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私の履歴書

5月の日本経済新聞『私の履歴書』に、アサヒビール元会長の瀬戸雄三氏が執筆されていました。

アサヒビールがスーパードライで生き返った話は、業界人なら誰もがよく知っている話であり、特にその立役者として、住友銀行から来られた樋口社長が有名です。
しかし、今回の瀬戸さんの話から、あの大アサヒビールの復活劇には、他にも多くの方々の努力があったということがよく分かりました。
私が業界に入ってから、今年でちょうど40年になります。
小さい酒蔵ながら、当主としてこの間に起きた事が、アサヒビールさんの事例とよく似ている為に、
「よくぞ今日のアサヒビールにされた。」
という思いを感じさせて頂きました。
現在、三輪酒造の主力の得意先になって頂いている伊藤忠食品様、日酒販様、イズミック様は、当時、揃ってアサヒビールの特約店でした。
セールスの方と「白川郷」の同行販売をする時、同時にアサヒビールも売っておられたのですが、本当に苦労をして営業活動をされていたことが思い出されます。
当時はキリンビールが70%近いシェアを握っており、
「同じビールを売っているのにこんなにも違うものか。」
と思った程、大日本麦酒時代と比べ、アサヒビールは気の毒な状況でありました。
それがある時、朝日と波のマークがなくなり、『ASAHI』というアルファベットのロゴマークに変わりました。
そして「本生」の発売、続いて「スーパードライ」と、一気に、会社や商品が変わっていくのを目の当たりにして、凄い事が起きていると実感しました。
『私の履歴書』の最後は、
「今回の国難に気概を持って実行して欲しい。」
という言葉で締めくくっておられますが、私も同感です。
「窮すれば通ずる」という言葉があります。
人間どんな事があっても諦めてはいけないとつくづく思う今日この頃です。

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