を送っています。 
 私の町内では隣近所の方々が戦死をされた方が多く、父が戦地から帰って来た時に母親が 
「謝って歩いてきなさい」 
と言ったそうですが今となっては生きていてよかったと思います。 
 特に長兄は満州で終戦の折、ソ連の捕虜となり2年間音信不通となりました。 
 本来であれば三輪酒造の長男として育てられ、大阪大学の醗酵を卒業した人でしたので三輪酒造を継べき人であったのですが、私の父が先に戦地から帰ったが為に父が継ぐことになったそうです。 
 私も家の長男として生を受け、なんとなく周りからの期待を感じつつ大学を卒業して、今の家業である酒造業を継ぐことになりましたが、これまでの人生を振り返ってみると決して当たり前のことではなかったと思います。 
 長兄の叔父が亡くなる10年位前に私に 
「自分は、家の跡は継がなかったけれども長男としての役目は果たしたつもりでいる」 
ということを言われた事がありました。 
 父はそれ程家を継ぐ事について強く思っていなかったようですが、長男として育てられた叔父の気持ちには強い思いがあったようです。 
 最近では家に対する意識が非常に小さくなってしまいましたが、私達はもう少し親はもちろんの事、祖先のお陰で現在があることを感謝すべきではないかと思います。 

コメント (1)

ようつうくん:

こんばんは。

興味深く拝見しました。
先の不幸な出来事で様々な人が人生に大きな転換を余儀なくさせられました。

私の母は長兄を満州でなくし養子をとり今の私がいます。
妻の父は次男でありながら長男がシベリアに抑留されたため紡績会社の跡取りとして地元に帰ってきたのですが、長男が復員され兄弟でその後経営に携わりました。
 戦争というものがこんなにも人間の人生を左右するのかと考えさせられたものです。

 人生の絶頂期を過ぎた今、先祖や家族を落ち着いて見つつ、感謝の日々です。

 ステキなプログありがとうございました。 

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