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国登録有形文化財

弊社の酒蔵が、国の文化審議会にて、国登録有形文化財に登録されるが決まりました。

 新聞掲載記事
読売新聞 (20101211日)
岐阜新聞 (20101211日)

中日新聞 (20101212日)
毎日新聞 (20101211日)

弊社は天保年間に酒造業を始めて以来、170年余り経ちました。
これまで、幾多の苦難を乗り越えて現在に至っております。
明治11年には、弊社が火元となり、200軒余りを焼くという大火事を起こし、廃業寸前まで追い込まれました。
しかしながら、当時の当主達の頑張りや周りの方々の協力により見事復活し、明治20・21年と相次いで二つの酒蔵を建てました。
今回、登録文化財の指定を受けたのが、その時に建った蔵です。
その後、明治25年には、濃尾大震災により主屋が倒壊、明治29年には、大洪水にみまわれました。
昭和に入ってからも、昭和5年の大恐慌、20年の大空襲と、世の中の荒波を乗り越えてきました。
明治28年には、
2,000石の製造石数を誇り、当時、岐阜県下では第一位であったようです。
今日、全国のトップメーカーは30万石というとても大きな規模で生産活動を行っていますが、昭和の始めまでは、全国一でも5,000石程度の生産量でした。
そんな中、大火事から20年足らずの蔵が、2,000石の製造を行うまで復活することは、とても大変なことであったと思います。
南蔵は石積の上に建つ三階建ての酒蔵ですが、当時は、頻繁に洪水の被害を受けた為、酒樽を二階に上げて貯蔵をした為と聞いております。
梁の大きさからして、よくもこんな大きな建物を人力で造り上げたものだと関心します。
又、戦争中の大空襲の際、船町の通りは焼け残ったのですが、当家の母屋だけが焼け落ちてしまいました。
しかし、幸いにも、母屋と酒蔵の間に冷蔵庫があったため、酒蔵への類焼を免れました。
今回の登録は大変有り難い事で、今後、弊社の為としてだけではなく、街の景観の為にもなんとか守り続けていく覚悟でおります。
市内には、他にも残さなければいけないと思われる建物がいくつかあります。
これを機に、行政としても、より一層建物保存についてご支援をして頂けることを願うところです。

  

 

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